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4:黙りを決め込む
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「あの人の肉欲は、俺にはどうしようもないので」
ピンマイクに向かって田中が投げ掛ける。電波の向こうには、いつものジッパーマスクの男がいると仮定して。
「あの人の愛の言葉と恋人の座が欲しければお好きにどうぞ。彼が何処の男のベッドで抱かれようが喘ごうが殴られようが、俺には関係のないことです」
淡々と語るのは、虚勢でも牽制でもなく真意だ。一般的な恋人の概念とは掛け離れた性嗜好の田中には、恋人の持ち得る物の中で欲する部分は僅かな所しかなかった。
『…俺、そういうのじゃ、』
「貴方がどうお考えでも、あの人が珍しく特定の男に至極懐いているんです。闘争と肉欲の塊のあの人を満たす事が出来る人が、どうして彼から愛されないと考えられますか」
理性で正しく統制された本能が、手加減無しで牙を剥く事を許される相手。それは少なくとも己ではないが、何の問題もない。田中はひたすらに与えられる側であり、ジャガーの庇護欲を満たす為の存在である。田中が愛せる生物が唯一己であると自負し、双方の独占欲を満たす。
これを幸福とするか否かは別として、幸運の極みではあろう。ならばそれ以外を明け渡してしまっても構わないのだ。
「ミスターピース」
田中は審判の如く告げる。己と彼の仲を案じ引け目を感じる徒労など、言ってしまえば目障りなだけなのだと。思うがままに生きる彼が貴方を案じることも、貴方が案じることも、傍観者でありたい田中にとっては邪魔なのだと。
「彼の肉の部分は貴方に全て差し上げましょう。その代わり、そうでない部分は一片たりとも渡しません。それをご理解頂けていれば僕と貴方に軋轢は生じない筈です」
冷たいのだろう。沈黙が戸惑いを載せて田中の耳に届く。弁解という名の追い撃ちをかけるべく再び口を開いた瞬間、唐突にマイクがノイズとともに別の声を拾った。
『田中くんったら、ホント俺の事、大好きだよなぁ。ピースくんビビってんじゃん。可哀相に』
余りにも間延びしたその声は、話題の中心にしては暢気が過ぎる。3拍の沈黙の後、田中は溜息を吐いた。
「…彼には一度お話しておかなければいけないと思っていたので、この機会にと思いまして。ところで大丈夫なんですか、今喋っても」
『ん、平気、まだ抜いて、ない、けど、ピースくんが、動かなきゃ、全然』
「どうせ貴方が勝手に動くんでしょう。腰が揺れてますよ」
『あ、なにそれ、そういうサービス?』
『なぁジャガー、腹に鉄柱突き刺さったまんま喋るなよ、どいてくれってば』
『だってもう、…ッん、ほら俺、こんな、勃っ、ちゃってるし、それにピースくん、喋ったら、ひ、響くよ…』
今無線の向こうの二人かどういう体勢だかは知らないが、これだからこの人の相手は自分一人では困るのだ。悦ぶ声を聞きたくない訳ではないが、生憎悦ばせる過程を好む嗜好ではないだけだ。
田中は先を促すように黙ったまま、相変わらず戸惑いを隠せないピースをからかうような態とらしすぎる嬌声と情事を彷彿させる湿った音よりも、その腹に刺さっているらしい鉄柱と腹部のパーツが擦れる金属音に耳を澄ました。


(Title:花束)



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