がる空
20

「こんのアクマ野郎ぉぉぉぉッ!!」

「ぎゃあああぁぁあ!!?」

突然雄叫びと共にブンッと振り回された斧。綱吉が正に紙一重で避けたそれは、背後にあった木に突き刺さった。直径50センチはありそうな木の幹が半分程斬られたのを見て、綱吉は鞄を取り落とし、思わず気絶しそうになった。だが、今意識を失えば、間違いなく、殺られる。
いつの間にか綱吉の背後から忍び寄って来ていた赤っぽい茶髪に変わった帽子を被った少年は、敵意を剥き出しにして、綱吉を睨み付けた。

「イノセンスはお前らなんかに絶対に渡さないからな!このアクマめ!」

「今までバカとかノロマとかダメダメだとか色々言われてきたけど、悪魔なんて生まれて初めて言われたーー!!」

酷い!とショックを受ける綱吉に対し、斬りかかってきた少年は、幹に突き刺さった斧を引き抜こうと必死だった。しかし、その表情は怒気に満ちている。

「ってか何でいきなり斬りかかってくんの!?オレ何かした!?」

「とぼけんな!お前、そのイノセンスを狙ってきたアクマだろ!」

「また悪魔って言われた!」

「アクマだろ!」

「違うから!人間だから!」

叫ぶ様に言い合い、二人はそこで遂にゼーハーと息を切らした。肺活量はそこまで多くなかったらしい。
そんな二人から少し離れた所から、プッと吹き出す声がした。驚いて二人して振り返れば、先程と同じ場所で楽しげに笑う少年の姿。

「ごめんね、お兄さん。ついさっきイノセンスを見つけたばかりだから、気が立ってるんだ、そいつ」

「は?」

いのせんす?と首を傾げた綱吉。木に刺さったままの斧を放り出して、帽子を被った少年は、金髪の少年に駆け寄り、殴った。

「この馬鹿っ!ほいほい情報教えんな!盗られたらどうすんだよ!」

「あのお兄さんがアクマなら、俺達とっくに殺されてるってー」

ガクガクと肩を揺さぶられながら、金髪の少年はへらりと笑う。それを見て気持ちが萎えたのか、帽子を被った少年がガックリと項垂れた。
何事かとおろおろする綱吉に気付いた金髪の少年は、ゆっくりと歩み寄り、手を差し出してきた。

「俺はジェレミー。レミーでいいよ」

「あ、綱吉……です」

「ツナヨシ……。変わった名前だね」

取り敢えず手を握り返せば、ジェレミーと名乗った少年はニッコリと笑った。
そんな二人の間に、先程の少年が割り込んでくる。

「おい、レミー…!」

「あ、コイツはジャンっていってね……実はボンボンなんだよ。見かけによらず」

「馬鹿にしてんだろ、お前」

ぷぷっと笑い声を漏らしたジェレミーに、ジャンは更に表情を険悪にした。その敵意混じりの視線の六割は、綱吉に向けられている。綱吉は若干引いた。





突如、銃声。

「「!!」」

「な、なに…?」

断続的に響いてくる銃声、そして悲鳴。周囲の様子を窺う綱吉に対し、ジャンとジェレミーは顔を見合わせ、その表情を険しくさせた。

「アクマだ!ここに居たら殺られる。逃げんぞ、レミー!……と、そこの人」

「ジャン速っ!ずるっ!俺もローラーシューズ履きたいっ!」

びゅん!と走り出したジャンに、ジェレミーが非難の声をあげる。…というかこんなデコボコの道をローラーシューズで走れるのか。自分にはきっと無理だ。そう思って呆然とする綱吉の腕を、ジェレミーが引っ張った。

「綱吉お兄さんも、早く逃げよう。殺されちゃうよ」

「こ、殺…!?」

んな物騒な!と絶句する綱吉。ジェレミーは未だ光を発する大木に駆け寄る。落ち着いた様子で作業するジェレミーに対し、綱吉は頭を抱えて取り乱した。

「え、何で殺されんの?日本って銃刀法とか無かったっけ?何で真っ昼間から銃声聴こえんの?テロ?」

「日本?」

何を言っているのか、とジェレミーが困惑した様な表情を浮かべた。え、と綱吉が思わず聞き返した。

「綱吉お兄さん、今や日本はアクマの巣窟。人間がまともに住める国じゃないよ。………と言っても、情報として知ってるのは江戸のことだけなんだけどね」

「え、江戸?何言って…」



「ここはイギリス。アクマは居るけど、日本と比べれば安全な街だよ」


多分ね

そう言って笑ったジェレミーの手の中で、イノセンスと呼ばれた物質が、輝いた。




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