繋がる空
18
激しい爆風に、山本は咄嗟に身を屈めて顔を庇った。銃弾に抉られた地面の欠片が、爆風に舞い上げられ、腕にぶつかる。
「獄寺…?」
土煙の中で、ゆらりと影が動く。山本がポツリと呟くが、聞こえてきたのは下卑た笑い声だった。
『ギャハハハハ!一人ぶっ殺した!!』
呆然と立ち尽くす山本の足元に、コロコロと鈍く光る物が転がってきた。爪先にぶつかって止まったそれを拾い上げる。無意識に手が震えた。
――だってこれは、獄寺が身に付けていたシルバーリングだ。
「嘘だろ…」
握り締めた指輪が、手の平に食い込む。
いかに多くの弾丸を放ったか。いかに正確に獄寺を狙ったか。そんな話で盛り上がるアクマ達。その様子に、山本はギリ…と歯を噛み締めた。
右手の中指に、リングをはめる。獄寺のシルバーリングではなく、雨のボンゴレリングだ。先程ポケットから飛び出したそれは、何故かボンゴレギアからもとのリングへと姿を変えていた。しかも、綱吉を後継者として認めた初代によって枷を外された原型の状態ではなく、争奪戦の時の分割可能な状態に。
懐かしい形態のリングのはまった右手で時雨金時を握れば、その刀身を青い炎が覆う。
「…………獄寺が死ぬなんて、そんなことが…!」
「そんなことがあってたまるかよ」
ハッとして山本は顔を上げた。
そんな馬鹿なと背後を振り返るアクマ達。そんなアクマの内、固まっていたレベル1の全てが、赤い炎の矢に撃ち抜かれた。
『馬鹿な…!何で人間如きが!』
「オレが死ぬのは、十代目にお許しを頂いた時だけだぜ」
徐々に晴れていく煙の中から現れる人影。その周囲を取り囲む様に配置された、SISTEMA C.A.I.(スィステーマシーエーアイ)による盾(シールド)。それを見た山本は、「獄寺は一生死なねーな」と、笑って頭をがしがし掻いた。
多少すすけているが、獄寺はほぼ無傷だ。
「……よう、野球馬鹿」
そう言って近付く獄寺の指には、山本のもとに転がってきたシルバーリングの代わりに、嵐のボンゴレリングが輝いていた。
「心配させんなよ」
「……………………おう」
一応自分が悪いとは認めているのか、いつもなら噛みつきそうな台詞にも嫌そうにだが返事をした。あくまで嫌そうにだが。
山本がそんな獄寺に苦笑しながら「ほい」とシルバーリングを投げる。弧を描いて獄寺の手に収まろうとしたリングは、寸前に掠め取られた。
「「え、」」
思わず二人ハモって振り向いた先には、「にょおーん」と楽しげにリングを転がして遊ぶ猫の姿。獄寺の所有する匣(ボックス)アニマル、嵐猫(ガット・テンペスタ)の瓜だ。
「この非常時に…!っていうか、何でボンゴレギアがリングに戻ってんだよ!」
「何でだろうなー。でもなんか懐かしくねーか?ボンゴレリング」
青筋をたててリングを奪い返そうとする獄寺に気付いた瓜の目が、キラリと光る。
「シャアアアアッ!」
「いってええええ!!」
「相変わらず仲いいなー、お前ら」
バリッと手加減なしでひっかかれて、獄寺が悲鳴を上げた。そして笑う山本はやはりずれている。
『おいコラ無視すんなー!』
『放置プレイかこの野郎!』
和やかな空気を醸し出していた山本達の背後で、アクマから一斉にブーイングが上がった。つい先程まで残虐に笑っていた彼らが、少し寂しげにブーブー言っているのは、かなりシュールだ。
「あ、わり。忘れてたわ」
そして山本は正直だった。
一瞬ぽかんとしたアクマ達は、次の瞬間全員キレた。機械兵器として畏怖される存在である自分達を、今までこれ程までに蔑ろ…というか空気の様に扱った人間が居ただろうか。いや、いない。エクソシストにもいない。
『『『『アイツぶっ殺す!!』』』』
レベル2四体の意志は一つになった。獄寺の無事を確認して余裕が戻ってきた山本は、持ち前の天然さで「こいつら面白ぇなー」とかのたまっている。獄寺は目すら向けていなかった。
それを見てさらに怒りを爆発させた四体のアクマ達は、一度に突っ込んでくる。
「死ぬ気の炎は効くって分かったんだ。あとは任せろよ、獄寺」
「……仕方ねーな」
譲ってやらぁ、と言った獄寺の頬を、捕まえていた瓜の爪が再び引っ掻いた。
「サンキュ。んじゃ、行くぜ…!」
雨のボンゴレリングを通して、時雨金時が再び青い死ぬ気の炎を纏った。向かってくるアクマ達に向けて、此方も走り出した。
銃撃をかわし、潜り込む。
「時雨蒼燕流、攻式八の型…―――篠突く雨」
死ぬ気の炎を纏った鋭い斬撃に突き上げられ、二体のアクマが爆発した。
驚きからか恐怖からか、距離を取るアクマ達に、山本は鋭い視線を向けた。人でないのなら、手加減はしない。
「……一気に決めるぜ」
リングと共にポケットに入っていたボンゴレ匣。パシッと手に取ったそれに、炎を注入しようとした時だった。
「劫火灰燼、火判」
ゴオオオオオォッ!
『『ギャアアアアアアッ!!』』
巨大な火柱に、アクマ達が呑み込まれる。
「な…っ、死ぬ気の炎!?」
「違う…!本物だ!下がるぞ、野球馬鹿!」
山本は匣をしまい、獄寺は瓜にひっかかれながら走ってその場から離れる。20メートルほど離れた所にも伝わる熱風に、腕で顔を庇う。
「どうなってやがる…!」
「爆発か?!」
「いや、違ェよ」
トンッと二人の前に降り立った青年。赤毛にバンダナ、眼帯に黒いコート。その青年の後ろに、青年とは対照的に白い隊服のようなものに身を包んだ男性が降り立った。
「…誰だテメェ」と警戒心を剥き出しにする獄寺に対し、青年は人好きのする笑みを浮かべた。
「俺はブックマンの後継者…だが、今は記録のためにエクソシストをやってる。ラビって言うんさ、よっろしくー」
「…………うさんくせぇ」
手を差し出したラビと名乗る青年に対し、獄寺はバッサリと切り捨てた。