華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:target Gold final



「ど、どうしようっ」

 落ち着いて落ち着いて。
 とりあえず落ち着いて優子さん。
 傍にいる委員長がすごい笑い堪えてるよ。すっごくプルプルしてるよ!

「ちょ、笑わないで下さいよー」
「す、まん。……っくく、は、安心、してくれ。これは俺にも責任があるから、欠席届を出してやろう。なに、相談役と相談していたんだから、誰も咎めない」

 わお、今までに見たことのない意地悪な微笑みですね、委員長。
 そりゃまあ、今でも相談役ってことになってるなら、誰も咎めることはできないでしょうね。
 特に優子さんの場合、全ての先生が事情を理解しているようだし、大目に見てくれるはず。今までだって、数回は休んでいるのになんの処分もないのはそういう背景があるから、だと私は思ってる。
 いろいろと厳しいこの学園において、たかが数回の欠席だと侮ることなかれ。各授業で出席確認があり、3回以上遅刻すれば欠席扱いだ。ま、これは他の高校も変わらないかな。
 態度も選出基準になる本校において、たった数回でも遅刻や欠席をするのはとても痛い。三年間で10回欠席すれば推薦は貰えないし、幹部委員に取り立てられる確率も低くなる。
 学園側が認めた公的な欠席、公欠はカウントされないけど、なんの連絡もない無断欠席や遅刻はまずいな。で、優子さんはこの3か月の間でかなり欠席している。
 なのに一切お咎めはない。むしろ大変ね、みたいな生暖かい視線が、目線が、みたいな。
 彼女の所為で優子さんが苦労しているのはみんな知ってるわけだし、だから優子さんにお咎めがないってのはわかる。けど、それにも限界があると思うんだ。
 これ以上休みが増えれば、いくら彼女の問題があったとしても優子さんの第2学年からの幹部委員選抜、主席保持の確立、果てには大学進学にまで影響が出る。
 それじゃあ駄目だ。私が優子さんのもとに通い続け、世話をしてもらっている今、優子さんは白狼のパートナーとして認識されている。
 今更離れたって、白狼のパートナーという認識は変わらない気がする。いや絶対に変わらない。
 じゃあどうするのかって、そんなの、優子さんを全力サポートして欠席を減らす、の一択しかないでしょ。そうなるとイケメンと優子さんくっつけんの大変になるなー。
 けどやる。巻き込んだのは私だし。

「わぅー」
「うた? どうしたの?」
「お腹でも空いたんじゃないか? 唱(しょう)」
「グルゥ」

 意訳:わかんねぇ
 って感じかな? どこかダルそうな唱さんに内心苦笑しつつ、優子さんの足元を一周する。
 さぁ優子さん、次の授業まで時間がないよ! 次遅刻しちゃったら欠席だよー!

「あ、もう少しで時間だ! す、すみません先輩、わたし、そろそろ行きます!!」
「うん? ああ、そうだな。欠席届は出しておいてやる。放課後、風紀室に来てくれ」
「はいっ! 失礼しますっ」
「わぅんっ」

 落ちた教科書を大事に抱え、委員長に背を向ける優子さんと私。
 柔らかく吹く風に撫でつけられたくすぐったい笑い声と、ほんのちょっと甘さを含んだ声が優子さんの耳元で踊る。
 私にはっきり聞こえてるくらいだから、きっと優子さんにも聞こえているんだろうなぁ。だって、すこし、照れ臭そうな顔をしているから。

「アオーンっ」
「こらっ、唱っ! お前はこっち、あッ、やめ、噛むなーーッ!!」

 寂しそうな鳴き声と、それを引き留める賑やかな声が私のもとまで届く。
 それがこそばゆくって、あったかくって、とても、嬉しかった。



「ね、うた」
「わぅ?」
「いつもいつもごめんね。頼りなくって、情けなくって、ごめんね」
「わぅうん……」
「頑張るから。強くなれるように頑張るから、傍に居てね。見ててね。うたは、わたしの一番の友達だよ」

 照れ臭そうで、でもどこか吹っ切れたような笑顔で、眼差しで、優子さんは私を射抜いた。
 それは見たことのない、確かな決意と、明日への自信が見え隠れして。前を向いた優子さんの背中に向かって、大きく鳴いた。
 それは弦(ゆづる)兄さんや譜(つぐ)兄さんたちには及ばないか弱い声で、だけど、前よりはずっとずっと、逞しくなったと思うんだ。
 驚いたように、だけど嬉しそうに笑った優子さんの後ろをついていく。
 大きな時計塔が見える場所まで、優子さんと私の笑い声は堪えなかった。




 夢を見た。
 そこには私がいた。真っ白な、だけど内巻きの毛並み。灰青色の丸い瞳に、真っ赤な舌が見え隠れする口元。
 ピン、とたった耳はぴくぴくと動いて、なにか音を拾おうとしているようだった。
 芝生は青々としていて、傍に生えた大樹の葉は夏のそれで。じっとりと、目に見える熱が漂っている。
 それはおそらく、夏の場面。何気ない日常の、たった一コマ。
 ただひとつ、違う点があるとすれば。それは、今の私よりもはるかに大きいっていうところ。
 他の兄弟たちよりは少し小さいけれど、今の私と比べれば断然こっちの私の方が大きかった。
 それともう一つ。小さくてのろまで狩りもできない私とは違って、こっちの私は足も速いし狩りもできた。地を蹴って空中を舞い、無駄なく獲物を狩る。
 何もかも手伝ってもらわなければいけない私とは違う、自立した私(うた)。
 これはたぶん、私が望む私なんじゃあないか。勇ましく咆哮し、気高さを覗わせる夢のなかのそれは、私が望んでいる、姿そのもので。
 他の白狼にも認められ、囲まれ、どこか誇らしげな夢の中の私が、小さな私を映す。
 灰青色の瞳は私と同じはずなのに、どこか鋭利で、冷たくて、だけど強い願望をあらわにしていた。
 ああ。ああ、そうか。この仔は。
 そう、私であって、私で、わたしなんだ。


「ちがうわ。ちがう。あたしとあの人の子なんだもの。こんなことしない。あたしとあの人の子だったらきっと優秀で、笑顔が可愛くて、もっともっといい子だもの。ねぇ、―――?」

 唄だったころの記憶が、この夢と混ざり合って動く。
 可笑しいな。唄は、もう、そう、唄は、どこにも、そう、いなくて、消えてしまって、そう。
 魚が水の中で自由に泳ぎ回れるように、小鹿が大地を自由に駆け回るように、鳥が空を自由に飛び回れるように。ごくごく自然に、融けていっ―――



「……ルゥ……ッ」
「わぅ……ォオン……」

 ああ。煩いなぁ。
 もう少し、ゆっくり……

「ワオンッ」
「わぅっ!?」

 地面を揺らすような低く鋭い鳴き声で、睡魔に侵されていた頭が覚醒した。
 それはもう、おきかけに冷や水をかけられたくらいすっきりと。

「わぅぅ……」
「ハッ」

 私を眠りから醒ませたのはやっぱり、というかですよねー、というか。譜兄さんなわけで。
 まだグラグラ揺れる頭を一度押さえつけられると、首根っこを咥えられて運ばれる。
 まったくもー。せっかく、良い夢を、って、あれ?
 ゆめ? 良い夢、だったっけ? そもそも夢なんか見てたっけ?

「グルゥ」
「わん」

 痛い痛い痛い! 痛いよ譜兄さん。
 甘噛みよりも鋭い痛みに、首を振る。だけどさすが譜兄さんというか。多少暴れてもぶれない動きに関心しかない。
 ゆっらゆっら揺れるなか、何故自分が運ばれているのかを考える。
 そもそも、私はいつから寝ていたんだっけ? ……ああ、優子さんとわかれた後だ。
 確か、時計塔でわかれてから大樹の近くで寝てたんだっけな。この内巻きな毛皮のおかげであまり寒くなかったし、珍しく太陽が出ていたから。
 そのまま寝ちゃって、譜兄さんが起こしに来てくれたんだ。ああ、でも、なんで首根っこを掴まれて移動しているんでしょうかね。
 私が歩くより数倍も早いスピードで進む譜兄さんは、どこか別の場所を目指しているようだった。
 ずんずんと芝生の上を進んでいると、あっという間に景色が変わった。
 深い森の中は枯草色で、すっと伸びた枝が太陽の光を浴びて輝いている。どこか誇らしげな、不思議な雰囲気を漂わせた森だった。
 森と言えば、何時の日だったか律(りつ)兄さんと一緒に入った森を思い出すけど、それとはまた違った場所のようだった。
 だってあの森は、夏だっていうこともあったけど他の動物たちがいっぱい居たし、鳥のさえずりもよく聞こえた。
 なのにここは凄く静かで、譜兄さんの足音だけは枯葉と共に聞こえる。
 どこに行くの、と聞きたいところだけど、まだ意思の疎通ができないからそれもできない。
 本当、意思の疎通ができないのは不便だなぁ。

「グルッ」
「……わぅ?」

 ぴたっ、と歩みを止めた譜兄さん。
 そしてポイッと私を投げると、小さな息を吐いてその場に寝そべった。

「わぷっ」

 落ちたのはふかふかの落ち葉の上で、コロン、と寝転ぶと果物の匂いがした。
 匂いのするほうに目を移せば、そこには真っ赤に熟した林檎が1個。
 つやつやのそれは私の顔を映していて、さぁ食べろと言わんばかりに輝いている。
 こ、これ、食べてもいいの? と譜兄さんに目で訴えれば―――

「ワゥ」

 好きにしろ、とでも言いたげに小さく一鳴き。
 それを聴いた私は、待ってましたー、と林檎に跳び付く。いやぁ、だって、林檎なんて何日振りだろう!
 がぶっ、とかぶりつけば、じゅわっと広がる甘さ、旨さ!!
 美味しい、とにかくおいしい!

「わぅぃ〜」

 半分食べて、残りを譜兄さんのところまで持っていく。
 なんていうか、この気持ちを伝えたかった。この、どうしようもない嬉しさを。

「わうっ」
「……ワゥゥ」

 目の前に林檎を置くと、何を思ったのか鼻で私に押し返す譜兄さん。
 いやいや譜兄さんも食べて! と返せば、
 いやいや全部お前が食べろ! と言わんばかりに鼻で押し返され、それを繰り返す私たち。
 ここに弦兄さんが居れば大変なことになってただろうことは一目瞭然で、弦兄さんだったらすぐに食べただろうなぁ、と譜兄さんとの違いをますます確信した。
 それでも最終的に折れたのは譜兄さんで、一口食べると一鳴きして私に林檎を押し返した。
 一口だけでも食べてくれたことが嬉しくて、大きく一鳴きする。
 その声に譜兄さんはぽかん、とした顔をして、だけどすぐに嬉しそうに尻尾を振った。

「ワフンッ」
「わぅ……?」

 なんで嬉しくなったのかはわからないけど、でも兄が嬉しいと私も嬉しいもので。
 ワオーンッ、と遠吠えをした譜兄さんの真似をする。

「ワオーンッ!!」
「あおーんっ!!」

 カサカサ、と音を奏でる枯葉に、私と譜兄さんの遠吠えが華を添えた。

 それは、曖昧な何かを胸にとどめた、ある秋の日のこと。


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