がる空
33

時は少し遡り、教団内に警報が鳴り響く十数分前―――


「ぶえっくしゅ!!」

「うわっ、ラビさん大丈夫っすか!?」

山本の意味深な発言からしばらく沈黙が下りていたのだが、じわじわと身に染みてくる寒さに耐えきれず、ラビが盛大にくしゃみをした。思わずといったように飛び起きた山本も、今さらではあるが身を震わせる。

「夜は冷えるっすね…」

「まあもう冬だかんなぁ…。コート無しはちとキツイさ」

「冬…か」

再び山本の顔が曇る。その様子にラビはスッと目を細めた。しかし今問い詰めたところで、恐らく山本は何も話してくれはしないだろう。そう判断して、一見わざとらしい程に大げさな伸びをしながら立ち上がった。

「さ、風邪ひかないうちに、戻ろうぜ」

「…はい!」

屋内に入り、のんびりと足を進める。ラビがちらりと隣を見やると、ふと山本の持つ竹刀が目に入った。…確かさっきは普通の刀で木を割ってなかったか?訝し気な視線に気づいたのか、山本は竹刀を持ち上げてにかっと笑った。

「この竹刀は、時雨流蒼燕流っていう流派の技を使った時だけ、切れるようになるんスよ」

ほらこんな風に、と山本が素早く竹刀を振れば、抜身の刀身がギラリと鈍く光りながら現れる。そんな光景に、思わずラビは目を剥いた。

「なんさそれ!!スッゲエ!!ちょっとよく見せ、」




―――ギャアアアアア!!!

突然の、耳を劈く様な悲鳴。「……て」と、とりあえず最後の言葉を吐き出したラビだったが、何度も耳にしたことのある断末魔の叫び声に眉を寄せる。

「これって……」

あの時と同じ……。そう呟いた山本が目付きを鋭くし、悲鳴が聞こえた方向へと走り出す。一瞬止めるるべきか迷って、しかしそれを実行することなく、ラビも山本の後を追った。

(偶然アクマに襲われ、偶然生き残っていた所を、偶然エクソシストに助けられた、全員面識があるという子供達……)

不自然な程に重なりあった偶然は、果たして本当にただの偶然か。それとも、必然か。奇しくもコムイと同じ考えに行き着いたラビは、神経を尖らせる。ただの偶然であるならば、この先で自分はこの少年の身を守らねばならないのだから。


教団内の長すぎる廊下を駆け抜けたその先―――


「……っ」

廊下に広がる血溜まり。そこに折り重なるようにして倒れる教団員達の姿に、山本は思わず立ちつくした。その脇をすり抜けたラビが、団員の首元に手を当てる。しかし、すぐ横に足をついた山本に、無言で首を振った。

「まさかアクマ…ですか?」

「……」

団員達の背中には致命傷であろう、鋭く太い、杭の様なもので貫かれただろう傷があった。教団の厳重なセキュリティを掻い潜ってアクマが侵入したとはにわかに信じがたい。しかし、この傷が人間によってつけられたものとは到底思えなかった。

(…この傷、嫌なもんを思い出す)

ラビの脳裏をよぎるのは、つい先日終わらせたばかりの任務に現れた、水晶の弾丸を打ち出すアクマの姿。しかしそのアクマは確かに自分が倒したはずだ。

「ラビさん、足跡が」

ショックから立ち直ったのか、山本が血の足跡を指さしていた。それに目を細めて、近くに居合わせた団員にコムイへの報告を頼み、二人で足跡をたどる。先ほどの場所からこれまで、殺気や団員以外の人の気配はない。周囲を警戒しながら慎重に足を進め、再び角を曲がる。
そこには、再び血まみれの団員が倒れていた。だが、まだ生きている。

「大丈夫か!?」

素早く駆け寄った山本が、団員を抱き起す。そして息を呑んだ。素人目にも分かる。これは致命傷だ。一瞬で血に染まった自分の手に、呆然とする。その山本の肩に手を置いて、ラビも隣に足をついた。

「すぐに医療班を呼ぶ!頑張るさ!」

ラビの声が聞こえたのか、団員がうっすらと目を開いた。そして苦し気に「ダグ…」と口元を震わせる。

「ダグが…あっちに…」

ごぼり、と男の口から血がこぼれる。

「おいっ喋ったら…!」

駄目だ。その言葉を最後までいう間もなく、団員はこと切れた。ギリ…と唇を噛みしめる山本をよそに、ラビは勢いよく立ち上がる。ダグ。ダグと言った。ラビと同じ年頃のファインダーである彼とは、よく任務で一緒になった。

『…ラビ、君の目はガラス玉みたいだ』

ブックマンとして常に傍観者を貫く。そのために気づかれぬ様に引いていたはずの一線を、即座に見破ったただ一人。目を見る事で人間に化けたアクマすら見破ったという観察眼に優れた優秀なファインダー。だが、

―――アイツはいつも、要領が悪い。

傷を負った仲間のファインダーを助ける為に、自分一人が囮となって、一人崩れ落ちる教会へ飛び込んでいくような奴だ。

(ジジイはまだ部屋か…?)

他のエクソシストは皆出払っている。一人でやるしかない。

「ラビさん!オレも行きます!!」

団員を寝かせて立ち上がった山本の声に、ラビは足を止めた。
だが、振り返らない。

「…武はここで誰か来るのを待つさ」

「な…!」

「エクソシストじゃねェだろ、お前は」

そう言えば、口ごもる。偶然じゃないかもしれない。彼らが生き残っていたのには、もしかしたら、ちゃんと理由があるのかもしれない。例えば、アクマと戦える、とか。

「けど、ラビさん一人で…!」

そこでやっとラビは山本を振り返った。
彼は、戦えないことを肯定しない。否定もしない。
きっと彼らは、“普通の子供”ではないだろう。

「…じゃあジジイ呼ぶの頼むわ。あ、さっき一緒にいたパンダね」

けれど今自分に向けられているのは、こちらを心から心配する必死な表情だ。この表情が嘘だなんて言われたら、冗談抜きで人間不信になりそう。心の中で自嘲して、再び前を向く。

思い出すのは、鋭い目つきで正確に刀を振っていた山本の姿。血みどろの団員達を見て立ちつくす姿。そして、手を血で汚して、団員が息を引き取るのを呆然と見つめている姿。


偶然じゃないかもしれない。戦えるのかもしれない。でも、

―――それを確かめるのは、今この瞬間ではない。



山本は追ってこない。
ラビはこの先にあるダグの部屋に向かって足を速める。ドアが目に入れば、頭はファインダーの青年のことでいっぱいになった。





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