「お前、相変わらず真直ぐに歪んでんなぁ」

何が如何してこうなったのかと雪男は本日何度目かの溜息を吐いた。



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黄昏刻。先日消費した聖水や聖油を補充しに雪男は祓魔屋へ行き、その帰りに鮮やかなピンクに金メッシュの露出狂の女―――もとい霧隠シュラに捕まり、既に小一時間になる。
シュラはシュラで丁度燐の修行が終えた所らしかった。流石にこの時期はコートを羽織り、薄手の膝掛けをマフラー代わりにしていた。
そして雪男は其の儘シュラに強制連行され、今現在コンビニにて雪男が手にする籠にシュラは缶チューハイやらビールやらをさくさく放り投げている。

「真直ぐなのか歪んでいるのかどっちですか……」
「グダグダ考えるとハゲるぞ。ビリー。で、何か祝ってもらったのか?」

猫の様にニヤニヤと嗤うシュラに、雪男は視線を逸らして頷いた。
シュラは祝い事に固執しない。それはシュラの生い立ちにもよるのだろう。詳しくは話そうとしない為、雪男も聞かないでいるが雪男と違ってシュラは馬鹿騒ぎが出来る祝い事は寧ろ望む所らしい。
京都組の三人からは塾を共にした明陀の皆の写メ数枚が雪男の許に届いた。本文には感謝の意が簡潔丁寧に書かれていた。
件名は三人の連名であり、差出人が志摩廉造なのが彼等らしい。
寒椿やら雪景色の京の風景写真は恐らく勝呂竜士であろう。引き攣る笑みで猫を抱く子猫丸を満面の笑みで抱く志摩柔造。これは確実に志摩廉造であろうし、半纏を着た志摩金造に飛び蹴りをかまされる廉造の写真は、恐らく三輪子猫丸が廉造にやり返したに違いない。
呆れ顔の宝生家の面々や不浄王の一件で面識を得た人々も、背景にさり気無く写っており雪男には微笑ましかった。
そのメールの数分後に同じく志摩廉造から個人的にメールが届いた。

『年が明けて塾が始まったら誕生日祝いに今度は俺が頭撫でてたります。覚悟しといてください』

一瞬何の事か判らなかったが、記憶を辿り理解した所で思わず雪男は失笑した。物を貰うのは苦手だと云う雪男の意を汲んだらしい。
それを知っているにも関わらず、毎年自分の名に因んだ小物を送ってくるのが彼の金髪の兄だった。雪男は彼に祓魔塾時代からやたら弟の様に可愛がれ構われていた。

「金造さん、今年は雪結晶のピアスでしたよ」
「アイツ本當に意外にマメだな。そして使い所がわからねぇ。名前に因むならいっそスノーマン……」
「それは去年ピンバッチで頂きました」

シュラの切り返しを制するように雪男も淡々と切り返す。金造はまさに"贈る"と云うよりも"送る"なのである。雪モチーフの物を見ると雪男を思い出すらしく彼から貰う実用的ではない小物は多い。
雪男もそんなに頂いても困ると、そう云ってはあるのだが「送りたいから送るんや。ゆきが要らんくて捨てたけりゃ捨て」とそれは良い笑顔で云われて諦めた。残念ながら好意を安易に捨てられる事など出来る性分では無い。
一度仕返しとばかりにフェルト生地でのファンシーなヒヨコのヘアピンを送った所、満面の笑みで装着した写メが届き、その後電話で二時間程のマシンガントークを受けた事がある。
こんな事ならば一層参考書や聖書でも送れば良かったと後悔したのは云うまでも無い。

「神木さんからお祝いのメールが届いたのは意外でした」
「にゃはは。燐にも届いてたぞ。おめでとうって短文でデコレーションがすげぇヤツ。おっと、おつまみ〜」

会計に向かおうとしたシュラが踵を返す。またも溜息を吐きそうなのを飲み込み大人しくつまみを選ぶシュラを待った。
シュラは選ぶのは手早いのだが、今の雪男は片手に聖水諸々を持っていた。そのもう片手に結構な量のアルコール飲料を持たされているのだから流石に重い。
早々に戻ってきた彼女は数種類のつまみをぞんざいに放り込み、雪男から籠を引っ手繰って会計へと向かった。雪男自身も荷を持ち直す。

「そういや杜山は?花系統なのは判るけどな。アイツがお前の誕生日忘れるとは思えねぇぞ」
「梅柄の名刺入れを頂きました。兄の分もありますよ。兄もいつか使えると良いんですがね」
「兄、ねぇ……っと、うわッ!寒う!!」

会計を終えたシュラが率先して扉を開けて外へと出たのに続いて外に出る。外は疾うに暗くなっていた。
シュラの何か含んだ様な言い草を普段の雪男ならば流す所だっただろう。ただその声音にふと雪男の脳裏に昨晩の不満そうな燐の姿が過ぎったのだ。
風に大きく揺れたシュラの後ろ髪を雪男は見詰めた。



シュラは燐と雪男の関係を知る数少ない人物の一人だった。
燐から云った訳でも雪男から云った訳でもない。雪男の検査結果の違和感から自ずと辿ったのだ。
検査結果の違和感とは簡潔に云えば不正である。
しかし正確には不正とは云い難い。燐から体内に精を受けた時の魔障の平均数値を差し引いているだけなのである。

―――ま、悪魔の血をひくのは珍しくはねぇけど。そら魔神の血じゃ性的関係は難しいわな

事実関係をシュラが知ったのは初冬辺りだった。
健全な男としてこんな無様な行為を甘受している事を、いつも通り茶化されるかと思いきや意外にも普通で、寧ろ労わるように云われて雪男は逆に面食らった覚えがある。
暫し考えるようにしていたシュラが矢張り猫のように嗤って「ま、巧くやれよ」と云ってきたのに対し淡々と肯定した覚えがある。

「おい、雪男」
「え……?」

突然シュラがコンビニの袋を漁り雪男へと何かやんわり投げてきた。雪男が素直に受け取るとカラフルなフルーツののど飴だった。
察するに先程つまみを選んでいた時にさり気無く手に取ったらしい。

「お前な、すこーしだけ咽喉嗄れてんぞ」
「……そうですか。外気が乾いている所為ですかね。有難う御座います」
「あのにゃー?お盛んなのは良いけどな。もー少し自分も労われや」
「その言葉は其の儘お返ししますよ。貴女ももう少し躰を労わってアルコールを控えたら如何です?」

それに対して「酒は百薬の長だっつーの」とニヤリと笑うのだから、この女性相手に嫌味を云おうが喧嘩を売り買いしようが、結局負けるのだと雪男は思い知らされる。
暖簾に腕押し。豆腐に鎹。糠に釘。雪男からすればそう云った類の言葉が頗る似合うのが霧隠シュラと云う女性だ。

「そもそも僕は合意の上で受け入れているんですからそんなに―――」
「にゃはは。そんな和姦があるかよ。貧困に喘ぐ諸外国でもねぇし、陰間でも男娼でもゲイでもねぇのに女や小姓みてぇに脚おっぴろげて、実の兄相手に突っ込まれて快楽に喘ぐんだろー?なー?雪ちゃーん?」
「うるせぇな。此処にあるっつってんだろ」

シュラのあけすけな言葉を脳は理解していても、思わず雪男の口調が荒れてしまう。
荒れるのは無論行為自体を恥ずかしい事だと分類し、結局のところ自覚し意識しているからである。
そもそもこう云う事柄に対してズケズケと土足で踏み込むような台詞を云える事が、雪男からすれば彼女が苦手な理由の一部の訳なのであるが。

「あのなぁ、ビビリメガネ。お前がそう思っているだけかもしれないぜ?」
「……合意ではないと云いたいんですか?」
「そうじゃねぇよ。あー…いや、そうかもなぁー……今の儘でアイツを想うならお前はもっと被害者ぶるべきだ」
「はぁ……どんなミュンヒハウゼン症候群だ。全く意味が判らない」

もったいぶるように歯切れの悪いシュラに雪男は自分自身の苛立ちが増すのを感じる。
その苛立ちを抑えるように雪男は白い息を吐いて眼鏡を指で直すと、気付けば旧男子寮の直ぐ近く迄来ていたのに気付く。時計を見れば19時前だった。

「お前の場合は燐に魔神の血が流れているから自分が受け入れるしかねーって云う思考がおかしいんだよ。性観念がぶっ飛んでる」
「合理的な折衷案だと云ってくれませんか」
「にゃははは!!あのなぁ。燐がお前を最初に抱いた頃は、自分が魔神の血が流れてるっつー事を燐自身は知らなかった訳だろが」
「あ……そ、れは―――」
「燐はよー。自分の気持ちに真直ぐで歪みねぇだろ」

兄はまともに学校に通ってもおらず友人らしき友人がおらず、また女の影もなかった。
性嫌悪と多忙故か歳の割に雪男には性欲はあまり無かった。しかし燐は違う。
歳相応の情欲を発散するには。得た性の知識を、性的好奇心を向ける相手は限られているのだと、そう燐を雪男は割り切っていた。

「幾らお年頃だからつったって燐はゲイでもねーし、発散するだけならオナればいい。好きな相手でもなけりゃ毎度男相手にこんな事しねーわな」

そう云ってシュラは立ち止まり雪男の手にあるのど飴を突付いた。思わず雪男は黙り込む。
ふと灯りのついている旧男子寮を見上げる。
つまり……僕に如何しろと云うのか―――そう雪男は云いたいのだが、咽喉が熱く、思考が追い付かず頭が重い。端的に云えば混乱している。



「アタシは似たような事を前にも云った筈だぜ?自分の気持ち位は素直になれってな」



そう不敵に笑った後、言葉も出ず茫然と立ち尽くしている雪男にシュラは「女にエスコートさせるもんじゃねーぞ」と矢張り猫のように独特な笑みで、手をひらひらと振って雪男の目の前から軽やかに足を逆方向に運ばせた。
少し遠くに離れたシュラが、何か思い出したように軽く雪男へと振り向き雪男の名を呼んだ。
旧男子寮から漏れる光に照らされている雪男に、相変わらず悪戯っぽくニヤリと笑い一言だけ付け加えた。



―――ハッピーバースディ。それのお返しは三倍でよろしく





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ニアリーイコール(後篇)





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