01


『アンナー!!アンナー!!』

外灯も何もない。真っ暗な森を突き進んでかれこれ数時間が経過した。泥濘にはまり靴は泥だらけ、伸び放題の木々が服に引っかかり破れ、髪の毛には木の葉が絡まり、はっきり言って見るに堪えない程悲惨な格好をしている。だがそんなことも気にならない程私の心は焦っていた。

『アンナ…一体何があったっていうの…』

私の横を飛び回る一匹の蝙蝠が唯一の手がかり。
数時間前、私の元へ飛んできた一匹の蝙蝠。この子はただの蝙蝠ではなく妹の使い魔で、何をそんなに急いでいるのだというくらいせわしなく羽をばたつかせてきた。内容は驚くべきもので、妹からのSOS。きっと時間がなかった中での緊急信号だったのだろう。使い魔からの伝たちはSOSのみだった。でも使い魔のこのただならぬ飛び方をみると、かなり危険な状態なのだろう。崖から落ちたとか、刺されたとかそういった本当に身の危険に迫ることだと思う。
連絡を受けて勿論急いで支度をして使い魔に案内されながらアンナがおそらく元居たところへ来てみたがアンナの姿はそこにはなく。気配すら消えていた。
それから、ずっと名前を呼びながらあたりを探しているのだけど何せ彼女が最後に居たところが森の中なので、探そうにもうまく探せない。時間がたつにつれて不安や焦りは大きくなり、今にも泣きそうなほど心は乱れていた。

『アンナ貴方に何かあったら私は…』

「ほう…その女に何かあったらどうするというのだ?」

気配もなく、音もなく暗闇から突然現れた男。こんな時間に森に出歩く人間など、心霊スポットに冷やかしで行く愚か者くらいだ。しかしこの男はとても落ち着いていて、見た目からはそんな気配は一切ない。という事はおそらく魔族。しかしこんな何もないただの森に来る魔族など家から近い逆巻の者か逆巻に用事ある者以外ありえない。そしてこの男はおそらくどちらでもない。何故なら、逆巻家に訪れることができる者は兄弟、又はカールハインツと相当親しい者だけだ。そのどちらかなら私だって顔ぐらいは知っている。だけどこの男は今日、今初めて見た男だ。それらの事からおそらく…

『…そうですね、まず攫った者を殺そうかと思います。ところで貴方はその私に殺される予定の方ですか?』

「ヴァンパイアごとき下賤の者に殺されるなど冗談だとしてもいただけないな」

『ヴァンパイアが下賤?』

ヴァンパイアが下賤など、そんなこと今まで言われてことは一度もなかった。ヴァンパイアを下賤と罵るという事はつまりカールハインツへの侮辱と同等。
我が父カールハインツは性格こそクソな男ではあるが魔族の頂点に君臨できるほどの力を持っている。その力は底が見えず、おそらく魔族全員があの男に攻撃したところで、奴にとってみれば蚊に刺された程度の衝撃でしかない。ようは化け物だ。そんな男に楯突く程皆馬鹿ではないのでビボラやヴォルフが内心どう思っているかは知らないが、今の所ヴァンパイア族に盾をつかないのだ。
そんな一族に下賤というだなんて、頭良さそうに見えるがこいつもしや馬鹿か?喧嘩を売っているとしか思えないその発言と、おそらくこいつがアンナを攫った人物で間違いないとすれば、カールハインツに力で敵わないからアンナを人質に魔界の政権を得ようとしているからとか?だとすれば兄弟の中で弱そうな女を狙ったのもうなづける。
ただそれ以外に引っかかることがもう一つ、さっきの発言からヴァンパイアでないことは確定できるが、政権を奪いたいならヴァンパイアより下の一族ビボラかヴォルフの筈だ。だが、そのどれもない血の匂いがこの男からする。どういう事だ?人体実験でもされたのか?その復讐?

「私はファーストブラッド。すべての魔族の頂点に位置する始祖だ。」

『始祖!?確か数百年前に奇病にかかって死に絶えた一族の筈です…』

本物を見たことはないが、確か家においてある何かの本に少しだけ始祖の話が書いてあった気がする。何せ随分前に途絶えた一族なのでほぼ資料がないが今までの情報から考えて彼が始祖だというのが一番納得のいく話だ。

『その始祖様が私の妹に何の御用ですか?』

「我らの子を孕ませるためだ」

『………愛してもない男の子を身ごもらせるために攫ったと?』

「貴様も知っての通り始祖の一族はほぼ途絶えた。今私と弟以外は居ない。血脈を途絶えさせないためには子をなさなければならないだろう。本来なら同じ始祖の女が望ましいが、居ないのであれば薄くとも始祖の血を持っている貴様ら姉妹を迎える他ない」

『それはそちらの都合でしょう。妥協案の様に提示されてもこちらになんのプラスもないというのに何故のまなければならないのです?』

「貴様は思い違いをしている。私は貴様に意見など求めていない、求めているのは私と共に来るという一択だけだ。来い、女。逆らうのなら多少痛い思いをすることになるぞ」

抵抗して逃げても良いが、それでは囚われた妹が危ない。妹を連れ去った男がこいつかはたまたこいつの弟かは分からないがアンナが緊急信号を発するほどなのであれば恐らく私が抵抗して逃げてもすぐ捕まってしまうだろう。

「利口な判断だ。ついて来い女」

『名前で呼んで頂けますか?私も妹も女なので。どっちのこと言っているのかわかりません。私の名前はアンジュと言います。あなたの名は?』

「カルラだ」

はじまりはじまり

(なんとしてでも妹だけは助けなければ)




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