それは殆ど衝動だった。 誰かが僕より近い場所でルルーシュの傍にいる。 一度も考えた事が無いなんて訳では無かったけど、現実にそれが目の前に横たわると、その衝撃は想像を遥かに上回る恐怖だった。 思わず、長年隠し続けていた想いを勢い余って告げてしまう程度には。 僕のその言葉に、ルルーシュはふわりと笑って、 「俺もだよ」 と、返し… え? 「えっ?!」 「なんだお前、さっきから…」 「いや、え、え?!」 「どうしたんだ」 え!だって、今、僕の一世一代の告白に、ルルーシュは何て言った?何て言った?! 「なんだ!僕達って両想いだったの?!」 「?大袈裟なヤツだな」 「だって…!なんだ、それならこんなに悩む事無かったんじゃ…!」 それまでの絶望的な気分から一転、今なら空も飛べそうだ。 やっぱり、日頃の行いを神様は見ているらしい。 昨日、蜘蛛を逃がしたしな。 そんな昔話あったよね。 頭の中が幸せ気分で飽和していて、どうでもいい事すら今の幸せに繋がっている気がする。 ああ、僕は幸せだ! そんな幸せ気分を、出来たばかりの恋人と分かち合おうと抱き締めようとしたら、ルルーシュの口からとんでも無い言葉が飛び出てきた。 「あぁ、話が少し逸れた。そういう訳で、明日から彼女と登下校するから」 「………………?」 「だから、朝迎えに来なくていいからな」 「………?!」 「朝ゆっくり出来るからって遅刻するなよ」 「ッ?!ちょっと待って!」 おかしい。この会話の流れはどう考えてもおかしい。 出来たての恋人同士が交わす会話じゃ無いぞこれは! 「…お前、本当に今日おかしいぞ?」 「いや、おかしいのはどう考えてもルルーシュでしょ!」 「はぁ?」 「出来たての恋人を差し置いて、何で他の女の話なんかしてるの?!」 「…はぁ?」 呆れ果てた顔でこちらを一瞥される。 いやいやいや、寧ろ呆れるのはこっちだからね。 いつの間にそんな節操の無い人間に成り果ててしまったんだ。 「…スザク。悪いが言っている意味が分からない」 「え?だから、」 「恋人が出来たから、恋人と登下校する。っていうだけの話なんだけどな?」 わかるか?と、幼い子に確認するように聞かれて、僕は重大な勘違いに気付いた。 「…さっき僕、君に好きって言ったよね…?」 「?あぁ、そうだな」 「君はそれに何て…?」 「?俺もって、」 「だよね?!」 やっぱり、都合の良い幻聴なんかじゃ無い。 と、いうことは。 「俺はスザクを親友だと思ってるからな」 改めて言うと照れるな。なんて、少し恥ずかしそうにしているルルーシュは可愛い。めちゃくちゃ可愛い。 だがしかし。 これで、噛み合わない理由がわかった。 「ルルーシュ…ッ、違うんだ!」 「え、違うのか」 少しショックを受けた顔をするルルーシュも可愛い。 いや、そうじゃない。 「や、違うっていうか…!違う訳じゃないんだけど…ッ!」 「…なんだスザク。ハッキリ言え」 ルルーシュは段々要領を得ない会話に苛立ってきているみたいだった。 秀麗な眉が少しずつ顰めれていく。 そんな顔も当然綺麗だけど、不興を買いたい訳じゃ無い。 焦った僕は勢いのまま口を滑らせてしまった。 「僕は君を抱きたいんだ!」 しまった。と、思った時には既に遅かった。 スマートさの欠片も無い不躾な言い回しだ。 かと言って口に出してしまった物を今更訂正も出来ない。 ルルーシュは僕のその言葉に一瞬眼を見開いて、次に僕の顔を覗き込んで、真面目な顔をして言った。 「スザク」 「え…、ぁ、」 「スザクには理解しにくいかも知れないが、一般的に友人同士はセックスはしないものなんだ」 「あ、いや、」 「まぁ、スザクにはスザクの考えがあるだろうし、俺はそれを否定はしないけどな」 「え…っ、と」 「ただ、その考え方は一般と隔たりがあるから他で言うのは気を付けろよ」 僕の台詞も相当だったけど、それ以上にあんまりなルルーシュの解釈に、言うべき言葉が見付からない。 ルルーシュには、僕がそう見えていたって事だろうか。 確かに、特定の女性と長く付き合うタイプでは無い僕の周りには女友達も多くて、友人と彼女の境目が曖昧ではあったかもしれないけど、だからって、 「違うよルルーシュッ!!」 またもや突然大きな声を出した僕に、驚いたルルーシュの肩が揺れる。 その薄い肩を両手で掴んで、今まで生きてきた中で一番真摯に語りかけた。 「僕は君が好きなんだ!」 「だから、俺も、」 「そうじゃなくて!愛してるんだよ!」 「?俺もだぞ?」 「…親愛的な意味じゃないよ?」 「???」 ここまで言っても一切伝わっている様子は無い。 何でなんだ。 「君とキスをしたいし、抱きたいし、君を独占したい」 「だから、スザク。友人同士ではセックスは、」 「君が好きなんだ」 「…スザク」 良い募る僕の言葉に戸惑うように眸を揺らしたルルーシュに、やっと僕の気持ちが通じてくれたのかと安堵した次の瞬間、僕は本日何度目かの絶望を感じた。 「スザク、それは勘違いだ」 「は…?」 「『好き』にも色々な種類があるだろう?」 「え、」 「お前の言ってるのは、『友情の好き』、なんだよ」 殊更ゆっくり優し気に子供に言い聞かすように語られる内容は、その口調とは反対に残酷だ。 「いや、だから、ルルーシュ、」 どうしたらこの酷い誤解を解く事が出来るのか、僕の頭では思い付かない。 そんな言葉を選び兼ねて言い淀む僕を見て、ルルーシュは優しくにっこり笑いかけて続けた。 「お前は、ちょっと早熟すぎて一般的な間隔からかけ離れてしまったのかもしれないな」 「………」 「まぁ、あまり気にしなくて良い。俺はそれでお前を誤解したりしないし」 「………」 「ただ、女性にまでそんな感じで接すると、取り返しのつかない誤解に発展する可能性がある。気を付けろよ」 取り返しのつかない誤解なら、今まさに現在進行中だ。 でも、それを伝えた所できっとまた悟されるように言葉を重ねられるだけだろう事は、今までのやり取りから容易に想像出来る。 僕はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。 ◇ 黙りこくってしまった僕をどう思ったのか、ルルーシュはそれ以上何か言う事は無かった。 いつの間にか道端で話し込んでしまっていたはずだったけど、ふと気付けばもうルルーシュの家の前まで来ていた。 どうやら思考に没頭しすぎていたみたいだ。 「…スザク、じゃあな」 「うん」 挨拶をして、自宅の門を開けて入っていくルルーシュを見送る。 バタンと、重い音がして玄関のドアがしまった。 それを確認して、その場に座り込む。 なんて事だ。 明日からは、ルルーシュを迎えに来る事も送る事も出来ないなんて。 誤解をどうやって解けばいいのか見当もつかないし、真剣に愛を伝えてもまともに受け取ってもらえ無い。 やっぱり日頃の行いを、神様はお見通しなのかもしれない。 なんて、帰り道に幸せな気持ちで思った事を今度は絶望を感じながら思い返す。 そういえば昨日助けた蜘蛛は夜蜘蛛だったかもしれない。 夜蜘蛛は殺さなきゃいけなかったんだっけ。 なんて、 そんな軽い現実逃避すら僕を途方に暮れさせるだけだった。 end ← 決定的に噛み合わない二人が書きたかったのでした。 |