繋がる空
03
「ん…?おーい、獄寺!」
野球部のミーティングが予定通り早く終わった山本は、校舎の影になっている場所で立ち尽くす獄寺に声をかけた。それに肩を揺らして獄寺が振り返る。
「うっせぇ野球馬鹿!んな叫ばなくても聞こえ、て…」
「?どーしたんだ、獄寺」
段々小さくなっていった声に山本が首を傾げる。獄寺の顔は真っ青になっていた。
「おい……じ、十代目は一緒じゃねぇのか?」
「ああ。なんか野球部のミーティングに呼ばれちまってさ。獄寺がすぐツナんとこ行くだろうと思って…」
そこで山本の視線が獄寺の後ろに向いた。その目が驚きに染まる。
「おい、ソイツら…」
「話は後だ!早く十代目の所に…!」
「っ!」
ただならぬ獄寺の様子と、獄寺に倒されたらしい男子生徒達の中に、普段問題を起こす様な事はしない顔触れが混じっているのを見て、山本もはっとした様に獄寺と共に走り出した。
屋上への階段を全力で駆け上がりながら、山本が獄寺に声をかけた。
「おい、獄寺。あの倒れてた奴らはいったい…」
「いきなりオレを全員で取り囲みやがったんだ。最初はオレも喧嘩売られただけだと思ったんだがな…」
眉間に皺を寄せた獄寺が、舌打ちをした。
「アイツら、目がイッちまってやがった。それこそ、何かに操られてるみたいにな」
「!それって…」
――学校で聴こえるはずの無い、音。
山本が口を開きかけたその時、目前に迫った屋上の扉の向こうで銃声が鳴り響いた。
二人の顔から血の気がひく。
「十代目…!」
「ツナっ!」
半ば叫ぶ様に名前を呼びながら、二人はドアを壊さんばかりの勢いで開け放った。
†
獄寺の周囲に不穏な空気を感じたリボーンは、昼休みに獄寺を木の上から見ていた。予想通り、購買から出てきた獄寺の周りには、異質な空気を醸し出す生徒達が集まってきていた。獄寺も気付いていたのか、誘導する様に校舎の影になっている場所に足を進めていた。
「何だテメェらは?」
一斉に獄寺を取り囲んだ生徒達は、何の反応も示さなかった。その瞳は虚ろで、何も映してはいない。それを見た獄寺は何かに気付いた様に目を見開くと、次々と生徒達の意識を奪い始めた。
(所詮は一般人…。取り敢えず獄寺は問題ねぇな。問題なのは…)
綱吉と山本に伝える為に屋上へ向かいながら、リボーンは先程の生徒達について考えていた。明らかにあの生徒達は正気ではなかった。まるで、何かの暗示にでもかけられてしまっているかの様な目だった。人を操るファミリーの話など聞いた事がない。新手だろうか…と考え始めたリボーンの視界に、綱吉と一緒に居るはずの山本が映った。野球部のミーティングなのか、野球部員と顧問の教師が集まっている。
(なら今ツナは一人か…)
予想外の事態にリボーンは足を早める。そう簡単にやられる様な事は無いだろうが、油断は出来ない。それに綱吉は、獄寺の様に操られている生徒に手を出す事が出来ないに違いない。
気配を消して屋上へと上がり、給水塔の陰に潜もうとしたリボーンだったが、そこには同じく気配を消して潜む先客が居た。
その人物を見てニヤリとリボーンが笑った。
「お前が並中の異常に気付かない訳が無かったな、雲雀」
「やあ、赤ん坊。君も来たのかい」
二人の視線の先には、綱吉と銀髪の幼い少女。表情の変化を見せない少女に対し、綱吉は手袋と死ぬ気丸が入っているだろうポケットに手を入れ、警戒している様だ。様子を窺っていれば、少女が一般人とは思えない身のこなしでフェンスに飛び上がる。一体何者だ?
「雲雀、お前が並中の不法侵入者を見逃すなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「あの子供が屋上にいきなり現れた時、本当は速攻で噛み殺そうとしたんだけど、ただの草食動物なのかどうか少し気になってね」
「…ガキにも容赦ねぇな。ただの迷子だったらどうする気だったんだ?」
「そんな事、僕には関係ないよ」
「…………何か聞いたか?」
「よく聞こえなかったけど、嵐と雨が小動物と一緒に居るとか晴がボクシング好きとか言っていたよ」
「なに?守護者の情報が洩れてやがったのか…?」
あんな子供に?
雲雀が立ち上がり、歩き出す。何故か硬直している綱吉に、少女が手を伸ばした。暗示にかけられた様に綱吉の目が虚ろになる。それを見たリボーンは瞬時に拳銃を構えて照準を合わせた。
「ただの草食動物ではないみたいだけど、あの子供は並中の生徒に手を出した。風紀委員の制裁対象だよ」
並中の風紀を乱す者は――噛み殺す。
雲雀がトンファーを構えて走り出すのと、銃声が鳴り響くのは同時だった。リボーンが放った銃弾は綱吉と少女の掌の間をすり抜け、それに数瞬遅れて雲雀が少女に肉薄する。
しかしトンファーが届く前に、文字通り少女は消えた。