「、ん?」
玄が足音に気づいて、枕から頭を上げようとした。
「駄目よ、動いちゃ。――あ、おかえり…って、」
静香が帰ってきた狼達を見て、目を丸くした。
「何、殴られたの?」
「ひでーと思わない!?なんで、俺ばっか…」
神城はさっきよりも更に腫れてしまった頬をさすって、鈴鳴を睨んだ。
「……お前が笑うからだ」
「ほ、微笑んだんだよ!!」
静香がため息をついて、玄の為に持ってきた水で冷やした手ぬぐいを渡した。
「……それはもういいから、冷やしときなさい」
「お、サンキュ」
玄が咲に目をやり、ぼそり、と呟いた。
「……ふーん。その様子だと襲わ「だああああ!!待て待て待てーい!!」
神城が察知して、叫ぶ。
手に持った手ぬぐいを放り出し、玄の胸ぐらを掴んだ。
「――まーた…、てめえは…ッ!!!」
「僕はただ、小娘の心配しただけじゃない」
「い…、いいんだよ!心の中で納得しとけ!」
「?」
咲は首を傾げた。
「――そういえば、」
桔梗が静香と玄の間にそそくさと入りながら、聞いた。
「玄の字は"こう見えて"、重傷らしいですし、どうするんですか?」
「ちょっと…、"こう見えて"は失礼だよ、桔梗」
玄が顔をしかめた。
狼が、腕組みをして思案した。
「医者にはあまり動かすな、安静にしろって言われてるしなぁ…」
「……なら、ここで療養させるしかないだろ」
鈴鳴がちらり、と玄をみやって言う。
真新しいさらしが目を引いた。
「……、だよなぁ…」
狼があははは、と誤魔化すように笑った。
玄が不服そうに、頬杖をついた。
「なんで、狼は嫌そうなの?」
「……すぐ問題を起こすからに決まってんだろ…」
「――何か言った?」
「いーえ…」
……
療養に飽きる→色町に逃亡→女を連れ込む……
……後のことは言わずもがな…。
考えただけでも頭が痛くなってきた。
ため息しか出てこない。
「……ちゃんと療養するんだぞ、玄」
「? 言われなくても、分かってるよ?」
……
目が分かってないんだよ…、目が。
額に手をやりながら、呟いた。
「はー…。そうときたら、火焔隊の奴らにも言っとかないとな…」
「――そのことについてですが、」
桔梗がちらりと戸の方に目をやって、微笑んだ。
「必要ないようですよ」
「ん?」
狼が首を傾げる。
桔梗に目で合図された鈴鳴が肩をすくめて、戸の方へ足音を立てずに移動すると戸を一気に引いた。
スパン、と戸が勢いよく開く。
――
目に写ったのは…、
黒山の人だかりならぬ、赤山の人だかり。
「――オメエら…ッ!おッ、押すんじゃ……、――あー…、す、鈴の旦那…」
「……さっきから、何してるんだ?」
鈴鳴が呆れて言った。
一番前に押し出された杢太郎が、しどろもどろになっている。
「――いやっ…、あのー…ですねー…、俺逹ッ、決して立ち聞きするつもりじゃ…」
「…」
杢太郎の脇辺りから、栄吉が顔を出した。
「俺は止めたんスけど、皆聞かなく「おおおおオメエは、黙ってろ!!」
ぎゃあ!という悲鳴と共に、栄吉が赤山の中に消えた。
「…」
「ととととにか…、」
さ迷っていた杢太郎の目が鈴鳴の向こうの玄をとらえた。
「「…」」
その他火焔隊隊士達も、布団に横になっている玄を見つけたようだ。
一瞬、静かになる。
「「……、」」
一斉に、口を開けかけまた閉じ、何か喉につまったかのように言葉が出てこない。
玄が呆れ返って、自分の部下達の顔をざっと見渡した。
「……ちょっと、」
「「!」」
風が盛大に唸ったかのように、低く重く…
歓声がおこり、部屋になだれこんできた。
「「――隊長!!」」
「無事だったんですね!!」
「う、嘘みてェだ…!!」
「だから、言ったろうが!!栄吉!!げ…玄隊長がし、死ぬわけねェって!!」
「…っ!」
杢太郎と栄吉が盛大に男泣きを始めた。
突き飛ばされた鈴鳴が、頭をさする。
「……ったく」
痛さに顔をしかめながら、鈴鳴は微笑んだ。
……
だから言っただろ?
こいつらにはお前が必要だって。
さっさと避難していた狼、神城、桔梗、静香、咲はしみじみとその様子を見ていた。
「……玄の字さん、なんだかんだ言って嬉しそうですね」
「ふふふ、そのようですね」
「ま!そんなもんだろ」
「…咲の膝枕の方が嬉しそうだったけどな」
「……それ、言わない方がいいわよ」
喧騒に似た歓声は、
どこまでも響いていく……
[*prev] [next#]
[目次]