ホテルに会場を貸し切って行われた立食パーティー式の同窓会。
12年ぶりに会う懐かしい顔ぶれの中にふわふわの茶色の髪を見付けて近付くと、向こうもこちらに気付いて軽く手を上げた。



「ルルーシュ」

「元気そうだな」

「君もね」

「お前の結婚式以来だから…半年ぶりか?」




高校を卒業して別々の大学に進学しても社会人になってもなんだかんだで月に数回は必ず連絡を取り合っていたし、これだけ長い間会わなかったのはもしかしたら出会ってから初めてかもしれない。

意識するとなんだか胸のあたりが擽ったくなる気がする。




「ルルーシュ全然連絡くれないんだから」

「新婚家庭の旦那を飲みには誘えないだろ」

「そんなの気にしなくていいのに」

「お前は良くても奥さんが嫌がる」

「それって経験談?」

「どうだろうな」




お互いの近況報告を兼ねた馴染んだ軽口の応酬を繰り広げている内に、乾杯の時に渡されたグラスが空になって近くを通ったウェイターに新しいドリンクと交換してもらう。



「お前は?」

「今はいいや」




受け取った細いグラスの中では薄い黄金色のシャンパンがぷくぷく小さな泡を浮かべていた。




「みんな変わって無くて安心したよ」

「10年やそこらで変わらないさ」

「そうかな」

「お前は老けたけどな」

「酷いな」




小さく笑うスザクの顔は、高校の頃よりずっと大人びている。
老けたというよりは精悍になった、という表現が正しいかもしれない。
童顔に見られる要因のひとつだった大きめの眸が少し細くなって、顎のラインもシャープになった。
もうすっかり大人の男の相貌だ。
グラスに口を付けながら盗み見て、12年前に感じていたぼんやりとした温かな気持ちを思い出す。






俺は高校の3年間、スザクに対して恋と呼ぶには余りに未熟な淡い想いを抱いていた。




高校卒業と同時に大切に仕舞い込んだ気持ちが、当時の懐かしい面々と久し振りのスザクとの邂逅で少しだけ顔を出すのを感じた。










◇Pandora's...◇










「ルルーシュはあれだよね」

「?」

「綺麗になった」




告げられた言葉に、いつもの天然発言だと解っていても小さく心臓が跳ねたのが悔しい。
会場内に流れる当時の雰囲気にあてられたのか、気持ちだけ12年前に巻き戻された様な。
当時はスザクのこんな一挙一動に、面白いくらい振り回されていた気がする。




「相変わらずだな」

「本気なのになぁ」

「そう言うことは奥さんに言ってやるんだな」

「…………」

「?どうした?」

「……うち、もう駄目かも」




ポツリと呟く様に言われた言葉に目を見張る。
言葉の真意がわからない。




「スザク…?」

「ごめん、こんな所で出す話題じゃ無いね」

「おい、」

「じゃあまた後で」




そう言い置いてそそくさと旧友達の輪に交ざっていったスザクを、その場で呼び止める事は出来なかった。
















結局、それ以上スザクと話す事もなく一次
会はお開きになり、二次会に参加するつもりの無い俺は駅まで酔い醒ましがてら歩く事にした。

あの時のスザクの言葉と表情に思うところが無いわけでは無いが、考えてみれば家庭の問題だ。
安易に立ち入るべきで無い。
スザクも必要なら自分から詳しく話して来るだろうし、その時にじっくり聞いてやるのが俺に出来る最善だ。

ほんのり酔いの回った頭でそう結論を出して旧友達を見送り歩き出そうとした所で、左腕を強い力で掴まれた。




「ルルーシュ」

「…スザク」

「二次会行かないんだ?」

「お前こそ」

「ならさ、ちょっと飲んでかない」

「俺は構わないが…良いのか?」

「僕から誘ったんだよ?」




ここら辺で良い店見付けたんだ。そう言って俺の腕を引いて歩くスザクは、いつもと変わらない。


ただ、いつになく強く掴まれた腕だけがいつもと違っていた。






















連れてこられたのは照明が暗めに落とされた落ち着いた雰囲気のバーで、スザクが選んだにしては珍しいタイプの店だった。




「珍しいな」

「え?」

「こんな店」

「ああ。君が好きだと思って」




スザクのこういう所が狡いと思う。
勿論無意識ではあるだろうけど、無意識なのが余計質が悪い。

恋を自覚してからはスザクのこういった言動に一喜一憂して、叶わない想いをじわじわと募らせていくだけだった。

さっきまで感じていた懐かしさの余韻で普段より感傷的な自分に小さく笑った。


全てはもう、過去の事だ。







店の奥のボックス席に通されてとりあえずスコッチのダブルをロックで注文する。
スザクと二人で飲むのは久し振りだ。
運ばれてきたグラスを手に取って、向かいに座るスザクを窺い見る。

席に着いたっきりスザクは俯いたまま何かを考え込んでいる様子だった。




「スザク」

「え?」

「乾杯」

「あ、うん。…乾杯」




小さくグラスを掲げてグラスを舐める。
スザクはまだ、何も言わない。




「相談なら乗るぞ」

「え、っと、」

「今日、何か言ってただろう」

「………」

「話位聞いてやるよ。“先輩”だしな」




いつになく歯切れの悪いスザクに水を向けると、どこか思い詰めた表情をしてゆっくり口を開いた。




「ルルーシュのとこはさ、」

「うん?」

「結婚何年目だっけ」

「…5年、だな」

「だよね」




自分で聞いた癖に返事が解っていたかの様に返して、小さく息を吐いたのがわかった。




「子供ももう3歳?だったかな?」

「よく覚えてるな」

「君の事なら」

「はいはい」




真剣な面持ちで話していると思えばいつもの調子で、心配無かったかと少し安心して軽くあしらう。
手にしたグラスを煽るとスコッチ独特の強い香りが口の中に広がった。




「僕、子供はいらないんだ」

「は…?」




脈絡無く唐突に告げられた言葉の意味を理解するのに、微酔いの頭では少し時間を要した。




「まだ、結婚して半年だろ?ならまだ二人の時間を大切にしたいっていうのも、」

「違う」




スザクの言葉に対してアドバイスしかけた言葉を静かに、でもはっきりとした口調で遮られる。




「そうじゃない。違うんだ」

「?どういう…?」

「僕は、彼女との子供がいらないんだ」

「?」

「きっとこれから先欲しいと思う日が来る事も無い」

「お前、何を、」

「愛してる人との間の子供じゃないなら、僕はいらない」

「スザク…?」




スザクが何を言っているのかわからない。
つい半年前に、愛を誓い合ったその場に立ち会ったのに。
幸せそうに奥さんと顔を見合わせて微笑み合う光景に、一抹の寂しさを覚えながら祝福した事をまだ鮮明に思い起こせる。




「彼女を愛して無い訳じゃない」

「………」

「幸せに、してあげたいと…出来るとも思ってた」

「………」

「子供が欲しいって言われたんだ」




滔々と話す内容は、スザクの中では繋がっているんだろうが、端から聞く俺にしてみればてんでバラバラに思える。
それでも、流れを切らない様に黙って視線で話を促す。




「当たり前だと思う。僕ももう30だし」

「先を考えると、な」

「そう。君みたいに結婚して、子供も産まれて、そうやって当たり前の幸せを当たり前に手にするんだと思った、でも」




上げられた視線が、真っ直ぐに突き刺さる。



「ねぇ、どうして君は結婚したのかな」

「…彼女を愛してたから、に決まってる」

「僕よりも?」




いつもは翡翠の眸が店内のオレンジ色の光を反射して暗く濁って見えた。
質問の意図が掴めず、答えに窮する。

酔って、いるんだろうか。

今日のスザクの言動はどこかおかしい。
結婚生活はスザクにとって、そんなに考え込まされるものだったんだろうか。




「君から結婚するって聞いた時の事、今でも覚えてる。きっと一生忘れられない」

「何を、」

「死にたくなる位後悔したよ。君に彼女が出来たって聞いた時、大学を決めた時…もっと前の高校に入学した時まで思い返して」




話している間反らされる事の無い眸に、胸を締め付ける懐かしい感情が呼び覚まされる。
でもこれは、

これは、


きっと、聞いてはいけない話だ。
これ以上聞いたら、後戻り出来なくなる。


…後戻り?何の?



アルコールによっていつもより回転の鈍くなった脳内に警鐘が響く。




「ルルーシュ、僕は」

「止めろ」

「聞いて」

「聞きたくない」




スザクの言葉をこれ以上聞いてはいけない。頭を巡る強迫観念にも似た衝動に委せて席を立ち上がると、ここに連れてこられた時と同様の力で腕を掴まれて阻まれる。




「スザ…ッ!」




子供の様に頭をふって拒否を示すと、掴まれた腕に一層力が篭るのがわかった。







「ルルーシュ、僕はもうずっと、君を愛してるんだ」







呆気なく告げられた言葉に、握られた腕から全身がカッと熱くなるのを感じる。

なんで、どうして、今そんな事を。

スザクの考えている事が解らない。







決して静まり返ってはいない店内で、グラスの中の氷が溶ける音がカランと大きく響いた。



















続きません…?←とか言ってたのに続きました…