▼ vengeance:target green final!
「ああ、怪我はないな。……なぜあんなところにいたんだ、お前は」
彼は私の頭を撫でながら、困った様に笑った。
まったく、と、どうしようもなさげに、お転婆な子供をなだめるように、やんちゃな同級生を止めるように。
頭を撫でるその手が、するりと私の頬まで滑り落ちてきて、すり、と頬を撫で上げた。
擽ったそうに私が身を捩ると、彼もクスリと笑う。
降り注ぐ光が彼の髪の上を、踊るように滑っていく。
淡い光りの輪ががかかったように、彼の髪に緑が優しくのった。
私は、彼のその微笑みが少し眩しくて、ちょっとだけ、目を細めた。
と、こうするとなんかラブストーリーのヒロイン気分だ。
というか、なんだか危ない感じもするよね、はい。遊びました。
だって、ほら、ねえ、なんか、ねえ。
イケメンが白狼(私だけど)を抱っこして、ふわふわ笑ってるんだよ? なんか、ねえ。
このいいアングルで写真にとって、全国にいるだろう彼のファンにばら撒きたくて仕方ないよ。
ぺたん、と彼の顔に前足を押し付ける。イヌって鎖骨なかったんだねえ。
脇と脇の間に手を入れられて、高い高いをするみたいに持ち上げられたんだけど、ちょっと痛いんだよね。というか、かなり苦しい。
テレビとかでもよくやるイヌの抱き上げ方なんだけど、これって結構つらいみたい。
いやそれとも白狼だけなのかなあ。実際にイヌになったことないから、あ、今はイヌの仲間だけど、生前はこの抱き方でイヌが辛そうにしてるなんて、まったくわからなかった。
前足を押し付ける動作を暫くすると、彼、宇緑(うろく)書記は小さく息を吐いて私を地面に降ろした。
そして宇緑書記自身もその場に蹲ると、私の頭を撫でながら、絶えず笑みを漏らした。
――― あれ、この人って、笑わないことで有名だった気がするんですけど。
クールな表情、クールな言動、ちょっと不愛想で、ちょっと無口な寡黙さん。それが宇緑書記の大まかなイメージ。
実際にクラスの女の子が、宇緑書記のそういうところが好きだって言っていた。クールなとこ、格好いい! って。
なのになんだろう。いま、目の前で、ふわふわと笑みを漏らしているイケメンは。
前からイケメンだな、とは思っていたけど、笑うとこう、うん、破壊力抜群だね。
いやー、学園長の笑顔も破壊力抜群だったけど、うん、普段あまり笑わないイケメンが笑うとこうもすごいとはー。
宇緑書記の笑顔を堪能して、よし、そろそろ行こうかと思ったときだった。
また宇緑書記に抱き上げられて、芝生の上に胡坐をかいた彼の膝の上に乗せられる。
背中を何度か撫でられると、くすぐったくて小さな唸り声のような笑い声をもらした。
宇緑書記もそれに気づいたのか、くぐもった笑い声を聞かせてくれた。撫で慣れているのか、なかなかの名手だ。
ネコではないはずなんだけど、ネコみたいにゴロゴロと唸ってしまう。それを聴いた宇緑書記は、またもやくぐもった笑い声を聞かせてくれる。
まったく、何度も笑うなんて、レディに失礼だよね。あ、すみません、レディなんて調子に乗って。
空想の中の何かに答える、という名の現実逃避を繰り返しながら、すっかり彼に手懐けられた状態の私、という名のこの身体。あ、これも文面だけだと卑猥だな。
早く優子さんのところにいかなきゃいけないのに、とんだ邪魔が入ったものだ。全国の宇緑ファンに刺されそうな台詞だけど、本当のことなのですみません。
助けてもらったから態度にはださないけれど、本当にすみません。バタバタと足を動かしながら、なんとか宇緑書記に気づいてもらおうとする。
だけど、暴れる私の前後ろ足をガッと掴むと、おとなしくしろと言わんばかりに頭を撫でられた。
……完全なるイヌ扱いだなぁ。あ、いや、まあ白狼(イヌ)なんだけど。
体勢を仰向けに変えさせられると、お腹をすーっと撫でられた。
その時の宇緑書記の顔が、私に餌をあげている学園長の顔と重なった。なるほど、学園長と同種のひとか。
しばらくの間、宇緑書記の癒し(?)につき合わされて、ぐったりとした私の毛並みをゆっくりと撫で上げる宇緑書記。
やがて満足したのか、小刻みにリズムを刻みながら私の背中をたたく。
そして、私から視線を外すと、宇緑書記が背中を凭れかかっていた木から葉が何枚も落ちてきた。
宇緑書記は私に落ちてきた葉をはらうと、ひそり、風に混ぜるように呟いた。
他のひとだったら、たぶん聞きのがしていた小さなつぶやきは、だけど今は白狼である私の耳にはしっかりと届いた。
「解らなくなってくるな」
何が解らなくなっているんだろう。そんな疑問は、きっと口にしちゃあいけないんだと思う。
宇緑書記は何かを信じていて、彼はそれを曲げたくないんだろう。自分が信じたものが、本当はそうではないなんて、誰も思いたくないから。
だけど彼は迷子になっているんだ。自分が信じている何かが、強く揺らいでいるから。
信じよう、そう決めた何かと、彼が実際に目にしたものは違ったのかもしれない。例えるなら、黒だと思っていたものが白であったような、そんな違いなのかもしれない。
さらにもしかしたら、黄色いモンブランと普通のモンブランの違いみたいな、微かななにかかもしれない。
ああー、うん、私のほうがどんどんわからなくなっていくけど、彼の方がきっと解らなくなってる。
ざわざわ揺れる葉の影が、宇緑書記の顔にかかった。10月の、だけど珍しいくらい暑い日の太陽は、キラキラと、サンサンと降り注いだ。
彼ははぁっと息を吐きながら、私を撫でる手を止めずに、影になって見えない顔を上にあげた。
「彼女(・・)の、天真爛漫なところに惹かれた。明るく、素直で、親しみやすい。ひとから1歩引かれた態度しかされなかった俺にとって、彼女はまさに救世主で、唯一だったのかもな」
……天真爛漫? 誰が? って思わず素で首を傾げてしまった。
だって、私の記憶のなかに、そんな天真爛漫とか、明るいとか、素直とか、親しみやすいとか、全部そろったひとなんていなかったから。
話しの感じからして、たぶん姫島さんの事なんだと思うけど、宇緑書記からみた姫島さんは、その、うん、天真爛漫とか素直って印象なんだね。
可笑しいな、私の記憶のなかの姫島さんって、すごくしつこいとか、強引って印象だったんだけどな。あと凄く笑顔が下手っていうのも。
確かに姫島さん、イケメンの前になるとなんか口調とか性格とか、そういうの変えてたけどね。この前の御子紫くんの前だと明るい元気っこだったけど、生前のときに副会長の前では冷静美女って感じだった。
ほら、学園長の前にいたときも、急に真面目さんキャラで突き通したし。宇緑書記の前では、その、天真爛漫で明るく素直、親しみやすい女子生徒、っていうのをしてたんだね。
「いじめにめげずに、明るくしている姿がとても可愛らしいと思っていた。ああ、思っていたんだ(・・・・)」
だけど、と宇緑書記は続けた。
私は、人間の状態だったら間違いなく眉を潜めていただろう。……いじめ? 誰が誰に。
彼は一度だけ、私の毛並みを撫でる手を止めると、また短く息を吐いた。
それは何かを流しだすような、落とすような、そんな息だった。
「この目で見たあの子は、彼女が言った人物像とは全く違った。優しい声、温かみのある笑み、素直な姿勢。隠すこともなく、嘘をつくこともなく、俺の目をまっすぐと見つめて、あの子は応えた」
木の葉がうるさい。
地面を駆ける獣の足音が、ジリジリと目覚ましのように鳴り響く。
「彼女は確かに可愛らしい。だけどここ最近は、何故かそう思えなくなってきた。容姿は可愛らしいが、彼女の声や言葉が、以前ほど可愛らしいとは思えない。いじめられた内容を悲し気に話す時も、以前なら慰めていただろうけれど、逆に苛立ってしまう。あの子に、じゃなくて、それを話す彼女にだ。それだけじゃない。彼女の姿を目に映すと、何故か目を逸らしてしまう。そこで気づいたんだ。俺は彼女が苦手になってきているんじゃないか、と」
彼って、こんなに饒舌だったっけなー。
いや、饒舌になってしまうほど、彼は迷っていて、わからなくなっていて、戸惑ってる。
そしてそれを、必死にまとめて、整理しようとしてるんだ。
そして、そして、決めようとしている。どちらを信じればいいのか、それを迷う心が。
「そもそも、いじめられている子が大っぴらに話をするか、と考えれば、なんだか違うとも思った。普通は隠すのだろう。ひた隠しにして、押し込めて、その人特有の何かがにじみ出るものだろう。だけど彼女にはそれがなかった。逆に、あの子にはそれがあった。哀しみを、寂しさを、苦しさを、押し込める笑顔を浮かべてた」
そこで言葉を止めると、私を抱き上げるように持ち上げた。
小さな子供抱き上げるような体制で、私の顔が彼の左肩にのった。彼は私の背中を2度、3度たたくと、浅く息を吸った。
「俺の目には、彼女じゃなくて、あの子がいじめられている、辛い思いをしている気がした。だけどあの子は笑った。全部押し込めたような、だけど陽だまりみたいな笑顔。彼女の証言と、あの子の姿。彼女の言い方だと、まるであの子が悪いような気がするが、だけど彼女の証言と時間やあの子の行動は、とても矛盾していた」
まあそうだろうね。
だって実際にいじめなんて、優子さんはしてないんだから。
姫島さんの証言はすべて嘘なんだから。
「……彼女の言葉が信じられなくなった。俺が貸したハンカチを、大事そうに抱えたあの子の姿が頭をよぎって、違う、あの子はそんなことしないって、そう言いたかった。だけど喉が痛くて、苦しくて、乾いてて、言葉が出なかった。それでも俺は、彼女じゃなくてあの子を、信じたいと思ったんだ」
私の毛並みに頬を摺り寄せながら、 決意をもった声で彼が言った。
それは変えられることのない、ある日の学園長のような声で、強かに、確実に。
「あの子は今、何をしているんだろうな?」
ああ、なんだ。そうだよ。
こうして優子さんを信じているひとがちゃんといる。優子さんは、自分の味方はうんと少ないって思ってるかも知れないけど、実はそうじゃない。
優子さんのまっすぐな姿に、優子さんを応援しているひとはたくさんいるんだから。
もっと自信を持てばいいと思う。それだけ人に好かれるし、それだけ人を惹きつけることができるって。
宇緑書記を押しのけるように、前後ろ足を使って全力で蹴り上げた。
「っとと。うたっ?」
「わんっ」
行きますよ、と声を掛ける。
だけど意思の疎通ができない宇緑書記は、困った様に私を見つめるだけで動こうとはしない。
そんな宇緑書記のズボンの袖を摘まんで、優子さんがいる方へと引っ張った。
優子さんはいま不安定で、どうしようもなく人肌に飢えてる。優子さんを信じるって言ったんなら、優子さんを支えてほしい。
そう思うのは、我儘なのかは、私にはよくわからなかった。
「うたっ」
「わぅっ!」
何度か摘まんでは歩く行為を繰り返すと、彼もようやく理解したのか、私の頭を撫でてから立ち上った。
ズボンについていた汚れを落とすと、尻尾を振る私の後ろを歩き始めた。
……なんか視線が生暖かい気がするんだけど、気のせいかな。
「……日向っ!?」
優子さんのところまで連れていくと、宇緑書記が大声で優子さんの名前を呼んだ。
いつもの縄張りで、大きな木に背中を凭れさせている優子さん。
ここから離れるときから、優子さんが座っている場所は変わっていない。変わっていない、が、変わっているところはある。
――― 優子さんが寝てる。
泣きつかれて寝てしまったのか、目の下が少し赤くて表情が少し辛そうだ。
その手にはぎゅっと、ボロボロになった白いハンカチが握られている。
宇緑書記は、そんな優子さんのもとに走っていくと、焦ったように優子さんの顔を覗き込んだ。
そして優子さんが寝ているだけ、だとわかると、ホッとしたように息を吐いた。
さっきから息吐いてばっかりだよね、宇緑書記。
「うた、お前は日向のもとに俺を連れてきたかったんだな」
「わん」
宇緑書記の言葉に、その通りだと鳴き声を返した。
ここで、お前俺の言葉わかったのか?! とならないのは、単に白狼だからだな。それに宇緑書記には、私の一番の上の白狼長兄(弦兄さん)がパートナーだから。
彼は私の頭をまた撫でて、本当に賢いな、と一言もらした。それほどでも。
まあもと人間だから、ということで。白狼の中では最年少なので、白狼父(おとうさん)や兄弟たちからは赤ん坊的な立ち位置だけどね。
「……小さいし、細い。日向は、こんな小さな身体で頑張ってきたんだな」
弦兄さんたちと同じ扱いがいいな、と芝生に寝転がっている間に、宇緑書記が優子さんの手を掴んで撫でていた。
傍から見ると美男美女のとんでもなく美しい絵画、なんだけど、イヌ科になったから、ちょっとだけ色彩の問題で淡い感じに見える。
宇緑書記は、優子さんの頬に手を伸ばすと、小さな声で「ちゃんと食べているのか?」と呟いた。
ああまあ、私にははっきりと聞こえているけど。宇緑書記は、少しだけ笑うと、優子さんの髪に指を絡ませた。
「目の下、隈があるな。……寝てないのか?」
宇緑書記は、また頬を撫でると、今度は目の下の隈を優しく撫で始めた。
距離が近い。宇緑書記のファンが見たら、発狂しそうなレベルの距離の近さだ。
そういえばファンクラブなんていつの間にできたんだろう、って本当に疑問だったんだけど、うん、まあ見つかったらとりあえず大変なのは想像済みかな。
まだまだ目が醒めそうにない優子さんと、そんな優子さんをあったかい視線で見つめる宇緑書記。
優しい陽が射して、淡い光が二人を包んでいるような気がした。
少し辛そうな寝顔をしていた優子さんが、宇緑書記が撫で始めた頃から柔らかい表情に変わった。まるで安心したかのような、そんな顔に。
優子さんの前に腰を下ろして、じっと優子さんを眺める宇緑書記は、薄く光を纏っているように見えた。
暖かそうな二人を眺めていると、だんだんと瞼が下がっていく。
寝ちゃあだめなんだけどな、って主ながらも、暖かい光と、二人の雰囲気が混ざり合って、とんでもない眠気を誘った。
ちょっとくらいなら、いいかなぁ。
そっと目を閉じた。どこかで、だれかが、小さな声で読んでいる気がした。
「……ぃるから」
「君の力になろう」
その声でハッと目が醒める。
……ぅわ、どれくらい寝ていたんだろう。身体が少し重くて、苦しい。
身を捩ると、何かが私を拘束しているのがわかった。縄? ううん、暖かいから、たぶん腕。
お腹の周りに手が入れられていて、ちょっとだけ苦しいっちゃあ苦しい。だけど、ほどほどの体温と、その見知った気配と臭いに、誰の腕かすぐにわかった。
優子さんだ。優子さんの腕が、ぎゅっと私の腹回りまで回っていて、私は膝の上で座っているような状態だ。
私に影がかかっているのをみると、目の前に木があるか、もしくは誰かが遮っているか。
「気にしなくていい」
「でもっ」
突然耳に入った声。あ、宇緑書記の声だ。
低くて、でも落ち着いたような声は、優子さんを安心させるように柔らかかった。声の聴こえている方角から考えると、私にかかっている影の正体は宇緑書記だろうな。
私が寝落ちする前から、優子さんとの距離がすっごく近かった。私が寝ている間に優子さんが起きて、寝てしまった私を抱き上げているんだろう。
そしてその間で、いろいろと話をしていたのかもしれない。優子さんの声には、戸惑い以外に嬉しさがにじみ出ていた。
宇緑書記、優子さんを信じるって言ったんだなぁ。うん、よかったよかった。距離は近すぎるけど。
なにやら戸惑っている優子さんに、とっても距離が近い宇緑書記。
「言っただろう?」
視線をちょっと上げると、ぽんぽん、と宇緑書記が優子さんの頭を撫でていた。
「何故だろう。君を守りたいと思った」
優子さんの耳元で、そっと囁かれる。
宇緑書記って、天然タラシだと思うよ。だって、声が無意識に甘い。
優子さんを見ると、頬が赤くなっていて、目がウルウルとしだした。
ぽたり、優子さんの目から雨が降りだす。
宇緑書記が、ちょこっとだけ困った様に、だけど安心したように笑って言う。
「君の力になろう」
そう言った宇緑書記は、さすがイケメンといえばいいのか、蕩けるような笑顔が抜群の破壊力だ。
ぽたぽた降りやまない優子さんの雨。宇緑書記が、声も立てずに笑った。
そしてすっと、優子さんが握っていたはずのあのボロボロのハンカチを優子さんの目にあてた。
「こんなにボロボロになっても、ほら。君の涙を拭える」
「ぅう、せんぱ、ッぁ」
「泣くな。目が融けるぞ?」
なんだか戯曲で描かれたワンシーンみたいだ。
春の木洩れ日の中で、抱き合う恋人同士、って感じで。
まあ今は秋なんだけどね。そして恋人同士ってわけでもないけどね。
ボロボロになったハンカチのことを、優子さんは宇緑書記に話したんだろう。それ対しての、宇緑書記の返事がさっきのなのかもしれない。
心なしか、宇緑書記の声が微妙に優しくなっているような、甘くなっているような気がする。
気のせいかな。その前に、ひとこと言わせてほしいんですけど。
あの、なんだか全然ついて行けない。
寝ている間にどんどん物語が進んでいく。あ、いや、傍観って言ってるから、これが正しいだけども、ほら、今後の復讐とか復讐とかが、ねぇ。
ぽろぽろ涙の止まらない優子さんと、そんな優子さんを微笑ましそうに見る宇緑書記。
そんな二人をみながら、人間だったら聞けるのになぁ、と思ってみる。
だけどまあ、幸せそうな優子さんをみると、なんだか、今日はこれでもいいような気がした。
ビリリッ、と視線を感じる。
白狼になってからは、気配とか、視線とか、そんなのに敏感になっていた。
ぶるり、と身を捩ると、優子さんが気づいたようだ。私の頭を撫でながら、おはよう、と声を掛けてくれた。
それに一鳴き返すと、優子さんと宇緑書記が顔を見合わせた。
ちょっと勢いよく鳴きすぎたかな、と首を傾げると、二人が笑い出した。
優子さんは言わずもがなあったかそうな笑顔で、宇緑書記は今度はくぐもっていない澄んだ笑い声。
幸せそうな何かが、ふわふわと漂っているような気がするような、だけどビリビリした視線が離れない、どころか、もっと強くなった。
「うた」
優子さんが私の耳元に唇を寄せた。
ちょっとだけこそばゆくて、でもちゃんと耳を澄ませる。
優子さんは、ニコニコしたまま言葉を続けた。
「ありがとう、うた」
何に対してのありがとうだろう、ってまたもや首を傾げる。
そして宇緑書記のことかな、と思って今度は控えめに一鳴き返した。
控えめ控えめ、を意識しすぎて、甲高い鳴き声になってしまって、また二人に笑われたけど。
だけどすごく、暖かい気持ちになったんだ。
ビリビリとした視線は離れないで、むしろ嫌な何かが私の毛並みを撫で上げるような気配がした。
ニコニコ笑いあう二人を眺めて、優子さんの膝の上から飛び降りた。
優子さんと宇緑書記が何を話したか、なんて、多分今日の夜に優子さんが教えてくれる、と思う。
復讐の内容とか、どうしようとか、そういうときに決めればいい。だってまだ、時間はあるから。
視線のする方向に背を向けた。
「ワゥウンッ!!」
ターゲット、宇緑演之助、コンプリート?
「ゆるさないっ」
ねぇ、それはこっちの台詞なんだよ?
だからこそ、貴女を苦しめる。ごめんね? だって、始めたのはあなただから。
さぁ、次は誰から行こうかな。
私を手招きする優子さんと、宇緑書記のもとに走った。
まだ不器用な走り方だけど、ときどき転ぶこともあるけど、だけどちゃんとした足取りで。
淡く輝く光の輪へと、飛び込むようにジャンプした。
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