がる空
38

イギリス、とある町の小さな喫茶店にてーー


ほかほかと美味しそうに湯気を立てるビーフシチューがカウンター越しに綱吉に手渡される。

「…(スッ)」

「はい!」

「……(クイッ)」

「はいッ!?」

「………(グイーン)」

「なんでだーーー?!!」

店長に指で指示された方へ向かうも反対を指され、到着しそうになったかと思うと通路を挟んで斜め向かいへと指先が動く。

度重なる方向転換に足を縺れさせ転びかけるも、両手で運ぶ皿を死守するために死ぬ気で堪える。結果皿を天に向かって捧げ持つ形になった綱吉に、周囲から生暖かい視線と拍手が向けられた。

「いやー、やるねえツナヨシ!」

「店長の指示は10割方適当だから、注文された場所は自分で覚えとけよぉ!」

「10割方って全部だーー!!」

げんなりしながらもツッコミは忘れずに、正しい注文場所へ守りきった料理を運ぶ。無事到着した注文の品に、中年の男は綱吉の頭をなで回した。

「フッ……お前のおかげで、数年ぶりに、注文したものと一致するメニューが無事に俺のもとに……」

「(すっ…数年ぶりーっ!?)それって…店としてどうなんですかね……」

ちらり、と店長である常に笑顔なのに威圧感溢れる男(推定60代)の方を窺うと、ニヤリと笑みを向けられた。未だ大きく開かれたことのない目が怪しく光った様な気がしてサッと目を逸らす。

「いやー店長の料理って全部ウマイし?値段もちゃんと食べた分しか請求されないし?まーいっかなーみたいな?」

(お客さん達も大概適当だーー!!)

中年の男の言葉に「うんうん、それそれ」と頷く客達。類は友を呼ぶ、という諺が綱吉の脳裏に疑問形で過った。





「ツナヨシ頑張ってんなー…」

「たった1週間であの溶け込み具合は凄いね」

「むしろあの料理関係以外やる事なす事滅茶苦茶なテンチョーと働ける時点で尊敬するって…」

綱吉がジャンの屋敷に厄介になるようになって二週間余り。そして、何もせずただ世話になることを申し訳なく思った綱吉が「店長の度が過ぎた破天荒さのせいでバイトが3日続いた試しがない」と噂の店長が切り盛りする喫茶店で働き始めて、はや一週間。ジャンとジェレミーは綱吉の様子を見に店にやって来ていた。
が、予想に反して上手くやっている様だ。綱吉は大抵の事を受け流し、無茶な注文も投げ出さずにこなしている。綱吉の周囲が、店長と張り合うというよりも更にその上を行きそうな無茶苦茶な人物たちに溢れていたことを二人は知らない。

「お、お待たせしましたー……」

「「あ」」

「って二人とも!!何でいんの!?」

「ツナ兄が心配で心配で……!」

「そーそー。お皿ぶちまけたりしてねーかなーとか!」

「そっちの心配かー!!(つーか心こもってねェー!)」

まあいつものことか…と気持ちを落ち着けて、綱吉はメモを構えた。来店の理由はどうあれ、この二人も今は大事なお客様である。

「…ご注文は?」

「「一日10食限定季節のフルーツパフェ生クリーム増量版!」」

「かしこまりましたー…(やっぱりオレの心配はついでかー!!)」

とりあえずこの店でこういった子供向けメニューの注文は少ないため、配膳ミス案件が一つ減ったことに綱吉は安堵の息を吐いた。



店長に注文を伝え、会計に立ち上がった客を数人捌くと、店内は昼食を済ませて語り合う数組とジャン達だけとなり、少し静かになった。カウンターに戻って溜まった皿を洗いながら、楽しそうに話しているジャン達を眺めていると、ふと亜麻色が頭をよぎる。

(そういえば、リサさんとはあれからほとんど話せてないな…)

出会ってから一か月近くが経とうとしているにも関わらず、同じ屋根の下に住んでいる彼女と会話したのは片手で数えるほどしかない。彼女が大学生活の傍ら、学費を稼ぐために家庭教師として夜遅くまで外出していることも理由の一つではあるが、ジャンが彼女との接触を全力で阻止してくるのが大きい。

ジェレミーにこっそりと理由を聞いたが、彼も詳しくは知らないとのこと。なんでも彼が居候を始めた時には、すでにリサはジャンの家に滞在しており、関係も拗れてしまった後。メイドがいうには戦争孤児だった彼女を、遠い親戚であり裕福なジャンの家が引き取ってからしばらくの二人は今よりずっと良好な同居人の関係を築けていたそうだが、今の二人を知る綱吉には想像もできない。

「ツナヨシ―ー!!お勘定ーー!」

「うわっはいただいま!!」

皿を洗い終わって拭く…という無意識でしていた作業を止めて、レジカウンターへと向かう。ついぼーっとしていたが、どちらかというとこのくらいが平常運転なため、綱吉は何も言われず会計を済ました。

「そういえばツナヨシって今日は何時上がり?」

「7時から送別会?みたいな感じの団体さんが急に入ったみたいだから、片付けしてるとちょっと遅くなるかも」

「えーーー!!今夜は花火パーティしようと思ったのにッ」

「こりゃ延期だね」

「えっなんかごめん……」

でも花火は俺もやりたい…。ジェレミーと共にジャンを宥める綱吉の後ろで、店長が「悪いね〜〜」と言いたげな表情でウインクした。そして振り向いた綱吉に向かってサムズアップしてくる。

「えっ本当ですか、ありがとうございます!助かります!」

「ツナ兄?」

「店長が今晩はまかない作ってくれるって言ってる」

((言ったか…!?))

「…たぶん」

二人の驚愕の顔に自信なさげに付け足した綱吉にだが、店長は否定することなく何人か人を殺していてもおかしくなさそうな顔でニヤリと笑う。あ、なんか嬉しそう、と綱吉は思った。
この店に通う常連達には周知の事実であるが、この店長、一言も喋らない。今までのバイト達は仕事の合う合わない以前に、意思疎通の測れないこの男との折り合いがつけられずに3日と経たず辞めていったという歴史がある。
綱吉がこの店で順調にやっていけているのは、偏にこれまでのハチャメチャな対人関係と超直感による補填のおかげである。

笑顔で店長に話しかける綱吉を見て、ジャンとジェレミーは「よくわからんけどやっぱりツナヨシなんかすげ〜〜」という感想を共有した。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -