………………………………



「……お前が、咲ちゃんの父親…?」


狼は半ば呆けたように呟いて、喜一の方を何かに魅いられたような眼差しで見つめた。



「……はい。確かに、あれは俺の娘で、妖刀、夜叉車は俺が鍛えた刀です」喜一は目を伏せがちにして、静かに頷いた。唇を噛み締め、深く何かを恥じているように見える。



「……な、何故…、」桔梗は混乱しているのか、額に手をやりながら尋ねた。


「そんな大事なことを、今まで黙っていたのですか?名前まで変えて…」

「……、」喜一は動揺したようだった。わからないという風に首を振る。



目元を険しくした桔梗は責める口調を更に荒くする。

「……っ…、自分のことでしょう! 何故、わからないんですか…!」

「――桔梗」玄がいきり立つ桔梗の袖を引いた。


「いい加減にしないと、二三日動けなくするよ」

「何を…、」

「……神城と違って、僕は手加減なんかしないからね。――君の言う通り、確かに僕は役立たずだけど、それくらいの力はあるよ」玄は指の関節を鳴らし、微笑んで見せた。
殺気を感じたのか、桔梗はきゅっと唇を結び、黙りこんだ。
それを確認し、狼は肩をすくめる。



「今、ちょっと問題が起きててな……、苛ついてるんだ。悪いな、喜…」不意に口を閉じ、少し困ったような顔をする狼に喜一は穏やかに微笑んだ。



「喜一でいいですよ。今更、鎌之佐と呼べなんて言いやしません」

「……じゃ、改めてと、――喜一」

「……はい」枕に頭を乗せたまま、喜一は顔の笑みを引っ込めた。




「――教えて欲しいことが山ほどある」




喜一は、そうでしょうね…、と大きく頷いた。

「全て……、お教えしましょう。俺の分かる範囲ですが」



それで構わない、と狼は答えた。
喜一は、す、と息を吸い込んだ。


「――まずは、桔梗隊長の疑問から解決しなければなりませんね」




……


何故、こんな"大事な"ことを黙っていたのか。




喜一は首を捻り、桔梗を見やった。桔梗は申し訳なさそうに身を縮め、喜一を見つめ返した。


息を吐き出し、意を決したように切り出した。

「……忘れていました」


「? ――忘れていた?」玄が喜一の言葉を繰り返した。ふざけているわけではないだろう。その証拠に、どこまでも喜一の目は真剣だ。
口を挟むべきではないと悟ったのか、桔梗は沈黙を守っている。



喜一は傷で塞がっている右目に手をやり、そっと撫でた。


「今でも不思議で、自分が鎌之佐であることが信じられないというのが、本音です。この右目が痛むまで、俺は"喜一である"ということに何ら疑問を抱いたことはなかった…」



桔梗がはっとして、思わず呟いた。


「まさか、咲さんと同じなんじゃ…?」


その言葉に喜一がぱっと起き上がった。

「あ、あの娘と同じ? 一体、どういう意味ですか…?!」突然起き上がった為、ふらつく体をなんとか支えて、喜一は聞いた。目をかっと見開き、動揺に肩を震わせている。



狼はじっと喜一を見つめた。

「――咲は記憶を失っているんだ」




……


鈴鳴が保護した時には、自分が何者かさえ分かっていなかった。

徐々に思い出してきてはいるようだが、全て思い出すにはまだ時間がかかる。




それを聞いた喜一は頭を抱えて、うめいた。


「まさか……、そんな…!」

「――その様子じゃ、あんた、最近まで記憶がなかったってわけか。……しかも、記憶を大分いじられたらしいね」玄が、とんとんと自分の額を人差し指で叩き、目を細めた。



「名と記憶の改竄(かいざん)、か…。ここまでするなんて、余程だよ。――一体、何があったの?」


喜一は頭にやっていた手を下ろして、かすれた声で話し始めた。


「……あ…あの、刀にまつわる噂はご存知でしょうか…?」

「――ああ、知ってる」狼は頷いた。




……


ある一人の役人が同僚達を次々斬り殺し、自らは首を刎ね(はね)、狂い死んだあの事件――




その事件で使われた刀が、妖刀、夜叉車であることは玄から聞いて知っていた。




「……俺の…思いが招いてしまった…、俺のせいで…あの刀は血に飢えることになってしまったんです…!」


まるで、血を吐くように、喜一は言った。




『――ご苦労だったな、鎌之佐』

『なかなかいい斬れ味だった』




うっすら嘲笑って、柄に染み込んだ赤色を見せた、あの男は狂っていた。




――嗚呼、報いか。


これが……




自分の刀を買っていった人間がどう使おうが、関係ないことだ、と言い聞かせ、目を瞑り、耳を貸さなかった、自分への報いか。




――失って初めて、自分の罪を知った。


――初めて、理不尽に奪われる命を想った。




自分は"あの刀"を作ることで、復讐を果たした。



……だが、

それはまた、新たな悪夢を生み、呑み込んでいった。






「……俺には…、息子がいました」



『――俺は、人を守る刀もあるって信じたい』


――そう咲に語りかけてくるのだという、兄の存在。




知っていることをあらわす為に、狼は黙って頷いた。


喜一はいっそう震えながらも、続けた。



「……息子、は…俺の刀を買った役人に殺されました……、俺の…鍛えた刀を届けに行き、試し斬りにあって…」喜一は口を手で覆った。



重苦しいものが空間を満たしていく。


玄は顔色を無くし、小さくうめいた。桔梗も口元に手をやり、言葉を失っている。



その役人は自分で自分の首を刎ね、狂い死ぬまで、政府の役人として務めていた。――恐らく、政府によって揉み消されてしまったのだろう。




「――暫くして、その役人から刀の注文が入りました。俺は、ありったけの憎しみを込めて刀を鍛え上げました。食事もろくにとらず、何晩寝ずにいても平気でした」




――許さぬ、と、

絶対に、許さない、と、



その気持ちのみが、彼を動かした。




「……、あの娘は何度も、止めるように言いました。でも、止められなかった。止めたくはなかった」囁くように喜一は続けた。




刀が完成した時、作った喜一でさえ、底知れぬ恐ろしさに震えた。




……なんと、禍々しい刀であろうか、と。




魅せながらにして、取ることを拒ませるその刀を、喜一は役人に受け渡した。



「――人の作った物は、人の魂も同じです。しかし、あの刀に魂など入っていなかった。……ただの、空箱でした」




――あの刀は、"器"のみで存在していた。


"空(から)"である故に、魂を、――血を欲していた。



だから、役人を狂わせた。


刀は役人の魂を、血を喰らい、それでも足らず、同僚の命まで奪った。




握り絞めた手が震える。


「……あの刀は…、存在する目的を果たしました。壊すべきだった。……しかし、俺には…」




……


壊せませんでした。




口から手を離し、桔梗がかすれた声で聞いた。


「……何故、ですか?」




……


目的は果たしたというのに。




答えようと、口を開く喜一を遮り、玄が代わりに答えた。


「――果たされてなんか、いないじゃないか」

「え…?」

「息子を殺した役人は、確かに死んだ。……でも、その役人のしたことを揉み消した奴らが、まだのうのうと暮らしてる」玄は言葉を切り、天井を仰いだ。




……


殺したも同じだと言うのに、

何の良心の呵責も感じずに、どこかで冗談を言ったり、笑ったりしているのかもしれない。




「……。ったく…、尽きることはないね、憎しみってやつは…」

「……愚かだとは分かっていました」


喜一が消え入りそうな声で、答えた。



政府を相手に出来ると思ったわけではない。揉み消した奴ら全員を殺したところで、何にもならないことを喜一は理解していた。


――けれど、






「……結局、刀は壊さず、隠すことにしました。誰にも見つからない所で、静かに眠らせてやろう、――と」一旦言葉を切ると、喜一は右目に無意識に手をやった。




――歪な傷。





「……それが、間違いでした」



あの刀を壊してしまっていれば、おきなかったことだ。僅かな迷い、愚かな心が生んでしまった。


――自分は、その連鎖を終わらせる義務がある。



喜一は枕元の水差しから水を飲み、喉を潤すと自分が記憶を失った日について話し出した。








「――ある日、」


塚原辰之助(つかはらたつのすけ)と名乗る、身なりの良い武家風の若い男が訪ねて来ました。



――恐らく、偽名であろう、と喜一は言った。


「男は、どこから聞いてきたのか、かの妖刀が処分されずに俺の元にあることを知っていました」



男は朗らかに笑いながら、こう言ったらしい。




……


その刀に纏わる事の次第は聞き及んでおり、若輩ながら、剣をたしなむ者として大変興味を持った。


――ここは一つ、その刀を譲ってはくれないか、と。




「……曰く(いわく)付きの刀を譲れ、だと?」それは、随分変わった御仁だなと狼は首を傾げた。



「――勿論、ただでとは言わぬ。望むのであれば、それ相応の金は払おう、とおっしゃいました」

「……胡散臭い」玄が不満気に鼻を鳴らした。


刀なんぞに大枚の金を使うよりは、酒、女などの道楽に使った方が有意義だというのが、玄の持論である。




玄は頬を指でかいて、聞くのも面倒そうに尋ねた。


「まあ…勿論、断ったんでしょ?」

「――ええ。あの刀の恐ろしさは、自分が一番よくわかっていましたから、この先、何が起ころうとも、譲るつもりも売るつもりもないと断りました」

「――で、塚原とかいう男は何だって?」

「それならば致し方ないと帰って行きました」

「……は? 帰った?」玄が頬をかく手を止めて、喜一をまじまじと見つめた。



顎に手をやり、やっと落ち着いてきたらしい桔梗は首を傾げる。


「……わざわざ訪ねてきたにしては、案外あっさり引きましたね。もう少し、粘ってもよさそうなものですが…」


確かに、と狼も頷いた。あっさりし過ぎているし、玄の言う通り、塚原という男はどうもきな臭い。



「長年刀を作り、剣術をたしなむ方々と付き合ってきましたから、剣士をみる目はそこそこにあるつもりです。俺は、塚原と名乗る彼に……どことなく異常なものを感じました」




物腰は丁寧、かつ優しく、武家であることを鼻にかけてもいない、一見穏やかそうな若者――


その聡明な目の奥に、蠢く(うごめく)"闇"を感じた。



どんな事情であれ、"あの刀"を欲しい、という人間がまともなはずはない。




――刀に憑かれたか。


喜一は直感的にそう思い、刀の隠し場所を移した。



「移してから、三ヶ月四ヶ月たっても何も起こりませんでした。気のせいだったのかと俺がそう思い始めた、ある日の夜――」



ことは起きた。






「辺りは寝静まり、静かで穏やかないつも通りの夜でした。――俺は、特にたてつけの悪い玄関の戸の開く音で目を覚ましました。耳を澄ませると、どうやら物音がするのは、作業場からのようでした」



布団から勢いよく起き上がった喜一は、心張り棒(しんばりぼう)を手にとった。
作業場は喜一と咲が寝起きしている長屋のすぐ隣にある。


その時、一人娘の咲はぐっすりと眠っていて起きる心配はないようだった。日中ずっと動き回っているから、疲れているのだろう。


喜一は一人、作業場へ向かった。



「作業場の戸が開いていて、屈んで何かを探している人影がありました。その時、ちょうど月は雲で隠されていましたし、こちらに背を向けていたので顔は見えませんでした。しかし、腰に刀らしきものを帯びているようだったので、俺はそこに立ちすくみました」



塚原辰之助か、と喜一に緊張が走った。――やはり、諦めていなかったのか、と。


しかし、それは"違った"。




「……違う?」玄の呟くような声に喜一は頷いた。

「はい。……塚原ではありませんでした」


人影は気配に気付いたのか、ゆっくり立ち上がって乱れた裾を正すと喜一と向き合った。
驚くほど、人影は落ち着いており、はたから見れば冷や汗をかきながら緊張している喜一の方が滑稽に見えただろう。



ただ一言、人影は喜一に問いかけた。


――妖刀はどこか、と。




喜一は一歩後ろに下がった。嫌な予感が的中してしまったわけだ。



『――…何故、あの刀を探している?』

『……』


人影は問いかけたきり黙ったままだったが、喜一に問いかけてきた声が思ったよりも声が若く、澄んでいたのが驚きだった。


明らかに、青年というのにはまだ早く、少年というにふさわしい声――



「しょ、少年…ですか?」桔梗が面食らった顔をしている。

「――ええ。少年でした」



『……どうしても…、』人影、――少年は小さく言った。苦しげな声が闇に溶けていく。


『……どうしても…、必要だから…僕の為に…僕、の、』



すがるようなかすれた声に、喜一は心張り棒を握っていた手を緩めた。


「……この子は、違うと思いました。あの役人や、塚原とは違うのだ、と」




――そう思った。


「……俺と同じ、感じがしました。追い詰められた、目をしていた…」



心張り棒を玄関の戸の脇に置いて、少年の方へ一歩近付こうとしたその時、背後で何かが大きく動いた。
喜一はとっさに振り返った。




……


見えたのは、白い何かがひらり、と動いた残像のみで。




腕でかばおうとしたが、遅かった。一瞬間を置いて、右目に激痛が走り、何かが頬をじっとりと濡らした。


――斬られたのだ、と分かるのにさほど時間はかからなかった。右目の激痛に耐えかねて悲鳴を上げながら、喜一は作業場の中に後ろから倒れこんだ。


おそらく、ちょうど少年の足元に転がったのだろう。せわしない足音がして、影が出来た。



「何故、斬ったと問い詰める少年の声がしました。俺を斬りつけただろう相手が何か言い返そうとする前に、悲鳴がしました」喜一は唇を噛み締めた。そして、口を開く。



「……咲でした」








――咲がいた。


闇の中にたった一人、立ちすくんでいた。



「……俺の悲鳴を聞きつけたのでしょう」


咲の手から下げた提灯が足元に落ち、燃え上がる。
咲はそこに根が生えてしまったかのように、目を大きく見開き、ぴくりとも動かなかった。



「俺は…、咲に逃げるように言いました。咲だけでも逃がさなければ、と必死でした」




……


二度と失いたくない。

自分の目の前から、これ以上、大切なモノが消えるのはたくさんだ。




ゆらゆら揺れる足元の炎が一瞬高く燃え上がり、咲の顔を朱に照らす。


逃げるんだ、という喜一の怒鳴り声に正気づかされた咲は片手に何かを握り締めたまま、ぱっと闇の中へと駆け出した。



「……その後を男が追って行ったようですが、もう俺には引き止める力は残っていませんでした。それからの記憶はありません」



――咲が記憶をなくしたのは、その後。


喜一は目を伏せ、首を静かに振った。



「あの娘(こ)が無事だったということは…、上手く逃げおおせたのでしょう…」

「――右目の傷は、その時に…?」

「ええ――」喜一は右目に手をやり、桔梗の問いに頷いた。


桔梗は言いよどみながら、言った。



「……しかし…、それにしては綺麗に塞がっているように見えますが…?」


――桔梗が困惑するのも無理はなかった。


傷跡として深く残ってはいるものの、傷は完全に塞がっており癒えているように見える。


喜一は困りきった顔をした。



「……俺にもよく…、気を失ってしまいましたし…。――でも、あの時に負った傷で間違いないと思います」

「まあ…、わざわざそんな記憶を植え付ける意味もありませんし…」


「――…その少年が治療した、とか?」誰に言うでもなく、独り言のようにぼそり、と玄は呟いた。顎に手をやり、撫ぜて続けた。


「だとしたら、医術に関してよほどの腕を持ってるってことになるけど」――ガキのくせに、とでも言いたげに不満顔で鼻を鳴らした。
桔梗が面食らった顔をしながら、否定する。



「――喜一さんが気を失った後に誰かが、ということも考えられますし、まさかそんな…」

「記憶を操作するのも幻術の一つだけど、幻術が使える上に、医術もね…、――いや、そんな都合のいい話が成り立つわけないか」



淡々と言う玄に、桔梗が眉間に皺を寄せた。


「……まさか、記憶を操作したのもその少年だっていうんですか? 冗談も大概に――って、人の話、聞いてます?」

「ん?」あんまり聞いてないや、と玄は笑った。


「玄の字…」桔梗が呆れと不機嫌の入り混じった顔を向けたが、玄は涼しい顔をしている。



「……だってさ、よく考えて見なよ。妖刀を探して夜中にやってくるガキが"ただの"ガキなわけないでしょ」

「! それは…」桔梗は口ごもった。




……


妖刀の存在を知っている位だ。ただの少年ではないということは、桔梗にもわかっている。

……ただ、にわかには信じがたい話だ。




「――しかも、話によると襲ってきた男と知り合いらしいじゃないか。どこが、普通の少年なのか教えてほしいね」

「……。――喜一さん」ため息をついて、桔梗は喜一に視線を移し、口を開いた。


「何か気付いたことはありませんか? どんな些細な事でも構わないんですが…」


喜一は暫く考えこみ、伏せがちにしていた顔を上げた。……何か思い出したらしい。




「……そういえば、男の方が「――喜一」、はい?」


――突然、言葉を遮って名を呼ばれ、喜一は固まった。戸惑う視線をその人物に向ける。


「――…何でしょうか?」

「……、」



桔梗も玄も何事か、と怪訝な顔をして、その人物を見た。


その人物、――ずっと沈黙していた狼は、垂れ目がちな目を鋭くさせ、意を決したように、ある言葉を吐き出した。




「お前を襲った男が、少年を――綾都って呼んだんじゃないのか?」




それを聞いた喜一の肩が動揺で揺れる。はっと息をのみ、瞠目した。


「! な、何故それを…」

「――呼んだんだな? 綾都、と」狼の目が煌めいた。




……


男が、その少年のことを、

綾都、――と呼んだ。



――つまり、




「操り師、ですか…」

「――…らしいね」ちらり、と狼に目を向け、玄は頷いた。



喜一と咲を襲い、妖刀を手に入れようとしていたのは、操り師ということになる。


しかも、時機が時機だけに、あの塚原辰之助という男も関わっているだろう可能性が高い。



「――塚原辰之助…。一体、何者なんでしょうか?」

「さあ、ね…」玄は肩をすくめ、頭をかいた。



「――とりあえず、妖刀、夜叉車を追えば、操り…」玄は突然、言葉を切った。怪訝に細めた目を、戸に向ける。



……何やら、廊下が騒がしい。



耳をすませると、地団駄でも踏んでいるのか、と疑うほどに響く複数の足音が近づいてきていた。



部屋の前で足音が止まり、戸が外れかけるほど勢い良く、乱暴に開かれ、そこにいたのは…――






「、っ! い、一体……」反射的に立ち上がった桔梗が息を呑む。


「何があったんです…!?」



背中から大量の血を滴らせ、戸に寄りかかり、ぜえぜえと肩で息をする鈴鳴の姿――



廊下に赤を残しているおびただしい血が生々しい。



「……っ…!」戸を掴みそこね、よろける鈴鳴を後ろから数本の手が伸び、支えた。



「――ち、治療が先ですよ、鈴の旦那!」

「大人しくしとけって言っただろ」


血だらけの杢太郎と神城が鈴鳴を引きずって行こうと試みるが、なかなか動かない。
そうこうしている間に後ろから、息を切らした栄吉と医者らしき人が駆けてきた。



「すっ、鈴鳴隊長! これ以上、動いてはなりませんぞ! 命に関わります!」

「は、話なら俺逹がするッス! とりあ…、わぶ…っ!」



――次の瞬間、鈴鳴を支えていた杢太郎が突き飛ばされ、栄吉にぶつかった。


空いた手で、口から滴る血を乱暴に拭い、鈴鳴は狼をじっと見つめた。



「――咲はあいつらの元に行った」

「!」狼は目を見開いた。周りが息を呑む音が聞こえる。



「さ、咲ちゃんが…?」

「……静香を、俺を、――俺逹を守る為にだ」




『、ッ鈴鳴さん…!』


『……、分かりました』


『――これ以上、この人を傷つけないで下さい』




(……ごめんなさい)


咲の声が脳裏で響く。後悔と憤りが溢れていく。



「……答えろ」




鈴鳴が低く唸った。


心に傷を抱え、それをひた隠しにしてきた人間にとって、残酷な言葉を吐いて捨てる。


……たとえ、それが傷をえぐることになったとしても。




「――お前と綾都…。一体、どういう関係なんだ?」

「……、」



狼の顔から表情が消えた。








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