Reversi小説 | ナノ



4-3

 円柱形のこの城は、内部に中庭が設けられている。中心に十字を描くように石造りの道が敷かれ、その周りは見たこともない植物で埋め尽くされていた。だが、光一にはその植物たちを観察する余裕などなかった。

 ぱた、ぱたと額から出た汗が頬を伝って地面に落ちる。光一が振り下ろした大剣は震える両手から逃れ、ずるりと地面に吸い込まれるように滑っていった。剣は地に敷かれた石にぶつかり暫く振動していたが、間もなく静かに横たわった。

「はい三百回目お疲れ様。でもまだ立ってられるんだ、体力あるんだね〜。じゃ、まだまだいってみよ〜」

 息を切らす光一の前で、ベンチに足を組んで座っているトキヤが手を叩いた。光一は腰を落とし、両腕の小刻みな痙攣を止めるため自分の もも を掴んだ。前髪の隙間からトキヤを睨む。

「ハァッ……こんなん素振り三百てアホか……オレ野球部ちゃうぞ……」

 修業を開始してからというもの、光一はトキヤに言われただひたすらに大剣を振っていた。どうやらトキヤはそれを律儀に数えていたようだ。彼は笑顔で光一を見る。

「いやーだってキミ不器用なんだもん。せっかくものすごい魔力持ってるのに、無駄に体力があるせいで力任せに戦おうとするでしょ? 鏡界じゃそれは通用しないよ〜」

 トキヤが言うには、使うほどの体力をなくしてしまえば強制的に魔力を引き出せるだろうとのことらしい。理屈はわかるのだが、少々やり方が荒い気がする。パン、と再び大きく手を叩き、トキヤは光一を煽る。

「そんなワケだから休まずやる! 素振りが飽きたんならランニングにしよっか。はいレッツゴー」

 反論の余地もなく、背中を押された光一は庭の周りを走りはじめた。

「クッソ……あとで覚えとけよ……!」
「アハハ、まだまだ元気だね〜! よし、どんどん行こ〜」

 楽しんでいるように見えるトキヤを睨みながら、光一は汗を拭うこともせず体を動かした。



 太陽が真上に来た頃、光一の体力はついに限界を迎えた。足が動かなくなりその場に倒れ込んだのだが、起き上がることが出来ない。頭に もや がかかったように、意識が遠のいていく。

 荒い呼吸を繰り返していると、視界にトキヤの靴が入った。丁寧に磨かれた、シンプルかつ高級感のある革靴だ。ブランド物には詳しくない光一にも、おそらくいい品であるだろうことは予想できた。ぼんやり眺めていると、突然それが勢い良く顔に向かってきて視界が埋め尽くされた。


――ガスッ!!


「〜〜〜〜〜……ッ痛ァ!?」
「ここで気を失っちゃなんの意味もないからね。ここからが本番だよ」

 襲ってくる激しい痛みに、反射的に涙が出る。顔が蹴られたのだと認識するまでに少しの時間を要した。薄れかかっていた意識が強制的に呼び戻される。

 潤んだ視界の中でもはっきり笑っていると分かるトキヤの顔を見て、光一は少しの狂気を感じた。

 トキヤはその場にしゃがみ光一の顔を覗き込むと、左腕につけていた時計を確認した。ちらりと見えた時計の針は、十三時を過ぎたところだった。

「やーそれにしてもねばったねー。スゴイすごい、素直にすごいよキミ。まさか体力空にするのにここまで時間かかるとはねー」

 トキヤは相変わらず呑気な口調で光一に話しかける。話しかけると言っても光一が返事を返さないため、ほぼ独り言に近いのだが。

「さ、それじゃ行ってみようか。魔具発動してみてよ」

 トキヤが次のステップに進めようと、明るい声を上げる。しかし、光一はなんの反応もしなかった。いや、出来なかった。トキヤの声は聞こえているのだが、指先をぴくりと動かすことすら出来ない。これ以上少しでも動けば死ぬかもしれないと、全身が脳からの信号を拒否していた。

 また意識が遠のく。夢と現実の狭間、ふわふわした感覚の中光一は考える。



ーー自分は何をしているんだったか。


 いつまでたっても返答がないので、トキヤは軽く息を吐くと光一の前髪を掴んだ。顔を引き上げると、光一が僅かに眉を動かす。トキヤの眼光が鋭くなり、光一の瞳を射抜いた。

「お前さぁ、強くなりたいんでしょ? 甘えてていいの? 簡単に強くなれるワケないの分かってて、それでも早く力が欲しかったんだよね? それはなんで?」

 光一は未だぼんやりしたままの頭で、ぐるりと思い返してみた。

 何故強くなりたかった?


 賢斗がさらわれて、助けるためには力が必要だから?

「……友達を……助けたい……から……」
「あー、そういう系ね。ようはキレイ事だ。そうやって理由を他人に依存するから良くないんだよ。それじゃあ辞めたくなった時、他人のせいにして辞められるでしょ?」

 最後まで言い終えないうちに、トキヤは呆れたような表情で光一を否定した。

 その瞬間、光一の頭にぴり、と電気が走った。その部分から徐々に脳内が覚醒していく。


ーー違う。そうじゃない。賢斗が「助けてほしい」と言ったわけじゃない。誰かに頼まれたわけでもない。

 それでもオレは、オレが、助けるという道を選んだんだ。


「……誰がキレイゴトやねん」


 小さく零れた言葉に、トキヤは首を傾げた。光一は腕に力を込め、上体を支える。自分の前髪を掴むトキヤの腕を、上から強く握りしめた。

「ちゃうわ。助けたいと思っとんのはオレの勝手や。オレが大事なモン失いたくないだけや。他人のせいになんかせぇへん、オレの意志や」

 トキヤが目を見開く。前髪を掴んでいた手の力を抜くと、ふ、と口元を緩めた。

「ふーん……なるほど。いいね」

 光一は膝立ちのままネックレスに手をかけると、力を込めて引き抜いた。握る右手が熱い。だがそれ以上力を込めることができず、切れたネックレスは光一の手から滑り落ちてしまった。

 体は限界だ。だが問題ない。込めるのは力ではないのだから。

 地面に手をつき、内側の力を感じる。分かる。今、光一の中には炎が流れている。


「はぁぁぁぁああああああああ!!」


 ネックレスから光が発せられ、大剣を形成していく。その光は剣が完成してからも止まる気配はない。今までせき止められていたものが流れ出てくるように、底から湧き上がる何かがあとからあとから溢れてくる。

 その光はやがて炎に変化した。辺りが熱に飲み込まれる。パチ、パチと空気の爆ぜる音が聞こえる。踊る炎が時折皮膚を撫でるが、光一は熱さを感じなかった。

 だが、炎はどんどん膨れ上がるばかりで制御は出来なかった。内側から何かが吸い取られるように、光と炎は勢いを増していく。光一は、その場に崩れ落ちるように再び倒れ込んだ。

 トキヤが光一に手をかざすと辺りの炎が収まり、大剣の形をしていたカグツチも元のネックレスに戻った。

「うーん、やっぱりスゴイわキミ」

 そんなトキヤの声が耳に届いたのを最後に、光一はついに意識を手放した。


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