Reversi小説 | ナノ



4-4


 気が付けば自分は、白い光の中にいた。……いや、世界の全てが白一色で、どちらかというと闇に近いのかもしれない。ここは、白い闇だ。

 ふと、思い立つ。自分はいったい誰だったか。自分の名前はなんと言ったか。なんとなく頭に浮かんだ疑問だったが、答えられなくて途端に焦りが迫ってきた。


――自分とはなんだ?


 すると、なにやら声が聞こえてきた。初めは何を言っているのか分からなかったが、その声は徐々に近付いてくるような気がした。

『……こういち』

 声はそう発した。そうだ、自分はこういち。緋山光一だ。

 光一がそれを理解した瞬間、パッとその世界に自分が現れたように感じた。白い世界に、金髪の少年がぽつんと佇む。

 声は続けた。

『そう、君は光一だよ。忘れないで、君が何をしたかったのか』
「……オレが……? 何を……」

 意味がわからず、繰り返しながら脳に言葉を染み込ませる。

 自分がしたかったこと。


 守りたい。


 もう自分のそばから誰かがいなくなるのは嫌だ。


 置いて行かれるのは絶対に嫌だ。


「オレは……臆病者やな」
『そうだね、臆病者だ。だから勇敢になりたかったんだろう? みんなを守れるような、強い剣士にさ』

 ぽろりと無意識に零れた言葉にも、声は律儀に返答する。その声を聞くと光一は、何故だかひどく安心できた。いつも聴いていたような、でも初めて聴いたようなその声。自分は間違っていないんだと、根拠のない確信を持たせてくれる。

『大丈夫、保証するよ。光一は間違ってない』

 その声は、からからに乾いた地面に一滴ずつ水を垂らすように響く。

『君が“光一”である限り、間違ってなんかないんだ。絶対に』

 そう言うと、声はどこか遠くへ消えていった。遠く、というのは正しい表現じゃないかもしれない。元々近くにいたかどうかなんて分からないのだから。

 白い闇は視界の端から徐々に暗くなり、気付けば辺りはすっかり暗闇に塗りかわっていた。



「あ、起きた」

 始めに感じたのは、視覚に入り込んだ緑だった。次に、骨が きし むような全身の痛み。

「っつ!!」

 光一は起き上がろうとした体を再びベッドに沈めた。その刺激のおかげで頭が覚醒する。そうだ、自分は剣の修業中で、おそらく体に限界がきて気を失っていたのだ。

 体力には自信があったのだが、まさか意識を失うとは思ってもいなかった。また悔しさと情けなさがふつふつと込み上げてくる。くつくつと笑い声が聞こえたので、目線をそちらに向ける。口に手を当て愉快そうに笑うトキヤと目があった。

「いやぁー、君ってバカだけど面白いね。ごめんごめん、ちょっといじめすぎちゃった」
「……はァ?」

 怪訝な顔を向ける光一をものともせず、トキヤは頬を緩める。

「君みたいなタイプは口で説明するより実践した方が早いかなって思ってさ。どう、少しは感覚つかめた?」

 そういわれ、光一は意識を失う前の出来事を思い出す。やり方は荒かったが、自分の中から今までにないくらいの魔力を感じたのは確かだ。悔しいが、そこは認めざるを得ない。

 光一が何も言わないでいると、トキヤが立ち上がった。

「もうちょっと休んでなよ。続きはまたあとで。俺も休んでくるから、準備が出来たら呼んで」
「……わかった。頼むわ」

 仏頂面ながらに光一がそう言うと、トキヤは口角を上げてその場から立ち去った。


 一人残された部屋で、光一は自分の右手を眺めた。握ったり、開いたりを何度か繰り返す。

 先ほどあふれ出た魔力は確かにすごかったのだが、光一にはなぜだかそれが自分のものではないような気がした。制御できない、何か大きな力が自分の中で眠っている感覚。言いしれぬ不安に、光一はわずかながら恐怖を感じる。その恐怖を振り払うように、ぶんぶんと頭を振った。

 そういえば、夢を見ていたような気がする。どんな内容だったか……思い出そうとしたのだが、白い もや をつかむように感じられたのであきらめた。


 考えていても仕方がない。ただでさえ分からないことだらけなのに、これ以上問題を抱え込んでも気が滅入ってしまいそうだ。気晴らしに外の空気でも吸ってこようと、光一は痛む全身をかばいながら部屋を出た。



 しん、と静まり返った城内はうすら寒い。誰かと話でもしたい気分だったが、廊下を歩いていても誰ともすれ違わなかった。光一は正面の門から外に出ることにした。

 城を出た光一は、何の気なしにその場にあった石に座った。吹き抜けていく風が気持ちいい。空を見ると夕日が赤々と燃えていた。普段は景色などあまり見ないのだが、ここには他に娯楽もない。携帯は昨日見てみたが予想していた通り圏外で、充電も切れてしまった。その場の勢いだけで来てしまったが、祖母は心配しているだろうか。……しているだろうな。せめて書き置きでも残していくほどの余裕が自分にあったら良かったのに。

 ぼんやりと流れ出る思考に心を任せていると、視界が紫色を捉えた。紫は風に当たりふわふわと揺れる。魔女のような つば の広い帽子に、セーラー服。後ろ姿だが、あの目立つ格好は間違いなくセレナだ。

 光一は立ち上がり、その背中に話しかけてみることにした。

「セレナー?」

 名前を呼ぶと、彼女は一瞬びくりと肩を跳ね上げ、ゆっくりとこちらを向いた。その表情はあまり晴れやかでない。光一はやっと人を見付けた嬉しさで、軽い足取りでセレナに近寄った。

「よォ、お前も散歩か? みんなは?」
「あ……はい。先ほどまでニーナと一緒に、カレン様がいれてくれた紅茶をいただいていました。今は、ちょっと……外の空気に当たりたくて」

 光一はカレンという名前にピンと来なかったが、そういえばトキヤと一緒に現れたヒラヒラの女性がそんなように呼ばれていた気がする。女子会というやつか。朝の様子は少し心配だったが、どうやらセレナもこの場に馴染めているようでよかった。

 しかし、彼女の顔に影が差す。光一はすぐそれに気付いたが、踏み込んでいいものか迷った。男同士とは違って、女子と話すのはなぜこうも難しいのだろうか。

 セレナはそれを隠すように弱々しく笑ってみせた。

「あ、光一さんは修業をしていたんですよね! どうでした?」
「お、おー、バッチリやで! かっこええ必殺技習得したるからな、デカいドラゴンも余裕やで!」
「わぁ、必殺技! できたら見せて下さいね!」
「任せとき!」

 気を失ったなどとカッコ悪いことを言えるはずもなく、つい大きな事を言ってしまった。光一は内心やってしまったと思ったが、セレナの表情が幾分か和らいだのでまぁ良しとする。

 セレナは楽しそうにふふ、と笑い声を上げたあと、小さく息を吐いた。上がっていた肩が下がる。緊張が解けたのだろうか。

「……光一さんは優しいから、つい甘えてしまいます。だめですね、決めたのに」

 後ろめたさを隠すのに必死だっただけなのだが、光一は何も言わないでおいた。それより、「決めた」とはどういうことだろうか。セレナは眉を下げ、困ったように笑った。

「私、思い出しちゃったんです。やっぱり私は『黒魔女セレナ』でした。せっかく光一さんが信じてくれたのに、裏切ってしまってごめんなさい」

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