long dream | ナノ



玩具の団栗



仕事が休みの今日、すっかり体調も良くなったので私は高天原まで買い物に出掛けていた。
いくら天国にいるとはいえ、健康には気遣わなければならないと十分に学んだのもあって、
新鮮な野菜や果物を持参したかごに詰めていると、いつの間にか空は赤く染まっていた。

夕日が沈んでいくのをぼうっと眺めながら帰り道を歩いていると、
前方から知っている姿がこちらへやって来るのが見えた。
向こうも私に気付くと、あ、と小さく呟き、軽くお辞儀をする。


「桃太郎君、仕事終わり?お疲れ様」

「ありがとうございます。柚季さんは今日ゆっくり休めました?」

「うん。店のほうはどうだった?」

「今日は割とお客さん少なかったっすねー」

「あ、それで今日早めに店閉めたんだ?」


まだ閉店時間には少々早かった。
だが、日によって客が少ないと早くに閉める場合もよくあるので、
今日もてっきりそうかと思ったのだが、桃太郎の表情が急に固まる。
どうしたのだろうと首を傾げていると、実は、と彼が言いにくそうに口を開いた。


「今日本当は早めに店閉めて、白澤様と飲みに行く予定だったんですよ。
 でも俺すっかり忘れてて…一寸法師さんと飲みに行く約束しちゃって」

一寸法師。その名を聞いて記憶を辿る。
かつての英雄同士、意気投合し仲良くなったと言っていたっけ。
私も一度は会ったことがあるはずだが、顔はよく思い出せない。


「あの…柚季さん」

続けて桃太郎が口を開く。


「少しだけでいいんで、帰宅する前に白澤様の様子を見てきてくれませんか?」

「え」


拒否する隙も無かった。
地面に手をつきそうな勢いで私に向かって頭を下げる。

「この通りです!」

「ちょっ…桃太郎君、落ち着い…」

「お願いします!!」

「……あの人、そんなに機嫌悪くしたの?」

「…………」



深く頭を下げたまま桃太郎は、お願いします、ともう一度小さく言った。

あんな上司だが、約束を破ってしまったことに対して負い目を感じているのだろう。
そういうところはやはり彼の真面目さが表れているなあと思う。



「……で、明日からあの人出張だからお酒はほどほどにするようにって言えばいいんだよね」

「はい……ほんとすいません。よろしくお願いします」

「いいよ。飲み会楽しんできてね」


私と違って桃太郎はあの店で居候までしている。
一日中あの上司と一緒に過ごして、さぞかしストレスも溜まっているだろう。
たまにはちゃんと息抜きしてほしい。
でも。

以前、大きなミスで白澤に怒られた時のことを思い出す。

奴はそんな小さなことでいつまでも怒るような人だっただろうか。






「ぐふっ…!!」


全身の力をこめてその白い背中に一撃を与える。


「いった…!ちょっと柚季ちゃん、いきなり来て上司の背中蹴るってどういうこと!?」

「こんばんは、白澤様」

「せめて先に挨拶して!」


やれやれと彼は背中をさすりながら立ち上がり、今の衝撃で倒れた椅子を元の位置に戻す。
ほんのり紅潮した顔。
耳に入ってくる微妙に音外れな鼻歌。
なんとなく予想はしていたが。


「あんた……」


全然怒ってないじゃないですか。

店に入って呼びかけても返事はなく、リビングまで行ったところ、
「あれ、柚季ちゃんだ〜」とへらへらと白澤に迎えられたものだから反射的に蹴り倒してしまった。

テーブルには何本もの酒の瓶があり、既に数本は空の状態だ。
この短時間でこれだけ飲むのだから桃太郎の言う通り機嫌が悪かった可能性もあるけれど、
今の奴はどう見てもただの酔っ払いで、怒りの気配は全く感じられない。

はあ、と溜息が出る。
そんな私の様子に彼は思いついたように問う。


「もしかして、桃タロー君に言われて来たの?」

「…………まあ、はい」

「へえ。なーんだ、柚季ちゃんが自分から僕の酌をしに来てくれたのかと思ったのに」

「は?そんなわけないでしょう。私もう帰りますから。飲み過ぎないで下さいよ」


思いっきり眉間にしわを寄せて見せる。
とりあえず桃太郎に頼まれた通り来てやったのだからもうここに用は無い。
荷物を持って店に続く戸へと向かう。


「ええ〜?冷たいなあ。ここで一緒に飲もうよ」


そう言って白澤は手に持った杯を小さく揺らした。
私が酒をあまり飲めないことを知っているのにも関わらず。
視線を再びテーブルの上に向ける。
並んでいるのは酒ばかりで、食べるものといえば申し訳程度に漬物があるくらいだ。
数秒間、それらと上司の顔を交互に睨みつける。

小さく舌打ちをして、私は手にしていた買い物かごからさっき買ったばかりの新鮮な葱や大根を取り出して台所に立った。
蛇口を捻り野菜を洗い、勝手に包丁とまな板を取り出す。


「やった。ご飯作ってくれるんだ?」

「別に、私がお腹空いたので作ってるだけです。あんたの分なんか無いですよ」


そんなことを言いながら明らかに二人分の野菜を切っていることに気が付き、私はまた長く息を吐いた。




栄養バランスを気にしながらも簡単ですぐにできるものを。
そう用意した料理に奴がやたらと豆板醤を入れようとしてくるので、
その手を思いっきりつねり阻止し、お互いテーブルについて食事をとった。
白澤はしつこく酒を勧め、終いには無理やり杯を渡してくるものだから仕方なく一杯だけ煽った。

やっぱり酒は苦手だ。
少しふらつく頭を押さえ、流し台で食器を片付ける。


「さーてと、次は〜」


背後から上機嫌な声が聞こえたかと思うと、奴は冷蔵庫を開けて新しい瓶を取り出そうとしていた。


「ちょっと、もう駄目ですよ。早く寝ろ」


洗い物を中断して、その酒を没収する。


「ええー?まだまだいけるよー」


そう言って私の手から取り戻そうと立ち上がるが、よろけてすぐ横のテーブルに手をついた。
もう少し早く止めさせるべきだったかもしれない。


「明日から出張で朝早いんでしょう?ほら、ブツブツ言うな」


まだ不満そうな上司に肩を貸して自身の部屋まで連れて行き、ベッドに横たわらせる。
彼が痩せているとはいえ、かなり肩に負担がかかってしまった。
息をついて腕を伸ばしていると、ふと入口近くの棚の上に透明の小瓶が置いてあるのが目に入る。
どうやら小さな花が一本生けてあるようだ。


「ああ、それね。庭に咲いてたんだけど折れちゃってて」


私の視線に気付き、白澤が寝ころんだまま説明する。

部屋の明かりをつけていないので見えにくいが、確かに茎の部分がぽっきり折れてしまっていて少し痛々しい。
枝分かれした先端には、一方は白い花を咲かせており、もう一方は既にしぼんでしまっている。
何度か見たことがある花だ。


「白澤様、この花の名前って……」


言いながら振り向いて、驚愕する。
さっきまでベッドにいたはずの白澤の顔が目の前にあった。


「あ、の」

「ん?」

「近いんですけど」


頬が上気していくのを感じ、慌てて顔を背けた。
すると、今度は腕を強く引っ張られる。


「……!?」


突然の衝撃に思わずぎゅっと目を瞑る。



「柚季ちゃん」


瞼を上げて見えるはずの白い天井が、上司の顔に遮られてほとんど隠れている。
そこで初めて、自分がベッドに押し倒されていることを理解した。


「……どういうつもりですか」

「分かるでしょ?僕もう我慢できない」


起き上がろうと身をよじってみるが、押さえつけられた両手首はビクともしない。


「悪酔いにも程がありますよ」


そうではない、と頭では分かっていた。
先程まで虚ろだった瞳に酔いは全く感じられないし、いつものからかうような目でもない。
心の内の動揺を悟られないように冷静な声を出す。


「いい加減殴りますよ。寝言は寝て言っ…………!」



彼の顔が近づき、強引に唇が重ねられる。
ますます混乱した私はとにかく顔を背けようとしたが向こうはそれを許さない。
一度唇を離したかと思うと、再び塞がれて今度は舌が入ってくる。

ふわりと漂う薬品とアルコールの匂いに、頭がぼうっとして何も考えられなくなる。

どうして、私はこの人とこんなことをしているのか。



長い口づけから解放されて肩で息をしていると、彼が目を細めて笑う。


「ねえ、嬉しい?」

「な、にが……」

「ホントは君も僕にこうされたかったんでしょ」



なにを。


思考が止まる。
上手く呼吸ができない。


この人は、何を言っているんだ。


とっくに抵抗する力を失った私の手首から手を離し、今度は頬に手をあてられる。
口内に入ってきた舌がこちらを誘うように私のそれと絡む。






ホントは君も僕と遊びたいんじゃないの?

冗談だよ。君には手を出さないから安心して。




いつも私をからかっては冗談だと言い、そして今まで一度だって手を出す素振りを見せなかった。
彼にとって私は可愛くない奴だから。
他の女の人とは違うから。

それで良かった。

そういう形でも、自分は特別扱いされているのだと思っていたから。
でも、違ったのか。


唇が首筋を這い、はだけさせた着物から覗く鎖骨をなぞる。


「…………め、て」


特別でもなんでもない。
所詮私も、ただの遊び相手。


「…………やめ、て」


いつかは飽きられてしまう、捨てられてしまう。
この人の、
玩具、なんだ。


「やめて、ください…………」


喉から声を絞り出す。
涙が零れていた。

私の様子に驚いた白澤が一瞬体を引いたのを好機に、ベッドから抜け出しそのまま店を飛び出した。



衣服を整えながら家までの道を全速力で走る。
アルコールが抜けていない体はふらつき、途中の道端で転んでしまった。

痛くて、悲しくて、たまらない。

地面に手をついたそばにポタポタと涙が落ちる。



そうか。

私はこんなにも、あの人のことが好きだったのか。








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