華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


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 うんうん悩む優子(ゆうこ)さんを横目に、時間は止まることなく今日で12月。突入、しちゃいました。

「うたー」
『はい』

 藍場(あいば)先輩と話をしたあの日から、なんやかんやで1週間以上も経ち、優子さんの首元にもマフラーが巻かれた季節。
 そう、本格的な冬の到来です。
 11月までは秋!! って感じだったのに、気づけば身も凍える、あ、私は毛があるからそんなに寒くないや、うん。それでも吐き出す息が白く、毛並を撫でる風も冷ややかさが増した。
 美しい硝子細工のような韓紅(からくれない)から、星が響きわたる青藍(せいらん)が美しい冬の夜明けは、視力も悪くあんまり色のないこの目でもしっかりとわかる。
 現在の時刻は朝の6時。優子さんの目も覚め、他の生徒たちも起きはじめるこの時間帯は、冬ならではのひんやりとした空気、そして綺麗な空模様を見せてくれるのだ。
 器用に肉球付きの手で開けた窓、そこから流れる冷たい風に、若干の後悔をない交ぜにしながらも目をちょこっとだけ細めた。
 窓についた取っ手をはぐっと咥え、内側に向かって閉める。窓を開けるために乗った縦60pの棚から駆け下りた。
 優子さんのいるところへ向かえば、丁度良い室温に調整された気持ち良い雰囲気。足が長めのテーブルに置かれたできたてほやほやの朝ごはんと、しゃがんだ優子さんが抱えた私のごはん。
 くんくんと臭いを嗅げば、今日のごはんも野菜多めのヘルシーメニューのようだ。ジュルリ、いや、うん、ヘルシーメニューって美味しいよね! ……今日もおかわり許してくれるかな。



「よしっ、うた。昨日言った通り、今日は帰るのが遅くなっちゃうからお夕飯はなわばりで! 帰るのは、20時以降になっちゃうかもしれないから、うーん、どうしよっか」

 いつも通りの場所で立ち止まって、ゆっくりと降ろされる。
 入っていたゲージの扉が開けられて、ひんやりとした土の感触が肉球づてに伝わった。

『私、優子さんのこと待てるよ?』
「うたは今が一番の成長期なんだから、夜更かしはダメ! 体長伸びたって喜んでたのに、止まっちゃうよ?」
『それはいや』

 そう、今の会話でお分かりだろう。
 なんと、なんとなんと!! わたくし、うたの体長が!! 10p伸びたのです!
 文化祭終了後、燈下(とうのした)動物病院のお医者様による健康診断で発覚した成長に、その日一日の私のテンションはまさにエベレスト級。
 なーんか体重いなあ、とか思ってたけど、成長期に突入したんだね、というお医者様の言葉に「太ったわけではなかったのか……」とか安心してないよ別に!

「それじゃあ、うたには悪いんだけど今日の夜も縄張りで寝てね。ほんとうにごめね」
『ううん。優子さん、委員会頑張ってるんでしょ? 私のことなんか気にせずに、頑張って!!』
「ふふ、ありがとう、うた」

 優子さんがひらりとスカートを翻して、にこやかな笑顔で歩き出す。
 この1週間ちょっと、なんだか優子さんはすっきりとした顔をしている。なにがあったのか、私は知らないけど、優子さんなりに前に進むための大きな一歩を踏んだみたいだ。
 たぶん文化祭だろうなあ、って考える。私はおとうさんからの罰で文化祭は当然見れず、縄張りの一番奥でゴロゴロと3日間を過ごしていた。
 その3日間のなかで、お昼の時間にしか会えない優子さんの表情は喜怒哀楽、コロコロ変わっていって、そして日に日に強くなっていった。
 宇緑(うろく)先輩が言うには、すごく忙しくて大変な3日間だといっていたけど、ほんと、ナニがあったんだろ。
 学内の不審者判定や、見張りのために駆り出されていた唱(しょう)さんが言うには、とんでもない「修羅場」だったらしい。え、ほんとに何があった!!

『おいィ、バカイモウト! 土の上で転がってんじゃねぇよみっともねぇ』
『あぅ、譜(つぐ)にいさん……』

 いつまでたっても来ない私にしびれを切らしたんだろう、鋭い牙をちらりと見せる譜兄さんは明らかなおこだ。
 絶対ワザとだろう、内巻きの毛並みと薄い皮にゆるく牙を突き立ててくる。いた、くはないんだけども! ちょっと、ちょっとチクチクするカナー?

『フン。……今日は他の白狼と会う日だ。しっかりしやがれバカイモウト』
『うぅぅ、はい……』

 そうなのだ。今日、私は生まれて初めて家族以外の白狼と顔合わせをする。
 私が、躰も小さく上手く駆けることもできないせいで。会うことも話すこともできなかった他の仲間たち。
 今回、私のいわゆる”おともだち”作りとお披露目のために、おとうさんと学園長がセッティングしてくれた。
 正直、すっごい緊張する。
 生前の私も、今の私も、人前に立つのはそんなに得意なほうじゃなかった。むしろ苦手なほうで、それでも人前に立つ委員長職をやり続けられた理由は、単に人見知りを拗らせすぎたから、だと思う。
 人見知りを拗らせたのが”委員長”である珠城(たまき)唄(うた)なのだ。
 しかしあれは、模範となる”委員長”像があったから、それを自分なりのアレンジを加えて演じてただけで。
 うー、イヌにイヌから嫌われない模範的な”イヌ”像とか、あるかな……。
 ―― いや、あるわけないか。うん、あったらむしろスゴイね、うん。うん……。

『はぁ――』
『オイ、辛気くせぇ顔してンじゃねぇぞ、このバカイモウト』
『あぅッ』

 ぷにぷに肉球付きの右前脚で叩かれる。
 それはいつも以上に柔らかく、どこか遠慮気味の、励ますようなしぐさだった。

 ―― 譜にいさん、だいすき

『へへ』
『……ニヤつくな。オラ、そろそろだ』

 ざわざわと揺れる木の枝の、その隙間から光が零れ落ちているように見えた。
 つん、と獣の匂いがする。複数の、違ったソレが仲間のものであると、すぐに判った。
 譜にいさんが、どこか神妙そうな顔つきで私のお尻を押した。弱視の私ではわからない、木々の向こうに待ち構えている白狼たち(ひとびと)。
 高校デビューでも社交界デビューでもなく、白狼界デビューへと、いざゆかん。



『おや、君が響生(ひびき)の末子かい。7か月だろう? 随分とちいさいねぇ』
『雌は小柄なほうが護りがいがあるってもんさ。ほれ、なんか喋ってみぃ』
『は、はじめまして?』
『おっふ、こりゃ、拍(はく)によく似た鈴なり声だなぃ……! かあいらしぃ』
『本当に。―― 君たち、ナニをぼさっとしてるんだい。ほら、挨拶なさいな』 

 えー、初っ端から心折れそー。

 キリっとした顔作って挑んだものの、出会って1分にも満たないのに帰りたくなりました、うたです。
 笑顔が引き攣りそうで困ってます、うたです。
 も、えぇ……。なに、この状況。え、えぇー?

『オイコラ、しっかりしろ』
『ぅえ、つ、譜にいさん、だって……』
『だってもクソもねぇ』
『あい』

 鋭い眼光を向けてきた譜にいさん。どうやら助ける気は一切なようです。
 いやね、うん。白狼って聞いたから、私たちより大人って聞いたから、結構身構えてたんですよ。
 一族の長が親とはいえ、私は生まれて7か月の仔白狼(コイヌ)だ。
 おとうさんより年下だとか、割と年が近いとか、そんなものの前に一人前と半人前以下という差がある。
 白狼は、狼社会同様に目上のヒトは敬う種族。老熟した一人前の白狼を前に、普段の間抜けっぷりを晒すわけにはいかないのだ。
 それに、私は一族の長・響生の娘。長の娘が生意気で礼儀知らずだなんて、おとうさんが恥ずかしいだろうし、誇り高い白狼の目には異端にしか映らない。
 長の娘だからって、贅沢だとか、我儘だとか、言っていいわけがないんだ。
 それは人間社会でも同じ。偉いのはあくまでおとうさんで、私には何の権力も、誉も、実績もないんだから。

 ―― おとうさんの、誇れる娘でありたい。
 産まれてきてくれてよかった、そう思ってほしい。思わせてほしい。
 いま、目の前で朗らかに笑う、一人前の白狼(オトナたち)に認めてもらいたい。白狼の、しっかりした一員だと。
 響生の娘。そのフレーズに釣り合うワタシになりたい。

『うた、と言います。平仮名で、うた。みなさん、はじめまして』

 私を”拍に似てる”と、そう言って目を細めた白狼がニンマリ笑う。
 何度もうなずいて、満足げだ。その隣の、柔らかい好青年風の白狼は、目をまん丸にしていた。
 吃驚したことを隠しもしない、隠し事の定義を持たない白狼らしい、素直な反応だ。

『ああ! いや、ごめんよ。少し、か弱いお嬢さんだと思っていたものだから。……なるほど、響生の、響生と拍の娘だ。その目つき、拍によく似ているよ』
『……似てます?』
『うん。とても』

 嬉しかった。
 お世辞だとか、そんな文化のない白狼(かれ)のドストレートな言葉が、母を知らない私の心を打つ。
 似てるんだ。おとうさんが、私をおかあさんに似ていると、そう言ってくれた時と同じくらい嬉しい。
 彼の目は、慈愛と懐かしさと、ゆらゆら揺れる灯火を湛えていた。

『おいおい、そんなポワポワした空気出す前に、倅たちの自己紹介しとこーや』

 嬉しいのはわかるんだけどよ、とニンマリ笑顔を苦笑に変えた、片耳が欠けた白狼が言った。

『す、すみませんっ』
『がっはは!! イイってことさ。さて、小生の息子を紹介するかねぃ。ほれ、弾(たま)、伴(とも)』

『弾(たま)。生徒会の、副長がパートナー。アンタより5年は俺のほうが上かな。よろしく、チビさん』
『伴(とも)。生徒会の、会計がパートナー。アンタより5年は俺のほうが上かな。よろしく、チビさん』

 お、同じタイミング、息遣い、声っ!
 青色のスカーフを首に巻いた白狼が、俺が弾だ、と左前脚を軽く上げる。
 純度の高い碧眼が、ゆるやかに細められた。まるで、珍しいものを見るかのように。

『俺たちね、双子なんだ。口調も似てるから、わからなくても仕方ないけど。スカーフあるのが弾、何のが俺、伴だよ。仲良くしようね』
『あ、はい! えーと、伴、さん、と、弾さん』
『やだ、伴兄ちゃんのがいいなぁ、俺。双子のさ、弟のほうだから、年下欲しかったんだ』
『おう、弾兄ちゃんのがいいんだ、俺。双子のさ、兄のほうだけど、妹がほしかったんだ』

 同じ仕草でニンマリと笑う2匹。
 おおう、さすが息子、笑い方似てる! なんて内心思っていると、2匹が頭を撫でてくれた。
 いや、撫でるというか叩かれたというか。バランスを崩してゴロン、と寝転がると、あわてて起こしてくれた。

『ごめんな、痛かったな! 俺ら、年下の雌もだけど、ほとんど雌と関わんないから、力加減がわからなくて……っ』
『ほんとに、悪かったな! 俺ら、加減しらずだから、雌への力の加減だとかやりかた、何ひとつ学んでなくて……っ』
『ら、らいじょうふ、れす』

 長く赤い舌で、私の毛並みを撫で上げる2匹。
 2匹の話によると、私たち兄妹が生まれるまで、この一族の最年少は2匹だったらしい。
 自分たちより小さな白狼もいない、同世代もいない彼らは、オトナの白狼に囲まれて育ってきた。
 自分たちよりも下のものへの加減なんて、学ぶ環境ではなかったのだ。
 申し訳なさそうな2匹に、首を振る。
 2匹にとっては、恐らく譜兄さんや他の白狼にとってはなんてことのないものを、受け止められなかった私が非力すぎるのだ。
 チラリと後ろを見ると、譜兄さんが呆れたような顔をしていた。
 こ、これは、これぐらいで倒れてんじゃねェよバカイモウト! の顔ですねわかります、すみません!!

『ったく、小生の馬鹿孫が悪いねぃ、嬢ちゃん。カノン、お前さんの倅、さっきからうずうずしっぱなしだぃ、そろそろ紹介してやりゃー』
『うん、旋(せん)。そうだね。ついつい、反応を見ているのが楽しくって。――さぁ、サガ、挨拶を』

 静かな怒りを湛える譜にいさんを直視しないようにしていると、片耳の欠けた―― 旋さんが豪快に笑う。
 その隣にいた、私を懐かしむような目で見ていた白狼は、カノンという名前のようだ。カノンさんは、クスクス笑いながら、彼から少し離れた場所にいた大柄な白狼を呼び寄せた。

『サガ。オマエのことはよく知ってる。見てた』
『え?』

 ワッツ?
 何時の間にか、私の前に立っていた大きな影。
 カノンさんと見比べれば、ああ確かに、毛並の流れが似ているような気がする。その目の色も、カノンさんの新緑色と同じ輝きだ。よっ、美狼(イケメン)!!
 って、そんなことをしている場合でもなく。
 この白狼は、サガさんは、一体なんと言ったんだろう。
 「オマエのことはよく知ってる。見てた」?
 弦(ゆづる)兄さんや譜兄さん、おとうさんにも並び立つくらい大柄のサガさんは、反射的に俯いた私の顔を、覗き込もうとしているのかゆっくり近づいてくる。
 ぬっ、と影が伸びたことで、思わず身体を仰け反る。
 1歩半にも及ばないはずなのに、頭の重さゆえか、最近の体重のせいか、コロン、と後ろに転がりそうになって――

『アンタ、うちのバカイモウトを、どこで見たってェ?』
『どこでも。中庭の奥、寮の砂利道、留守番中の縄張り。見える』
『――ッはぁ!? うちの縄張り周辺には、侵入者防止用に罠が仕掛けられてる! ふらっと見れるほど、簡単じゃねぇンだぞ!!』
『罠? あの、玩具か?』
『がッ、ンぐだとォ……?』

 ヤバい。
 何が起きてるかわからないけど、とにかくなんかヤバい気がする。
 転がりそうになった私を、何時の間にか近距離にいた譜兄さんが受け止めてすぐ、サガさんはペロッと言い返す。
 内巻きの毛並みがブワッとなるのが、背中越しにもわかった。
 低い声に、怒りの感情が混じる。サガさんはなにが起こっているのか、イマイチ把握してない見たいだけど、怒りというか、殺気が向けられているのはわかったらしい。
 ジリ、と距離を開けた。戦闘準備だ。

『つ、譜にいさ……っ』
『ッるせェ!!』
『五月蠅いのはお前さんだよぃ、譜ぅ』

 今にもとびかかりそうな、そんな空気を滲ませた譜にいさんが、声をもらすよりも早く押さえつけられた。
 一瞬のことで、何が起こったのか瞬時には把握できなかったけど、声からして旋さんが、譜にいさんの首根っこを押さえつけているようだ。
 ハイスピードで進む展開に、置いてけぼりを喰らっていた私が間抜けにも口を開ける。
 伴さ、伴兄ちゃんが保護するように背中を押してくる。
 弾兄ちゃんも、怖かったなー、と私の頬を舐め上げた。
 え、え、いや本当に何が起きた!?

『まったく、駄目じゃないか、サガ。他の縄張りには行ってはいけないって、あれほど言ったじゃないか』
『行ってない。近づいただけッ――』
『言い訳は、いらないね。ほら、怯えさせたお嬢さんに、謝りなさい』
『む、ぅ。……すまない、うた嬢』

 大きな身体を縮こまらせて、サガさんは謝った。
 悪いことをして叱られた、本当に小さな子供のような姿に、何故か笑えてくる。
 彼には、悪気はまったくもってない。むしろ、縄張りは壁も無いのだから、誰が見ていても不思議ではないのだ。
 見られていた、程度で一度固まってしまった、私が過剰だったのである。……なんか、凄い恥ずかしくなってきた。穴に埋まりたい。

『本当にごめんね、お嬢さん』
『あ、い、いいえっ!』

 ふわっとした笑顔を見せたカノンさんは、サガさんの背中をそのフサフサの尻尾でたたいている。
 見た目にはあまり痛くなさそうに見えるけど、たたかれる度に小さく声をもらすサガさんを見ていると、見た目と実際の威力は違うようだ。
 少し離れた場所にいる旋さんと譜にいさんは、何故だか引き攣ったような顔でこっちを見ていた。

『さて、本当は白狼全体に、お嬢さんを紹介したいんだけどね。残念ながら、今回は適わなくて。また、次の機会とさせていただくよ』
『なぁに、次の機会言うても、すぐだからなぃ。他の奴らにも会えるさ。特に雌どもは、嬢ちゃんに会えるのを楽しみにしてる』
『―― 私も、会えるのが楽しみです』

 今までの空気を打ち壊して、カノンさんが朗らかに笑う。
 何もなかったかのような鮮やかな翻しに、弾兄ちゃんと伴兄ちゃん、サガさんに譜にいさんがウゲェ、というような顔をした。……あっ、サガさんが叩かれた!!

『私とサガは、帰るよ。お嬢さん、何かあったら、男子寮の砂利道へと、いらっしゃい』
『はい!!』
『小生も、帰るとするかねぃ。伴、弾、お前らは、もうしばらく嬢ちゃんと遊んでなぃ』
『おうよ』
『はいよ』

 ベシベシとサガさんの背中を叩きながら、カノンさんたちは優雅に去っていった。
 その後ろに、豪快な足取りで旋さんが続いていく。
 ブンブンと尻尾を振る伴兄ちゃんが、少しだけ近づいて旋さんに何かを伝えた。
 弾兄ちゃんは少しだけ気怠そうに欠伸をして、私の背中を撫で上げる。
 縄張りに戻っていった3匹を見送れば、その場には私と譜にいさん、伴兄ちゃんと弾兄ちゃんが残った。

『さぁて、これからどうする?』
『ほぉら、なにをしてあそぶ?』

 ニンマリ顔の2匹に、私と譜にいさんは顔を合わせた。
 諦めの境地に達したらしい、譜にいさんが息を吐く。どうやら、2匹に合わせるつもりらしい。
 何をしましょうか、と私が問い返す前に、伴兄ちゃんが勢いよく顔を上げた。

『楽(がく)だ』
『え?』
『楽が、近くにいる! 俺を、探してるんだっ』

 喜色に染めた声で、伴兄ちゃんは満面の笑顔を浮かべる。
 そんな伴兄ちゃんの様子に、隣にいた弾兄ちゃんが神妙な顔つきになった。

『おい、伴――』
『楽……っ』

 伴兄ちゃんが駆けだした。
 疾風怒濤、という言葉が似合う走りに、譜にいさんでさえも唖然としている。
 唯一、弾兄ちゃんだけが事の重大さに気づいたかのように、全身の毛を逆立たせていた。

『やばいな……』
『おい、ナニが起きてンだよ』
『弾兄ちゃん?』

 ウゥー、と唸って、弾兄ちゃんが顔を上げた。

『楽。黄柳野(つげの)楽(がく)。伴の、パートナー』

 ―― 黄柳野 楽

『パートナーがどうしたンだよ、ンなもの、関係ねぇダロ』
『関係あるんだよ!! アイツは……! アイツはッ!!』

 弾兄ちゃんが苦しそうに声を張り上げた。
 何かが、頬を撫で上げる。

『悪魔なんだ――!!』

 それは、一陣の風。


 

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