プロローグ
ああもう、
ああくそ、
ああーーーっっ・・もうっ!!!
「..ということで、今日の部活はナシだそうです」
「うん、わざわざありがとう、梓くん」
「いえ。僕も先輩の顔が見れたので」
「も、もうっ」
キーンコーンカーンコーン..
「あ、それじゃ僕は教室戻りますね。それではまた」
「うん、気を付けてね」
「はい!」
...ああ、今日もほんとにいい。
「きゃっ!?聖!?」
「んあ?月子?」
「口!涎出てるよ!?」
「ハッ...!!」
「えっと..、梓くんの声?」
「あ、ティッシュありがとう。..そうなんだよねぇ」
ここは星月学園の天文科2年の教室。
教室に溢れるクラスメイト達の声。窓から聞こえる鳥の囀り(さえずり)や木々の揺れる音、これから体育なのかグラウンドに集まり始める生徒の声。
ーー唐突だが、この世界は色々な音や色々な人の声で溢れてる。
そして私は俗に言う『声フェチ』というやつだった。
「木ノ瀬くん、だっけ?いい声してるよねえ、ほんと..」
「..お前、目がマジだぞ」
「うるさいよ七海くん」
「なあっ!?」
ぎゃーぎゃー言い出す七海くんの声を聴きながら、でも君もいい声だよねなんてかなり真剣に考えているとそんな私達を見ていた月子と東月くんの二人がこれまたいい声で「まあまあ」と宥める。
そんな私達が席に着くとまるでわかっていたかのように直ちゃんが罠に引っ掛かりながら登場。おやまあ、叫び声もいい声で。
やっと一段落ついて授業に入り、心地いい直ちゃんのいい声に癒されながら窓の外を見る。
そもそも私が声フェチになったのはこの学園が原因だった気がする。
だってこの学園、なんでか知らないけど声がいい人が多いのだ。先の月子や七海くん、東月くんだってそうだし、クラスメイトの面々も。そして果ては担任の直ちゃんまで。...こんなにいい声にいきなり囲まれて声フェチにならない人はちょっとおかしいとさえ思う。というか、フェチというより普通の声といい声に差が有りすぎてちょっと感覚が麻痺してるんだと思う。ああ、病気じゃないかもう..。
そしてそんな私は最近、今までに聞いたことが無いくらい素晴らしい声に出会ったのだ。
ーーそれが、先程の木ノ瀬梓くん。
月子の話によるとどうやら彼は月子の所属している弓道部の後輩であるらしく、私が初めて彼の声を聞いたのも今日のように彼が部活のことについて月子に報告しに来たときだった。あの時は隠れてティッシュで涎ではなく鼻血を延々と拭って、フェチのことを知っているクラスメイト達に冷めた目を向けられたり笑われたりしたもんだ。
「よし、今日はここまでな!予習しとけよー」
キーンコーンカーンコーン...
ああ、今日の授業も天国でした。