華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


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 体育祭の次の日、といえば。
 全力出し過ぎて脱力感に襲われている、という多くの人が感じる疲れを受け止めながら、ちょっと辛い身体に鞭を打っていることだろう。
 特に奏宮(かなでみや)学園の生徒はそれが強く感じられる。何故か? それはうちの生徒の半数以上が学力重視者であり、日ごろ運動をあまりしないからだ。
 体育の授業以外で身体を動かしているひとが少ない奏宮では、体育祭や春のスポーツ検査などの次の日は筋肉痛になるひとが多い。
 もちろん、体育祭やらの前にちゃんと練習もしているから筋肉も程よくほぐれているだろうが、残念なことにそれだけではカバーできないほど奏宮生の筋肉はガッチガチだ。
 だから体育祭の次の日、という今日は、生徒の半数以上が寮室で湿布張りながら寝転んでいる日なのである。足やら腕やら腰やらに湿布を張り、ちょっと動かすだけでも辛い筋肉を和らげようと必死に動く、そんな経験は私にもあった。と言っても1回だけだ。
 中等部1年生のころに味わった筋肉痛の痛みに、私は二度とこうはなりまい、と毎朝ジョギングを開始したのだ。副委員長やクラスメイト、先生には「健康のため」ともっともらしい建前を用意していたのだが、聞かれることもなく頷かれたので今は胸のなかである。
 ちなみに時々副委員長も一緒に走っていたけど、一体どのタイミングで表われてたのかは今でもわからない。気づいたら傍にいて、気づいたら一緒に食堂でご飯を食べているのだ。ちょっと怖かった。
 っと、副委員長のちょっと怖い話をしている場合じゃなくて。
 その筋肉痛に悩まされる生徒のなかには、例外なく、私のパートナー・優子さんもいる、という話である。

「う、うたぁー」
『どうしたんですか、優子さん』
「しっぷ、湿布ちょうだーい……」
『はい。ちょっと待っててくださいね』

 えぐえぐ泣きながら、筋肉痛によって与えられる辛さを耐える優子さん。
 昨日の夜までは全然へっちゃらだった優子さんだったけど、今日の朝になってから急に痛みだしたらしい。たぶん優子さんの筋肉痛っていうのは、一般的な定義として用いられる【遅発性筋肉痛】で、英名略称は―――

『DOMS……』
「でぃ、え? うた、なんて言ったの?」
『ああ、いいえ。優子さんの筋肉痛って、遅発性筋肉痛のDOMSだろうなって思って』
「ちはつせいきんにくつう……。うた、凄い。よく知ってるね。どこで覚えたの?」
『いえいえ。んー、ただ暇だった時間にと、……ッおさん、ではないけれど何と無く生徒の会話から』
「へぇ! 教えてもらったんじゃなくて、自分から覚えたんだね。うたはやっぱり、凄いね」
『は、はは……』

 【DOMS】
 遅発性筋肉痛の英名の略称で、Wik○pe○iaなどで書かれている、一般的な筋肉痛のことだ。
 詳しくはウィ○先生に聞けば一発なんだけど、簡単に言えば運動した数時間後とか数日後とかになってから筋肉が痛み出すこと。まんまその通り、遅れて発症する筋肉の痛みだ。
 なんでこれを私が知っているのかというと、ウ○キ先生を見ていたからというのもあるけど、中等部2年のときに授業で習ったからだ。
 中学生で筋肉痛の勉強をするのか、なんて一般人から見たら思うのかもしれないけど、我が校では運動をしない生徒が多いせいで、筋肉痛になって動けなくなったら困るから今のうちに筋肉痛に対する対処法を覚えておけ、的な意味合いで授業を行っている。
 筋肉痛が起こるメカニズム、っていうのは説がいろいろあるけど、それらをあらかた知っておいて、もしも自分が筋肉痛になったら冷静に対処して一刻も早く通常の学生生活を取り戻すための下準備。
 私もタメになるわー、なんて思いながら授業を聞いていたものだ。私だけじゃなくて、他の生徒も真剣に聞いているところを見ても、我が校の筋肉痛に対する意識の高さがうかがえるだろう。みんな筋肉痛になることが怖いのだ。
 体育特待生の生徒からすれば、今後の筋肉トレーニングをする上で欠かせない基礎知識だから聞くのは当たり前だけど、学力重視の生徒から見ても相当重要な授業で、なかにはそれをきっかけにスポーツ医学の道に進んだひともいる。
 私は優子さんの湿布を用意しながら、授業で覚えましたーなんて言えるはずもなく閉ざした口から息を吐いた。
 危なかった。あと少しで口を滑らせるところだった。
 咄嗟に嘘をついてしまったけど、これはもう仕方ない。
 私、人間だった前世があるんですー! なんてパートナー関係のイヌに言われて、そうなんだぁ、なんて優子さんが納得するとでも?
 そんなこと言われても私だったら納得できない。ちょ、え? みたいな戸惑いの後に冗談でしょ、と言い返す気がする。いや絶対にする。
 優子さんが名前通り優しいからって何でもかんでも受け入れるわけがないのだ。正直、昨日のもスミマセンと土下座したばっかりの身として、優子さんをさらに困惑させるわけにはいかないのだ。

『優子さーん、はい、湿布』
「んー、ありがとう、うた」
『どういたしましてー』

 口を使って器用に湿布を張っていけば、優子さんが小さく息を吐いた。
 最初湿布を張るときって冷たいよね。だからすっごくびっくりするよね。
 優子さんが気持ちよさそうに寝転んでいるのを見守りながら、部屋中に漂う朝に張った湿布の匂いを薄めようと窓を開けた。
 心地いい風が入ってきて、部屋の湿った空気と入れ替わる。
 ちょっと寒いかな? なんて思いながら、1週間後文化祭だな、なんて笑う。
 体育祭の次が文化祭なんて、とんだ鬼畜学園だ。
 普通は文化祭の後に体育祭をやる学校が多いらしいけど、我が奏宮学園では文化祭を後半に回している。文化祭の期間は3日間で、盛大に催し物をやるんだ。
 今年はどんな催しをやるのか気になるけど、先の体育祭で雷を落とされた私は確実に見に行けないだろう。
 そして私以上に強い雷を落とされた我が次兄・譜(つぐ)兄さんももちろん、いけない。保護者失格、と言われしばらくの間縄張りの没収を受けている。
 今は私同様、おとうさんの意向で家族の縄張りで暮らし、おとうさんの狩りについていったり私の面倒を事細かに見たりと、いろいろ忙しい。
 私がわがまま言った所為だ、といったら、ばァか、と言われて頭を押さえつけられた。譜兄さんにじゃれつかれたのは、久し振りだった。

「うた?」
『なんですか?』
「ううん。窓を開けて外を見ていたから、出たいのかなぁって」

 空は綺麗な青色で、白い雲がやけにくっきり見えた。
 こっちに振り向くことはできないけど、まるで私とまっすぐ向き合っているような優子さんの声に耳を傾ける。
 違いますよ、と舌足らずな言いかえで返した。
 そっか、って言ったきり、優子さんは口を一文字に結んだ。なんだか、優子さんの方が外に出たそうだ、なんて思ったけど、声にできなかった。

『優子さん、ご飯はどうします?』
「んー、そうだね。頑張って食堂まで行こうかな」
『それじゃあ、私その間に縄張りに戻ってますね! 今日のごはん、たぶんおとうさんが採ってきてくれると思うので』
「うん。……ごめんね、うた」
『いいえ! 優子さんは早く筋肉痛治して、一緒に散歩しましょうね』

 うん! と優子さんが大きく頷く。
 でもその際に身体を思いっきり動かしちゃったから、うぎぃ、なんて声を出して優子さんがベッドに沈む。
 ……ドンマイ、優子さん!



******


 筋肉痛地獄から抜け出すため、夢の世界へと羽ばたいた優子さんを見届けた後、私はタイマーをセッティングした。
 時刻は12時15分、食堂が開く10分前。
 この時間に起きれば、筋肉痛の優子さんが食堂にたどり着く時間は12時30分で、食堂が閉まる13時55分までに十二分に時間をとって食べれる。
 あと、高橋さんや副委員長が食堂に来る時間は開室の5分前だから、優子さんが行くころにはみんないるはずだろうし、そしたら優子さんを助けてくれるだろう。
 高橋さんはもちろん、クラス全体を見ている副委員長のサポートがあれば大丈夫だ。食堂の方々も、体育祭翌日の生徒たちのことは良く知ってるから、対応はしてくれるはず。
 小さな寝息を立てながら、幸せそうに眠る優子さんの寝顔を見てから部屋を出た。外は、柔らかい風が心地いい。

『……おやすみなさい、優子さん』

 部屋の扉が閉まる前に、うん、と小さな声が聞こえた気がしたけど、きっと、妖精の声だ。


******


 落ち葉が積もった芝生を歩きながら、体育祭の後に起こったことを思い返す。
 アレは1日経った今日でも震えが止まらないくらい、怖かった。うん、怖かった。
 何が怖かったって、鬼の形相で怒る学園長がとしか言いようがない。なんか金棒でも持ってんのか、ってくらい強い恐い雰囲気を纏わせての仁王立ち。怖いしか思いつかなかった。
 学園長が来る前は、燈下先輩に抱きかかえられ、もふもふの刑に処されていた私。そんな私を見つけて近寄ってきた御子紫(みこしば)くんで遊びつつ、優子さんの近状を教えてもらっていた、はずだった。
 午前中で行われたらしい借り物・借り人競争では、優子さんが引いたのは「親しい男性の友人」だったとかで、同じクラスの副委員長を連れていったみたいだ。御子紫くんはどこかムッとしたような口調で、「俺がいるんじゃねぇかよ……」と呟いていた。嫉妬ですかひゅーひゅー!
 まあ副委員長は優子さんのために結構頑張ってるみたいだし、優子さんが親しい男性の友人として副委員長を挙げるのは当然ともいえる。同じクラスなわけだし、同学年だしね。
 同学年だけど他クラスの御子紫くんは呼びにくかったのかもしれない。それと御子紫くんのクラスは白組だから、なおさらね。
 同じ組だったらまだよかったのかもしれないけどー、って、そう言えばあそこに普通に紛れ込んでた月見里(やまなし)くん。彼って御子紫くんと同じB組だったきがするんだけど……
 なんか普通に輪の中にいたからちっとも気にしてなかったんだけどね。それに去年までは一緒のクラスだったからかな。みんな普通に受け入れてた。
 「なんで俺じゃないんだ」的なことをブツブツと言っている御子紫くんを慰めつつ、優子さんの話をバンバン聞きだす。隣にいた燈下先輩も気になってたみたいだし。
 いや口では言ってなかったんだけどね、顔がすっごいんだよ! もっと言えゴラァ! って言われてるのかと思っちゃうくらい恐か、ゴホン、びっくりしたよ。
 やれ優子さんがサンドイッチ食べてただ、やれ優子さんが意外と足が速かっただなんだ、とやけに優子さん情報の多い御子紫くん。
 となりの燈下先輩が首を傾げちゃうくらい気にしてたよ。
 昨日の会話を思い出すと―――

《お前、なんで知ってるわけ?》
《いやまあ、同じ1年なんで》
《でも別クラスで紅白も分かれてンだろ? なのにそこまで知ってるって……》
《ちょっ、なんか誤解すんのヤメてほしいんスけど!》
《べっつにィ? なに、ナニ、お前日向(ひゅうが)のこと気になってンのォ?》
《バッ、違うッスよ!!》
《わぅーん!》

 ――― とまあ、こんな感じだったわけだけど。
 御子紫くんの行動に若干の疑問を持ちつつ、ここで私たちの会話はストップした。
 なんでかって? 聞こえちゃったからだよ。
 何がって、そんなん、ドスドスと音を立ててこっちに向かってる、鬼の学園長の足音にだよ!!

「わぅわぅー」
『本当にこわかったー』

 ニコォ、と笑顔、というか明らかに威圧感をまき散らしている学園長。
 ザク、ザク、と落ち葉を強く踏み鳴らしながら、私たちの方にゆっくりと歩み寄る。
 その雰囲気は般若だった。

《なぁ、そこにいる白い毛玉は、ナニ?》

 ヒィッ、と喉をひきつらせた燈下先輩と御子紫くんが後退る。
 ああっ、お二人さん! そんなことしたらもっと煽っちゃいますよぉ!
 もうまずいですってぇ! 素直に謝りましょう! そうしましょう!!
 なんて必死に鳴きながら、学園長をじっと見つめる。学園長はニコォとした笑顔を絶やさず私を見つめ、首をコテン、と傾げた。や、やばい、これはやばいッ!!

《――― うた、今日は俺と一緒に寝ような》
≪わ、わぅんん……≫

 そこから後の記憶はほとんどない。
 もう、とりあえず学園長に抱きかかえられ、燈下先輩と御子紫くんが叱られているのをガクブルしながら聞き、二人にごめんなさいごめんなさいとひたすらに謝っていたような気がする。
 あと必死に弁解している二人の背後から出てきた譜兄さんはもっとヤバかった。学園長にギラッとにらまれ、動きを止めた譜兄さん。
 首根っこを摘ままれると、項垂れて小さく鳴き返した。こ、こんな弱気な譜兄さん初めて見た!
 譜兄さんも一緒にガミガミ怒られ、見つかったらどうする、ちゃんと自覚してるのか、それでも白狼かこのバカヤロウ、と盛り上がりを見せる体育祭の声援をバックミュージックに、学園長の怒りはエスカレート。
 燈下先輩と御子紫くんは暫くひたすら謝り、後日反省文の提出に至った。譜兄さんと私はおとうさんにすべて報告される、ということになった。
 はぁー、とため息を吐く学園長に謝ると、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられた。まったく、と小さな声が私の耳に届く。首を滑らかな指が撫でると、少しくすぐったくなる。

《心配したんだ。本当に、どうなると思ってんだ馬鹿共め》

 口は悪かったけど、言葉はすっごく暖かかった。

 ……まあ、その後、おとうさんのところに連れていかれて水浴びの刑に処されたけど。


******


 優子さんを連れてやってきた宇緑書記が、なんか「あちゃー」って顔してるけど、うん、ですよねー。
 ちなみにその時の私は水浴びの刑によって毛並みがぺしゃんとしていた。優子さんが唖然としてたけど、うぅ、すべて私が悪いんです……。

『――― うた、そこから先は泉だぞ』
『えっ? あっ』

 優子さん、本当にごめんなさい、と謝ったその瞬間。
 私は水中にいた。
 えっ、ちょ、嘘ぉ!?

「あぅ、わぶっ、あぶぅうんっ」
『まったく、我(わたし)の娘は無防備だな』

 はむっと首を摘ままれて、一気に地上にひっぱりあげられる。
 酸素の薄い水中から、やっと大きく息が吐けた。ああー、生きてるってスバラシイ。

『うたよ、もう少し周りをみなさい』
『あぅ。……はい、おとうさん』

 昨日のことを思い出しているうちに、もうすっかり縄張りについていたらしい。
 そしてぼぅっとしていたら、案の定泉に落ちたわけだ。本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 縄張りにいた律(りつ)兄さんや譜兄さんが、なんだかおもしろそうな顔をしている。律兄さんはニヤァと牙が出てるし、譜兄さんは「ばァか」って顔してる。うん、本当に、すみません。

『ぐふふっ、妹ちゃん、ほんとかわいいー!』
『か、可愛くは、ないです』
『いいや、我(わたし)の娘よ、お前は本当に可愛い。愛い。……が、無防備なところや、軽はずみな行為をするのは控えるように。な?』
『可愛くないですってば! ……そ、その節は本当にすみませんでしたっ!! 気をつけますっ』
『うむ』

 満足げに頷くおとうさんを横目に、譜兄さんの挨拶を受ける。わぷ、譜兄さん、ちょ、顔面を地面に押し付けないで!

『さて、我(わたし)の子供たちよ、昼餉の時間だ』

 ――― 狩りに往くぞ

 ニヤリ、いや、ニタリ、と笑うと、譜兄さんと律兄さんの首を軽く突いた。
 それは人間同士でいうなら、親が子の頭を軽く撫ぜるような、そんな気軽さで。
 2匹もそれに答えるように一鳴きして、おとうさんの身体に擦り寄った。いいなぁ、なんか、信頼しあってる感じで、すごく、憧れる。

『我(わたし)の愛娘よ、留守は任せたぞ』
『妹ちゃん! 妹ちゃんには重要任務を与えマース! 僕たちが帰ってくるまで、大事なだーいじなお家を守ってネ!!』
『いいか馬鹿イモウト、これは結構大変だからな。お前を信頼して、特別に置いていくからな。ちゃんと縄張りを守って、俺たちの帰りを待ってろ』

 ――― どうしよう。泣きそうだ

 ぐしぐしっと毛並みを撫でつけられる。
 それは人間同士でいうなら、親が子を励ますような、兄弟が末っ子を鼓舞するような、愛おしさと気軽さと、信頼で。
 でも囲い込んで守るような、そんな甘さじゃない。ただただ、自分たちをうらやむ妹を励まし、いつか同じ場所に立たせてやろうと、そう願う家族の、苦みのある甘さ。
 決して甘やかしはせず、待つことだけをする、家族の視線を受ける。
 それは人生で初めて受け取った、家族からの祈りと期待だった。

『……うん。いってらっしゃい! 兄さん、おとうさん!!』

 駆けれるようになったか? ――― うん、ほんの少しだけ。
 話せるようになったか? ――― うん、今はすっごくおしゃべりだ。
 家族の役に立てるようになったか? ――― どうだろう。私は、役に立っているんだろうか。

 けど、でも、だけれど。
 今は家族と一緒にいるだけで楽しいの。ただただ、まっすぐ走るだけの足の動きだって、すごく楽しくて、できればうれしくて、何時かみんなで走れたらなぁって、思うだけで心が躍る。
 家族団らんなんて、ありえないほど楽しかった。今まで、そんなの楽しいわけないって、記憶なんてほとんどない『家族』なんてもの、結局は苦しいだけだと思ってた。
 だけど、今は、そう思ってない。
 駆け抜けたあとに残る、苦みはどこにもなかった。



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