俺はそれに対する望む答えを弟に希望している。それでも弟がそれを察してくれない事も理解している。こう云う所は本當に鈍く疎い。
だから尚更茶化すように棒読みで云うのだ。そして弟の答えは大体判っている。

「誕生日おめでとう。僕も愛してるよ、兄さん」



―――ほらな?









くぐもり熱を帯びた甘い声が自分の真下から絶え間なく漏れる。
無様にも組み敷かれ、そんな甘い声を漏らしているのが実の弟だと云うのだから、殊更に笑いたくもなる。
くつくつと笑いたいのを堪えて緩やかで不規則な律動を続ける。
俺を煽るようにワイシャツの隙間から微かに覗く、朱に熟れ尖った乳首を舌先で弄り甘噛みする。弟は此処を弄られるのが好きだ。
既に喘ぎ漏れる声を手で抑える事さえ出来なくなったらしい弟は「兄さん、」と少し批難する様な言葉と共に、遠慮なく甘く高い声を上げた。

「それ、い、やぁ…ッぁんん、」
「ん、こっちも触って欲しいか?雪男?」
「ひうっ!?や…ッ」

一度乳首から口を離し、指先で弟―――雪男のペニスを指で軽く弾く。反応して軽く震える弟の躰。
思わず意地悪っぽく笑むと、雪男は涙を湛えた瞳で首を緩々と横に振った。白い頬が紅潮している。形の良い口の端から唾液が垂れている。
苦しそうに張り詰め、透明な先走りをしとどに垂らす雪男自身のペニス。それを触ってやりたい―――と、そう思わない事もないが、残念ながらそうして高めてやる事も必要無かった。
それ位に自分との爛れ歪んだこの行為に雪男は慣れてしまっていた。自分も雪男の気持ちが良い所を熟知している。
こうして微かに与えられた快楽に仰け反れば更に胸の突起が強調される。吸って欲しいと求めるようにさえ見える。そしてその乳首を食めば感応するように後孔を収縮させる。
細やかなその反応が、俺を更に煽っている事を雪男は気付いているのだろうか。

「なぁ、そろそろ限界なんだけど」
「はぁ、あ…っうぁ…う、ん……ッ」

躰を弄られてる快感に反応して頷いたのか、思考の末に了承したのかは判らない。ただ息荒く頷く雪男のそれを承諾と受け取る。
胸から口を離して改めて雪男の躰を見る。矢張り自分より少しだけ大きい躰をしていると思う。しかし肩を竦めている所為か実際よりも小さく見える。
汗ばむ首筋から足の付根へと、掌でなぞれば求め吸い付くような肌をしていた。辿る指の動きに合わせて雪男もまた躰をビクりと震わせた。これには思わず笑みが零れる。
其の儘、雪男の両の膝裏に手を回し、両脚を更に高く抱え上げて胸へと押し付ける。
ただ"己が受け入れるのが楽なように"と雪男が脚を曲げていた時とは違う。この様に腰を上げさせると、白濁交じりの蜜を垂らして俺を受け入れている雪男の後孔が見えて酷く淫猥だった。
女では無いのだから愛液ではないのは判っている。これは俺の唾液とカウパー、そしてローション代わりに使っている互いの精液だ。
抽挿させる度にぐちゅりと絶え間無く卑猥な音がする。

「イイ恰好。エロい」
「や……こ、の…ッく、ぅあ…!?」

羞恥故か顔を歪めた雪男を気にせず、儘に己の昂ぶりを弟の直腸内で激しく律動させる。
互いの荒い息と、雪男の甘い声、深い抽挿での肌と肌のぶつかる音。それさえ掻き消すような卑猥な水音に紛れて、カチリと機械的な音がした。
快楽と苦痛から無意識に逃げようとする弟の腰を両手で押さえ、前立腺を抉りながら自分自身を高めるように、容赦なく激しく抽挿し肌を打ち付ける。
悲鳴にも似た嬌声。

「ッはあ…!ぅあ、ひああ!ッんあ!?ああああ――――…ッ!!」
「イ、くッ…ゆ、き――――…ッ!!」

声にならぬ声と共に達した雪男の一層強い締め付けに合わせるように、数秒遅れでどくどくと数度に分けて雪男の腸内に自分の精が放たれていく。
呼吸や痙攣をするような動きをする雪男のアナルと腸壁。
一滴の精さえ逃さないように、窄まる襞に絡め取られるように雪男の中へと更に自身の残りの精が搾られるのを感じる。

「はー…きもちい……」
「ッはぁ、あ…はぁ、あッ…、ま、だ……にいさ、あ、あつ……」
「お前が搾るように締め付けるからだろ…、もう、ちょい出る……」

一瞬にも永遠にも感じる自身の熱の迸り。此の儘一体となって蕩けてしまいそうな感覚。
荒い呼吸を整えようともせずに雪男の躰へと緩やかに倒れると、まだ余韻で殊更敏感らしい雪男は俺の息が耳元にかかるだけで喘ぎ呻いた。
下腹部から腰にかけて放たれた弟の粘着質な白濁とした精液を指で掬う。それを見せ付けるように舐めてやると微かに弟の心音が乱れたのが判る。更に掬い指で態と肌を辿り乳首へと這わせれば雪男の躰が小さく跳ねた。
そんな細やかで微かな弟の甘さにまた如何しようも無く煽られそそられる。
キスをしようとすると手で阻まれた。それに軽くお預けを食らった気分になりつつ儘に時計を見ると日が変わっていた。
先程の機械音はこれだ。日付が変わり12月27日を告げた音。

「16歳の誕生日おめでとう雪男。愛してるぜ?」

整える息に紛れさせて俺は溜息を吐いた。



******



―――オリオン座、こいぬ座、しし座……駄目だ。見えない……

眼鏡の無いぼやけた視界でカーテンの閉まっていない窓の外を見る。カーテンを閉めようにも兄―――燐が上に乗って眠っている為に動きづらかった。
三度目の情交で意識を飛ばしてしまったのは他ならぬ雪男だった。ふと意識を取り戻すと時計は3時を指していた。せめて抜いてから寝てくれと思うが今更感が否めない。この行為に対して雪男は被害者ぶるつもりは微塵も無い。
口内に残る兄の精と外気の乾きで粘着質な唾を飲み込むと、咽喉が渇いている欲求が強くなった。
頭を少し掲げてベッドサイドのミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。口内を生温い水が満たし咽喉が潤されていく。

頭と秘部がじくじくと甘い痛みと倦怠感に支配されている。
疲弊に微睡んでいる。だからうわ言の様に少しだけ時を遡ろうと思う。



二学期も終え、学校は既に授業はなく、塾も此の時期になると帰省組がいる故に落ち着いてしまう。塾生にも盆と正月位には流石に固定された休みがある。
朝食だけは確り作ってから寝直した兄を後目に、雪男の朝はまず定期検査に行く―――これは燐は知らない事だ。戻ってから自習をして時間を見て兄を叩き起こした。兄は兄で訓練があり、雪男は雪男で任務が入っていた。
思いの外延びた任務を終えて、僕が帰宅したのが19時頃。夕食を摂り、軽く勉強や書類を作成して互いに風呂に入って部屋に戻ったのが22時頃である。

「なあ雪男。セックスしようぜ」

風呂上りの僕を後ろから徐に抱き締め、身も蓋もなく耳元で囁いてきた燐に雪男は溜息を吐いた。下世話乍らも屈託無く人懐っこい笑みをしているのが声音で判る。

「……兄さん、昨日もしただろ」
「昨日は昨日。今日は今日。で、明日は明日な」
「相変わらず意味が判らな……ッ!?」

そう答えながらも胸に滑り込んできた指に躰が反応してしまったのは、兄の指が外気で冷えていたからか。それとも行為に対する慣れからか。
実の所、この戯れは修道院時代からしている行為だった。回数も多くは無く本當に戯れのようだった。修道院の頃は最初こそ罵倒し嫌がったものの、"一種の理解"をしてからは為すが儘に雪男は燐を受け入れていた。
ただ、雪男には個人的な制約があり、兄も如何やら譲りたくない何かがあるらしい。
個人的な制約と云うのは雪男自身が自分自身の性器を巧く触れぬ事である。一種の性嫌悪症だ。
幼い頃は修道院外のトイレに行く事さえ苦痛だった。清められている修道院内とは違い、外の手洗い場は何処か陰鬱で魍魎などの低級悪魔が多く視えて僕は怯えて泣いた。
泣きながら悪魔が視える以外のその恐怖を父にカミングアウトした僕に、これは生まれながらに燐から魔障を受けていた事も一因だろうと、父は僕の頭を優しく撫でて苦笑した。
今となってはそんな事で怯えはしないが、幼くして悪魔が視えた故の恐怖が相俟って未だに治らない。
不思議な事に兄の性器を触るのは平気なのにも関わらず、兄に、他人に、自分でさえも自分自身の性器を触られると云うのには恐怖を感じた。
それでも兄との行為を続ける内に大分改善されたと思う。それでも苦手なものは苦手で、矢張りなるべく触られたくは無い。
故に雪男は『なるべく僕自身に触らないで』と云う制約を燐に与えた。燐は考えた末に『ならワセリンとか使わせるのをやめろ』と雪男に云ってきた。

―――雪男の中に余計な液体とか入れたくねぇんだよ

潤滑油を使わず、丹念に入念に僕の後孔を舌と指で慣らしていく兄に面倒臭くないかと訊いた答えがこうだった。
こうしてその一つの制約から、今では互いに条件を一つずつ出しては互いに一つずつ呑んでいく形式が生まれた。

―――この時点で既に男としてのイニシアチブは取られてるよな……

燐の固い髪を優しく撫でながら雪男は微かに苦笑した。
雪男は兄との性行為が極端に二分するならば嫌いではない。がっつかれて散々嬲られるのも一週間に3、4回もあれば好い加減慣れた。しかしそれだけだ。
力が覚醒してからの兄の性欲は確実に増していると雪男は思う。兄の精を自分以外が受け入れるのは端的に云えば無理なのだ。
他者と躰の関係を結んだ事は自身の性質故に無いが、兄が自分の体内に精を吐き出すとピリッと、何処か静電気にも似た感覚が躰を走る。
これは兄が覚醒する前には無かった感覚だった。そして兄の精液の濃さ。これも怪我の治り同様何度致しても薄くならず衰えない。これも身をもって知っていた。
これは矢張り兄が人間ではなく悪魔だから―――なのだろうか。と雪男は思う。

つまりこれは男として或る意味不能である雪男と、手近な間柄で性関係をもつ事が適わない燐との互いの性欲処理である。

そしてこれを雪男は自分自身に与えられた使命だとも思っていた。そう考えると自分の莫迦みたいな性嫌悪症も立場的に兄の役に立っていると思える。
兄も薄々理解しているであろうに、それでも燐は雪男に愛を囁き恋人のように接する。雪男も燐との行為が機械的なものだと理解しつつも、燐を愛しく思うのには変わらない。
修道院時代と今とではもう雪男からも変化させた事がある。

雪男は燐の力が覚醒してから、キスだけはさせなかった。

これは互いに出した条件には入っていない。燐がキスをしようとすると雪男はただ頑なに拒んだ。
まさに暗黙の了解である。せめてキス位は兄の本當に好きな相手の為に取っておいてあげたいと云うのが雪男の本心だった。兄だってキス位は、それ位ならば赦されて良い筈だ、と。
雪男の本心は知らずとも、雪男がキスを嫌がる事は燐も好い加減理解している。
ボトルのキャップを閉めベッドサイドに戻し躰全体を蒲団に預ける。スプリングマットレスが僅かに軋んだ。

―――「16歳の誕生日おめでとう雪男。愛してるぜ?」

―――「誕生日おめでとう。僕も愛してるよ、兄さん」

燐は隠し事が苦手だ。巧く隠したつもりでも生まれて此の方―――今となっては毎日部屋を共にし、始終一緒に居る雪男には何となく判ってしまう。
例えば先程は尻尾が項垂れていた、とか。そんな些細な事でふと気付く。
だからこそ雪男は判らなかった。



兄が僕の答えの何に対して不満なのか判らない。





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ニアリーイコール(中篇)





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