Reversi小説 | ナノ



8-1

 自分より性格の悪い奴が好きだった。

 そいつのそばにいれば自動的に俺は「そいつよりは悪くない奴」になれるから。あとは適当に笑顔でも見せておけば、努力しなくても「いい奴」に見えるから。

 俺はいつだって安全なポジションが欲しかった。だから周りをよく観察したし、一番効率のいい生き方を探し続けた。


 俺がそうなったのは、多分家庭環境の影響が大きいと思う。別に不幸自慢をしたいわけじゃない。むしろ俺の家はそこそこ裕福で両親も健在、どちらかというと、はたから見れば羨望の対象であることが多い。俺より悪い環境で育った奴なんていくらでもいる。だからまぁ、半分言い訳だってのも本当はわかってる。

 ただ俺の両親は、自分の子供に求めるものが多かった。父は優秀な外科医、そんな父と結婚した母は典型的なマウント大好き人間。自分の身内が優秀であればあるほど、それは彼女のアクセサリーになる。

 遺伝子が優秀だったことは認める。父の頭の良さと母の器量の良さ。配合が上手いこといったおかげで、俺は物心ついたころから勉強もスポーツも人とのコミュニケーションも、なんら苦労を感じることなく周りの人間よりも上手にできた。でも、それを両親から褒められた記憶はない。

  めてもらいたくて、もっとすごいことができるって認めてもらいたくて、当時の俺はがんばってた。でもがんばってもがんばっても、返ってくるのは「次もがんばれ」「もっとがんばれ」。おかしなことにやればやるほど、さらにハードルは高くなっていった。報酬もないのに毎日努力する意味ないなって、途中で気づいちゃったんだよね。

 そこからは馬鹿馬鹿しくなって、やってるフリに全力を注ぐようになった。ちゃんとやってますよって最低限のポーズだけとっておけば怒鳴られることはない。これが俺の一生懸命だって思ってもらえるように、わざとらしい表情つくって過ごしてた。

 でもまぁ、そういうのって大人から見ればバレバレだったんだろうな。効率を重視した両親はやる気のない俺にすぐさま見切りをつけて、過度なプレッシャーは同じく優秀な妹に向くようになった。

 そこからの態度は清々しいくらいだった。家では誰も俺のこと、見えてないみたいだった。

 たまに八つ当たりみたいに文句を言われることもあったけど、笑ってごまかした。両親はいつだって機嫌が悪かった。反発したら余計長引くからさ、気にしないフリするのが一番効率がいいんだよ。

 で、俺はそうやって上辺でヘラヘラするのが正解だと思って過ごすようになった。他人の心の内なんてどうせわかんないんだし、表向き穏やかでいた方がみんな平和でしょ。

 そうすると、俺のことを「いい人」だと思って好意を示してくれる人がどんどん増えた。そのたびに周りの奴らが全員バカに思えた。

 でかい声で文句言ってる奴とか、ちょっとしたことですぐ泣く奴とか。機嫌の悪さを態度に出す人間って、周りにいる人間に暴力ふるってるようなもんだって気づいてないのかな。それで人から愛されたいって、ちょっと 傲慢 ごうまん だよね。

 俺だっていろんなものにムカついてるよ。そりゃそうだろ。
 ただ表に出してないだけ。それだけだよ。

 たったそれだけで多くの人が味方についてくれるのに、なんでみんなしないんだ?

 人間関係のコツは深く関わらないこと。当たり障りないこと言って話盛り上げて、相手が言ったことには適当なタイミングで笑っとけばいい。あんたの話、面白いですよって。それだけで俺の好感度はぐんと上がる。

 みんな自分の話きいてほしいんだよね。笑ってほしいんだよね。いくらでも聞いてあげるよ。だってどーでもいいもん。その代わり俺のこと好きでいてね。


 俺は他の奴らより上手く生きてる。

 そう思ってるのに、いや、そう思いたいのに、俺の中で誰かがずっと問いかけてくるんだ。

「下と比べて満足か? 力のある者は、その力をより磨くため努力すべきだと思わないか?」

 うるせーな。思わねーよ。
 理想なんて高けりゃ高いほどダルいだろ。現実との差ができるんだから。

「本当は自分だって、一番になりたいくせに」

 いいんだよ。一番じゃなくていい。
 家では妹が一番期待されてる。だから俺は失敗しても、それ以上俺の価値は下がらない。

 学校でも同じことだ。必要以上にがんばるのはもう辞めた。全体の中で、相対的に上の方であればそれでいい。それがいい。

おろ かだな。本気を出すのが怖いだけだろ」

 うるさい。

「自分に嘘を き続けて、気持ち悪いと思っているくせに」

 うるさい。

「勝負自体から目をそらせば、勝ち負けも気にせず済むもんな」

 うるさい!!

「……なぁ、俺様は貴様を苦しめたいわけじゃない。このままじゃきっといつか、限界が来る。一人の人間から生み出される感情は、一人の人間では抱えきれない量なんだ。だから──……!」

 聞きたくない。何も言いたくない。もう自分の内側なんて見たくない。

 俺は、なにかを必死で伝えようとするその声を拒否し続けた。中学に上がるころには、もうそんな声も聞こえなくなっていた。



 初めて 光一 こういち に会った時のことはハッキリ覚えている。めずらしく素で笑ってしまったから。

 扉を開けてすぐ、目に飛び込んできた金髪。
 眉間に寄せたシワ。威圧的に細められた薄い一重まぶたのツリ目。

 表情から、態度から、不機嫌を隠そうともしない、いやむしろアピールしているその頭の悪さ。

 そんな奴が、自分は世界一不幸ですみたいな顔してたからさ。

 だから俺は安心して話しかけたんだよ。
 こいつの隣ならきっと、劣等感を抱かずに生きられると思ったから。


 なのにアテが外れた。最悪だよ。

 明確な理由はわからない。でも光一を見ているとなんかこう、内側がジリジリしてくるんだよ。
 暗いところに隠していたコンプレックスが、徐々に陽の光に当てられていくような感覚だ。


 優しいの辞めろよ。まるで俺が冷たいみたいじゃん。

 正直で素直なの辞めろよ。俺が嘘吐きで卑怯みたいじゃん。

 あー忘れようとしてたのにな。
 ムカつくな。


 俺より頭悪くて、顔が良いわけでもなくて、家も貧乏で、両親すらいないのに。
 なんにも持ってないくせに。

 健気に楽しく生きてんなよ。


 笑えば笑うほどムカついてくる。
 このイライラを鎮める方法がわかんねーんだ。



 俺の中で、また声が聞こえるようになった。

 以前より低くて昏いざらついた声。
 前聞いた時は、こんな声だったかな。

 その声が繰り返し繰り返し、俺に言うんだ。


「どうせ理解してもらえないのなら、馬鹿共に付き合う理由もないだろう」

「腹が立つなら壊せばいい」

「全てなくなってしまえば、貴様が揺るぎない一番だ」


 こんなに過激なこと言う奴だったっけな。

 まぁでも、それはそう。
 何をしてても何をされても、全員ムカついて仕方がない。

 いっそ暴れるのもアリ。全然アリだよ。


 そう思ったから、俺は んだ。


 だから余計なことすんなよ、光一。



「……なーんで来ちゃうかなぁ」

 もう会いたくなかった。
 お前のこと知れば知るほど、コンプレックスが刺激されるから。

「ホント、お前のそういうとこさ、」

 お前を見てると、自分がどんどん嫌いになるから。



「大っ嫌いだよ、光一」


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