▼ vengeance:03
復讐ってなんですか。
そう誰かに尋ねられて、彼女は満面の笑みで教えました。
「復讐、とは。かたきをうつこと、また仕返しをすることです」
あれから日向さんのところで一夜を明かした私。
日向さんの部屋はそれそれは可愛らしく、でも今どきの派手すぎる可愛さじゃなくて控えめな好印象を持つような可愛さ。
パステルレッドなどの柔らかい色を中心にした部屋で、どこか温かみがある。
あの質素で白と黒の二階調だった私の部屋がこうも女性らしくなるとは、凄いものだ。こんな棚みたことないぞ。
勉強机には参考書や教科書、そのほかのサポート資料も置かれていて、ちゃんと勉強していることがすぐにわかった。あ、これ私の参考書だ。たぶん。
学生一人の部屋にしては広いけど、壁は以外と薄い。生前から身に染みてたことだけど、こうして聴覚の鋭い獣に生まれ変わるとそれがさらに身に染みる。
隣室が姫島さんだと特に。
「ごめんね、うた。うたは白狼(いぬ)だから耳痛いよね。本当にごめんね、注意できなくて」
「ワう」
いやいや、日向さんが気にすることないですよ。
なんか敬語になったけど総スルーしたい今日この頃。日向さんが編み籠の中にクッションを詰めているころ、私は項垂れていた。
正直、こんな可愛らしい部屋とかすごい緊張する。そもそも人様の部屋で寝ること自体緊張する。
緊張しすぎて叫びそう。叫んでいいかな、いいや駄目でしょ、と自問自答しながら部屋のなかをぐるぐると歩き回った。
日向さんは微笑ましそうな顔で、どこか嬉しそうだ。そういや、今まで一人だったんだっけ。
私も一人だったなぁ。角部屋だし、隣姫島さんだし。
姫島さん来る前も、隣室使ってた子が一芸でしかも芸術家の子だったがために、アトリエに籠りっきりで一回も話したことなかった。
いまは確か、イタリアの名だたる名門芸術学校にいるんだっけ? ごめん、庄司さん。うろ覚えすぎるよ。名前は覚えてたけど。
「うた、ごはんたべようか」
「ワおぉ、キュぅ」
「あぶなかった。だめだよ、うた。部屋の中で叫んじゃ。はい、ごはんだよ」
ごはん、という単語に思わず叫びそうになって止められた。わお、意外と手がしっかりしてる。これはガーデニングやってる手だな。
そう日向さんの手を観察しながらごはんにかぶりつく。学園長のごはんも美味しかったけど、女の子の手料理は違うね! ドッグフードだけど。
野菜を多く使っているドッグフードに少しあたためられたぬるめのミルク。歯ごたえがあって美味です。
日向さんはくすくす笑いながら、ドッグプレートに顔を突っ込む私を見守っている。彼女の夕食は、というか学園生の夕食は食堂で、って決まっているのだ。
もちろん彼女も食堂で時間通りごはんを食べてきた、はず。私が再び日向さんに渡されたのがついさっきなので、多分だけど。
今は机に向かいながら、次の試験で出るであろう課題をこなしていた。
さすが転入生、とでも言おうか。日向さんはなかなか真面目で、整理整頓もできている。こうして動物の相手は嫌な顔をせずに見ているところも、良心的なのをうかがわせる。
学力もさることながら、内申点的な、人格者的な点でも彼女はこの学園にふさわしいと判断されたんだろうな。
食事は終わった、と言わんばかりに彼女にドッグプレートを近づける。集中しているのかなかなか気づいていないが、まあいっか、と部屋中を歩き回ることにした。
パステルレッドのカーテンにじゃれついたり、彼女のベッドの上で飛び跳ねてみたり。これでも気づかない彼女の集中力はすごい。
こうして獣の動きにも慣れてしまった私が言うことじゃないけど、適応力すごいな。これから先なにに転生しても慌てない自信が出てきた、わけでもないけど。
「……あれ、うた、食べ終わっちゃったの?」
「わフん」
もうとっくに終わったよー。
心の中でそう彼女に返答する。日向さんはにこにこ笑いながら、ドッグプレートを片付けていった。
すごく申し訳ないけど、獣の姿じゃ運ぶこともできないので許してください。その代り復讐を練りに練ります。
練りに練るって言っても、そんなに大がかりじゃないけどね。とりあえず、アンモニア臭シリーズ第2弾として次は何にアレをかけようか。
日向さんが疑われるような時間帯にならないように注意しなきゃね。また利用されたらいやだもんよ。
……日向さんのアリバイちゃんと作っておこう。
「おはよう、うた。今日は晴天だよ」
「キャンっ」
おはよー、優子さん。
復讐をギンギラギンと考えてたら何時の間にか深夜になってて、慌ててベッドに入った優子さんにならって寝落ちしました。
やばい、すっからかんだ。何も考えてないよ。どうしよう。
一日一復讐を誓った矢先にこんなことになるなんてッ! 容量悪いんだよ仕方ないんだ。言い訳すみません。
名前の呼び方を日向さんから優子さんに変えたのは、彼女の要望だった。
名前で呼んでね、と照れ臭そうに言う姿。彼女もたぶん私が言葉を理解していることをしらないだろう。
でもそういった純粋そうなところもわりと好きだ。純粋すぎるのはあまり好きじゃないけど。
彼女のは適度だからいいんだ。優子さんの控えめなところ好きだよ。
優子さんのささやかすぎる要望を聞いて、心の中でひっそりと”優子さん”と呼んでいる。
なぜか気軽に”優子ちゃん”って呼べないんだ。たぶん”さん”付けするのが癖になってるんだな。
朝の毛づくろいをしながら、そんなことを考える。今日は一日何をしようかなー。
「朝ごはん、は、一宮(いちのみや)学園長が作るんだったっけ。それじゃあブラッシングだけだね」
え、朝ごはんないの? と何を当たり前のように朝ごはん要求しようとしてるんだ、ともう一人の自分が叱責するなかあくびをする。
ブラッシングまでしてくれるとこ何それ丁寧。お言葉に甘えて毛づくろい後のブラッシングを堪能。ふぃ、ごくらくごくらく。
って、あれ? いま聞きのがせない何かを言われた気がした。
いちのみや? 一宮、一宮学園長!? え、学園長の名字って一宮、え、あ、そういえばそんな名字だった気がする!
いやー、意外な形で学園長の名字知ったわー。学園長で通ってたから、すっかり忘れてた。
彼女のブラッシングを受けながら、うつらうつらとする頭を叱咤する。だめだねるなッ! 起きたばかりじゃないか。
優子さんのブラッシングが気持ち良すぎる……。彼女、実家で動物を飼っていたクチだな。手馴れてる。
ブラッシングが終わって優子さんの膝上から降りると、優子さんは着替えだした。おおう、Dはありますね。
着替え終わった優子さんと一緒に、早めに部屋を出た。
姫島さんに見つかるといろいろと厄介だし、それに獣を、学園住みの白狼を連れていると目立つからね。
食堂に行く前に、白狼父(おとうさん)の縄張りまで連れて行ってもらう。
不良系イケメンの彼が縄張りにしている中庭のすぐ隣に、白狼父(おとうさん)の縄張りがある。ときどき彼の姿をみたりもする。
今日は朝からいないといいなー。優子さんは不良系苦手そうだし、傷つけられたらいやだなぁ。
優子さんの足元をくるくると遊ぶように回る。残暑が厳しいけど、芝生の上はそれほど熱くもない。
女子寮から中庭まではそれほど遠くもなくて、歩いて10分で着いた。優子さんの表情は楽し気だ。
「よし。それじゃあ行ってくるね、うた。お昼休みにまたくるからね」
「わんっ」
ほんの少し寂し気な顔をした優子さんを見送って、芝生の上をゴロゴロと転がる。
最初は1日中ずっと優子さんの部屋にいると思ってたけど、実はそうでもなかったみたいで。優子さんが一人になる夜の時だけお部屋でお世話になるのだ。
そしてお昼も、本来はちょっとだけ誇り高くてでも滅多なことが無い限りは友好的な白狼にとって、縄張りというのは結構大事なものだ。
本当ならよっぽどのことが無い限り、自分たちとは違う種族を長時間招き入れることはない。学園長は別だけど。
でも優子さんは白狼娘(わたし)の友達、ということで、白狼父(おとうさん)のおめがねにかなったらしい。昼休みの時間も優子さんと一緒だ。
つまりは、お昼の時間と夜の時間以外は自由、ということ。その時間を利用して復讐とか復讐とか復讐とか散歩とか復讐とか復讐とかをするんだ。
さぁて、どーしよっかなー。
あ、姫島さんがこっちにくるかもしれないって可能性、忘れてた。
「うた、おはよう。よく眠れたか?」
「わふん」
おはようございますごはん下さい。
ネクタイを緩めた姿で現れた学園長は、妙に爽やかな顔をしていた。
ほんのちょっとむかつく顔だ。その清々しさになぜか復讐したくなった。アンモニア臭のするアレをつけてやろうか、ん?
目の前に出されたドッグプレートに食いつきながら、これが終わったら頭突きしてやると誓う。
冷え冷えのミルクに浸された数個のドッグフードをぺろりと平らげて、さっそく頭突きした。聞こえた「ぐふっ」ということはスルーだ。
「なんか怒ってないか、うた」
「ガうっ」
知りません。
「うた、お待たせ」
復讐法が結局決まらないまま、ごろごろしていたら優子さんが来てしまった。
その手にはお弁当箱と小さなカバンに入ったドッグプレート、そしてドッグフード。ミルクもあるという備えっぷりだ。
芝生の上にシーツをしいて座った優子さんの膝にのって、歓迎のちっすを贈る。ちっすというか、ただ頬を舐め上げただけだけど。
白狼父(おとうさん)や白狼兄(にいさん)たちがやってるのを真似してみただけだけどね。学園長にもやりました。そしたら「うちの子かわいい」って言われた。
いや学園長ん家の子じゃないですよ、って心の中でいったけど、あのデレデレ顔は凄かった。
「はい、いただきます」
「ワォオーンッ!」
デレデレ顔の学園長を思い出している間にごはんの準備は済んでいたようで、美味しそうに盛られたドッグフードが目に入った。
やっぱり女の子のごはんはいいなぁ。……いやまあ、冷え冷えのミルクに数個のドッグフードも嫌いじゃないけどね。
「……随分と綺麗な空だね。みて、うた。雲一つない澄んだ青空だよ」
残暑厳しい9月だけど、今日はそんなに暑くはない。
むしろ風が涼しくて気持ちいいくらいだ。もう秋っていうのもあるのかもしれない。制服はまだまだ夏服だけどね。
吹き抜けた風に木の葉が揺れる。
空は確かに、優子さんが言った通りの透き通った青空だ。
「……ッ……!」
「……! ……ッ、……っ!」
優子さんと空を見ながら、ゆったりとした時間を過ごす。
それが唐突に終わりを告げた。どこか言い合いうような騒音の所為で。
「何があったんだろう。うた、わたしちょっとみてくるね」
「わゥっ!? あーあうあうあうっ!!」
止めときなって! なんかすごく嫌な予感がするよ。
私の野生の勘が言っているよ。言い争っているのは、場所からしてあの人たちしかいないでしょ!
優子さんは私の必死の引き留めに折れたのか、しぶしぶ座りなおした。でも気になるみたいで、ちらちらとあっちの方を向いている。
あっちの方ってのはまあ、つまり中庭方面のほうを。
数分くらいすると騒音、もとい言い争いも収まったのか、聞こえなくなった。
「……おさまった、のかな」
「わキュゥん」
まったくもー。
いや別にあの人たちだとは決まってないけどさ、確率は高いよね。
だって中庭は彼の縄張り。学園の生徒なら絶対に近寄らないし、その暗黙の了解を守る。それを破ったのは例の彼女ただ一人だ。
彼だって女嫌いとはいえ、縋り付いて来たり余程面倒なことにならなければ冷たくしない。
なら結論は、考えなくても出る。あの人も、本当に懲りないな。
副会長を落として、それで終わりじゃなかったんかい。それともただのイケメンハンターだったの?
疑問は尽きないけど、とりあえず終わったんなら一安心。
ガササッ
「え、」
「ワうぅ」
災難は安心したときほどやってくる。
誰の言葉だったかは、もう忘れたけど。
ああ、白狼父(おとうさん)。誰が言ったかわからないあの言葉は、事実ですね。
「……誰だテメェ」
とりあえず、初対面の人にテメェと敬語なしはありえないと思う。
復讐要員プラスですね解ります。
イケメンでも黄色い色の例のアレ、かけてやるから覚悟しろよ。
あとなんでここにいるんですか、中庭の主さん。
自称ヒロインの彼女と(実は)本物ヒロインの彼女の物語は、ここで本格的に始まったと言っても過言ではない、はず。
驚き過ぎてドッグプレートに顔を突っ込んだけど、前後から聞こえた「ばかわいい」は総スルーだ。
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