勝呂の部屋のベッド上で、あられも無い姿にて体液に塗れつつ、情事後の疲労と暑さと熱さにバテている志摩に勝呂は軽く扇子で顔を煽いでやる。

――明日明後日はエッチしとうないんで今日ならええですよ、多少無理したっても、

明日は体育も塾で実技もありまへんし――情事前に志摩は相変わらず飄々と笑いながらそう勝呂に云った。
少しでは無く大分無理をさせてしまったかもしれない、と、勝呂は煽ぎつつ反省するが、志摩が本気で嫌がる素振りを全く見せなかった故にこの有様である。
勝呂はジーンズに上半身は裸と云う出で立ちで、志摩は自身の躰より幾分か大き目のYシャツを申し訳ない程度に躰に纏っていた。 何度目かの絶頂を迎え、意識を失い掛けた志摩に勝呂が自分のYシャツを無理矢理着せたのだった。
志摩の服は精液や汗に塗れており、夏風邪を懸念して勝呂は自分のYシャツを着せた。つまり下心故に着せたのでは無いのだが、意識を失ってから半刻も経たず意識を薄ら取り戻した志摩が軽く身動ぎ「これが彼シャツっちゅうもんですかねぇ」と少し掠れた声で気恥ずかしそうに笑った為、そう云う状況なのだと気付くとつい勝呂も意識をして仕舞い、また劣情に襲われる。
肩からずり落ちている大き目のシャツ、白い肌に残るまだ朱を保っている鬱血痕、潤んだ瞳にはまだ熱が籠っており、柔和な顔や柔らかな桃色の髪には湿度が高い故か勝呂の精がまだ乾かず残っている。勝呂を何度か受け入れた志摩の秘部からも、受け入れ切れなかった精液が太腿やシーツを汚していた。
頭を軽く上げてベッド横に置いていたペットボトルのミネラルウォーターを手に取り、少しずつ口に水を含み喉を潤す様に飲んでいた志摩に、煽られた様に勝呂が志摩の手首を掴むとペットボトル奪い、扇子と共に机上に置いて軽く口付けた。

「んん…はぁ…坊…まだ足らへんですか?」
「……志摩」
「なんでっしゃろ?」
「お前、明後日誕生日やったな」
「そんなんよう憶えてますねぇ…ほんま変態やな…」

口付け後、横たわり嬉しそうに微笑んで答えた志摩が勝呂に両腕を伸ばす。勝呂は志摩に付着した体液で自身が汚れるのを覚悟に、志摩を少しベッドから上半身を起こさせて優しく抱き締めた。
勝呂の首許に志摩が顔を埋め「坊の髪は硬いわぁ」と擽ったそうに笑った。

「お前、何か…欲しいもんあるか?」
「ん?何がです?」
「……誕生日に決まっとるやろ…」
「特に無いですわ」

少し恥ずかしいのか吐き捨てる様に云った勝呂の声に対して、志摩は勝呂の首許から顔を離すと視線を絡め、少し間を置いて可笑しそうに首を窄めると目を細めて苦笑した。

「坊が居るだけで。それだけでええです」

勝呂は溜息を吐くと「お前な」と呆れた様に呟き志摩を再度押し倒す。志摩は倒された反動に軽く呻いた。バランスを崩して開いた志摩の脚へと勝呂の指が這いびくりと躰を震わせた。
自身の躰を這う勝呂の指のくすぐったさと快楽に、志摩の躰は何度も小さく跳ね、艶のある甘い吐息を不規則に漏らす。蕾を勝呂が人差し指と中指で開くと志摩の体内に収まっていた白く濁った精液がごぷりと溢れシーツに滲みを作っていく。
志摩は恥ずかしそうに肩を窄めつつ、左手で首許付近のシーツを、右手で着させられたシャツの裾を握り締めて喘いだ。

「んんん…見ない…でぇ…う…あ…ぃ、やあ…ぁっ…ん」
「ドスケベやな」
「ん、あ…んんっ…坊、そこ、やっあ、ぁ…ふあああ…!」

嫌だと云いつつも今宵繰り返された行為に慣れた志摩の躰は、蕾に指を当てただけでも求めるようにひくついた。志摩の腹部に溜まっている精液を軽く指に絡め、最初から指を二本ゆっくり挿入するとするりと体内に埋まっていく。
浅く深く指の挿入を繰り返し、前立腺を探し当てて押すと一際高く大きな声が志摩の口から漏れ、志摩の陰茎も疾うに屹立し始めていた。
勝呂は指を抜くと舌打ちをした。名残惜しげに収縮する志摩の秘部、艶を帯びた声。紅潮させた顔を自分の肩に埋めるように右に背け、シャツを握っていた手はいつの間にか唇へと――右手の甲で声を出さぬよう押さえている。
勝呂は目の前の痴態に煽られ、屹立し先走りを流す自身を儘にと志摩に押し入れた。志摩は少し苦しそうに左手でシーツを固く握り締めて上半身を揺れるように捩り勝呂を受け入れていく。総てが収まりきり乱れる呼吸を整えようとする志摩と勝呂の視線が交差する。志摩が薄く涙目で微笑んだ。

余裕が無かったのだ。勝呂は気付けなかった。仕方無い、そんな余裕は無かったのだから。
涙ぐみながら微笑んだ志摩が、体内の圧迫感や熱や苦痛とは違う何かを耐えるような瞳をしていた事に。




Winter in July





抗えない"時"が、一歩一歩確実に忍び寄ってくる。
抗えない"死"が、一歩一歩確実に忍び寄ってくる。

否応無しに毎年訪れ諦観すべき以外に敵わない"それ"に――まだ志摩は慣れないでいる。





志摩が薄らと目を醒ますと見慣れた自室であった。着ている黒の上下スウェットはサイズからして明らかに志摩の物では無かった。
点燈する携帯電話を視認し躰を起こそうと動いた瞬間、軋む躰に思わず顔を顰める。倦怠感や躰の痛みだけでなく少し発熱もしている様である。
情事後に勝呂に助けれつつ何とかシャワーを浴びた記憶迄はあったが、その後の記憶が無い。如何やら結局疲労で寝てしまったのだろう。と云う事は勝呂が自室迄送ってくれた事になる。
申し訳ない気持ちと有難い気持ちが交感して思わず失笑が漏れる。点燈する携帯電話を手に取るとメール着信二件の文字と六時三十八分を示す液晶画面が目に入った。血圧が低く、寝汚い自分にしては珍しい時間だと志摩は思う。
メールの受信ボックスを開くと"志摩柔造"と"志摩金造"の二人の兄の名が出ていた。先に次兄のメールを開く。

――明日誕生日やったな。今日から明後日まで、俺も金造も出張所に泊り込みや。やから一日早いけど、誕生日おめでとう。廉造も16になるんやな。早いもんや。

年が十歳程離れている所為だろうか。まるで父親みたいな確りした簡潔な文面に苦笑してしまう。次の差出人の名前に溜息を吐き、渋々と五歳上の兄からのものを開いた。

――歳くったなwwwざまあwwwww

志摩は年の近い方の兄のメール内容を想定の範囲内だと云った体で眺めた。何か添付画像がある様だが受信せずにメールごと無言で削除する。志摩は其の儘ベッドの上で脚を躰に寄せて体育座りをすると、次期頭首である兄へと片手で携帯ボタンを打つ。

――わざわざありがとう、柔兄。仕事、無理せんといてな。

送信完了画面を確認した志摩は嬉しそうに笑うと画面をスライドさせて閉じ、ベッド横に携帯電話を置くと膝を抱え込んだ。其の儘、膝の上に顎を乗せて丸く蹲ると小さな声で何かを呟き、顔を埋めた。
物心ついてから、記憶にある限り志摩はあまり祝ってもらった記憶が無い。そもそも格別誕生日を祝って欲しいと懇願する様な事も無かった気がする。
貧乏だった幼い頃も、明陀が聖十字騎士團に所属した後も、常に志摩家は両親も兄も姉も皆多忙であった。
志摩家次期頭首の兄柔造や、次期座主である勝呂は無論大事にされている。殊に勝呂は格が違う。三輪家若頭首である子猫丸も両親がいない事もあり何かにつれ可愛がられていた気もする。
しかし廉造は志摩家の末弟である。志摩家からすれば自分は家や明陀に何か不幸が生じた時の最終的なスペアみたいなものであろう。少なくとも志摩はそう思っていた。
家族から構われない多少の寂しさは無論あった気もするのだが、勝呂や子猫丸を羨んだり妬んだりした事は無かった。
貧乏であった事にあまり不満は無かった。明陀の世襲制にも別に不満も無かった。当然、明陀の閉鎖的なシステムにも物心ついた頃には疾うに慣れていた。
志摩は埋めていた顔を上げる。他人の匂いがする服を嗅いで「坊の匂いやわ」とくすっと笑った。

「学校と塾行く用意せんとなぁ…って、うあー腰痛ぁ……」

志摩は軽く背伸びをして呻くとベッドから起き上がり、鈍く痛む腰を押さえながら箪笥へと向かった。



******



「駄目や、やっぱよう判らん…」

一日を終え、自室に戻った志摩は躰の痛みも忘れた様に、扉に背を凭れつつ深く溜息を吐く。
いつもの荷物が腕の中に納まっていたが、普段と違うのは他に自分に宛てられた三つのギフトが志摩の腕の中の荷の一部にある事だった。



倦怠感に耐えつつ無事に学校も塾の授業も終えた。
現状態の志摩からすれば有難い事に明日は塾が休みであった。
流石に疲労と昨晩の情事による倦怠感で塾の授業が終わった瞬間机に突っ伏して休息を求めたが、明日が休みと思うだけで大分気は楽になる。宝は既に居らず、勝呂は授業後、鞄と教材を片手に奥村雪男に何か訊きに行っており既に不在である。子猫丸も手洗いへと出ており比較的静かだった。
ふと落ち着いた高めの声が志摩の名を呼んだのに気付き、志摩は顔を上げた。同じ祓魔塾生の神木出雲が何処か不服そうな顔で小さな紙袋を二つ手に持ち近付いてきた。
珍しい事もあるものだと、疲れを隠しいつも通りの笑顔を湛えて志摩は思わず頚を傾げた。

「これあげるわ。誕生日おめでとう。片方は朴から」
「へ?」
「だってあの子、五月蝿いんだもの」

思わず頓狂な声を出した志摩だったが、出雲は紙袋を志摩に押し付けると該当する人物を視線だけで示した。出雲の視線の先を追うと明るい髪の和服の少女が視界に入る。杜山しえみが隣で眠っている奥村燐を起こしている所だった。
燐が起きたのを確認するとしえみは信玄袋を両手で優しく持ち、志摩と出雲の方へと柔和な笑みを湛えて歩いてきた。

「志摩くん、明日誕生日だよね」
「え、あ、そうやけど…なんで杜山さんが知っとるの?」
「あのね、前に朴さんがね、塾を辞めた時にお誕生日の話になったの」
「朴の誕生日は五月なのよ。朴ったら"多分一番先にお姉さんになったのに、そんな私が一番先に辞めちゃうとか御免ね"とか云って」

出雲が少し眉を顰めて呆れた様に溜息を吐いたが、紡いだ言葉は呆れた中に何処か朴を思い遣る様な声音だった。親友が塾を辞めた事に対してはもう吹っ切れているみたいである。

「私ね、学校も行っていないし全然皆の事知らないから少しは知ろうと思って。取り敢えず誕生日から」
「ええと思うよ。有難う杜山さん、出雲ちゃんもほんまおおきに。朴さんにもよろしゅう云ってくらはる?」
「当然よ。あたしのは気にしなくて良いけど朴には御礼しなさいよ、手は大事にね」

出雲は最後に志摩に謎の言葉を吐くと、荷物を持って早々に教室を出て行った。
しえみが柔らかく笑いつつ信玄袋から可愛らしくレースやリボンで梱包された匣をおずおずと差し出してきた。志摩は嬉しそうに礼を云いつつ受け取った。
燐も荷物をやっと目が冴えたのか、欠伸をしながらしえみの横へと来ると感嘆の声を漏らした。

「しえみ、お前全員の誕生日憶えたのか?すげえな」
「全員じゃないけど、志摩くんは『なよっとした志摩くん』って憶えたの」
「へ?」
「ん?まあ、慥かになよっとしてっけど」

燐の台詞に志摩は頬杖をついて燐の脇腹辺りを軽くつつく。子猫丸が教室に入ってくるのに気付くと志摩は苦笑しながら軽く手を振った。
子猫丸は珍しい面子に首を傾げ、伺う様に輪の中に入る。

「燐、違うよ。志摩くんの誕生日、七月四日だから。"なよ"っとした志摩くん」
「杜山さん…酷いわ……」
「ぶふっ!しえみ、その憶え方はちょっと酷いんじゃねえの?」
「奥村くんは普通に酷いわ……」

志摩がわざとらしく溜息を吐き、しえみは不思議そうに燐と志摩を交互に見ていたが、暫くして自分の云った意味に気付いたのか慌てて志摩に謝った。

「ご、ごめんなさい…そう云うつもりじゃなくて…」
「強ち間違ってなくて僕はそれでええと思いますけど」
「子猫さんまで…まあ、ええですけど」

溜息を吐く志摩に子猫丸が少しだけ声を出して笑うと、燐は思い出したかの様に子猫丸を呼び止めた。如何やらクロと遊ぶ予定があるらしい。
しえみも庭の手入れを思い出したらしく、慌てて二人に付いて行ったが、再度志摩に向かって申し訳無さそうに謝った。

「志摩くん、ごめんね…」
「ええよええよ、此方こそ誕生日祝ってくれて有難う。中身何かよう判らんけど大切にするわ」
「きっと似合うよ。お誕生日おめでとう」

目を細めて微笑んだ志摩に安心したのか、しえみは打って変わって嬉しそうに微笑み小さく手を振って急ぎ足で教室を出て行った。

「じゃあ、俺は祝いに明日弁当作ってやるよ」
「奥村くん、料理上手なん?」
「雪男の弁当も俺が作っているからな。志摩、明日は購買行かずに自分の教室で待ってろよ!行くぞ子猫丸ー」
「それじゃ僕は寮が一緒ですから当日にでも。考えときますね」
「そんな気にせんでええですって」

困った様に、しかし嬉しそうに笑う志摩に燐は荷物を持っていない方の手を軽く上げ、子猫丸は会釈をして志摩の視界から消えて行った。
残された志摩も荷を纏めてゆっくり立ち上がると、昨晩の行為に一日の疲労、更に長時間座っていた所為か大分躰が軋んだ。
志摩は軽く呻きつつ躰を解す。自室に戻ればベッドがある。今日は早く寝てしまおうと志摩は思った。
扉の前で一度立ち止まり教室を見渡す。既に勝呂は荷を纏めて此処から立ち去っている。志摩はそれを確認するとくすりと一瞬失笑して誰もいない教室を出る。
塾の廊下を歩きつつ、荷物を両手から片手に持ち直すと一点に纏められ腕に掛けられた重力に連動するかのに様に背骨が軋み、思わず志摩は呻き声を上げた。

「志摩くん…?大丈夫ですか」
「え、若先生」

声の持ち主を確認しようと志摩が振り向くと、心配そうに駆け寄ってくる奥村雪男がいた。誰もいないと思って油断をしていた志摩は、思わず苦笑して片手をだらしなく振る。

「大丈夫ですえ。若先生こそどないしたん?」
「板書案を教室に忘れてしまいまして…凄いですね、もしかしてそれ全部誕生日プレゼントですか」
「そうですー杜山さんが気ぃ遣ってくれはって…って、よう俺の誕生日知ってはりましたね。しかし若先生が云うと嫌味にしか聞こえへんわ…」
「これでも一応教師ですから」

志摩の対応に安心したのか雪男は目を細めて微笑んだ。
雪男は志摩の体調がまだ心配なのか、歩調を合わせて暫し無言で志摩の左側を歩いていたが、ふと伺う様に志摩に声を掛ける。

「嬉しいですか」
「そりゃあ勿論嬉しいですよ」
「なら良いんです。……僕は最近…こう云う行事がどうも駄目で…」

その言葉に思わず志摩が足を止めると雪男も立ち止まった。
雪男は何処と無く悲し気に見え、見てはならないものを見た気がして志摩は思わず視線を逸らす。

「若先生はモッテモテやから」
「違います」
「それに加えてツンデレやから」
「違います」

志摩の悪戯めいた口調を片っ端から跳ね除ける雪男の声に普段の覇気が無い。

「同じ様に生まれるのに、親を選べない故に望まれずに生まれ、疎まれて生きる理不尽さを甘受せねばならない子供もいると思うと――」

言葉に詰まったのか雪男は口を噤む。独り言の様な雪男の言葉に志摩は雪男の顔を見れずにいた。何故雪男が自分にそんな話をするのかは志摩には計り知れない事ではあったが、云っている意味は志摩にも十二分に理解できた。
暫しの沈黙が流れる。重い空気から逃れる様に、志摩は左手で雪男の袖を軽く数回引っ張り「先生、」とあやす様な声で微かに呼んだ。すると雪男は我に返った様に片手で眼鏡を直して気まずそうに苦笑した。

「すみません。明日誕生日の方に話す様な事じゃないですね…本當に駄目だな」
「気にせんでええですよ。しかし考えとう無いなら、もうもっと多忙でおるしか無いんやないですかねぇ」
「はい……?」
「"奥村先生"はいつも忙しそうやけど。忙しいて漢字は、"心を亡くす"って書くやないですか。ならもっと沢山心を亡くすしか無いんやないですかね」

志摩がそう云って袖を持った儘に苦笑すると、少し間を置いて雪男は右手で志摩の頭を優しく叩いた。予想外の対応に志摩は手を離し怪訝そうに雪男を伺うと、雪男は志摩の頭に手を置いた儘、首を傾げて困惑した表情で志摩を見ていた。

「志摩くん…君は理解力があるのかないのか…勉強も確りやってくれればな…」
「ああ、いつもの若先生やわぁ。俺は別にそんな期待されとらんからええんですー」
「じゃあ僕からは今のがプレゼントって事で。嬉しいですか?」
「うえええー…何か微妙やわぁ…そして寧ろ無難に物やない処に吃驚やわ…」

そう云いつつも嬉しそうに笑い歩を進めだした志摩に合わせる様に、雪男は失笑しつつ同じく横を歩く。

「形に残るのは貰うと困るでしょう」
「そんなん考えた事も無かったですわ。若先生考えすぎやて」

分岐点に来た所で雪男は立ち止まり「僕は此方で会議があるので」と頭を軽く志摩に下げた。
志摩も飄々と笑い頷きながら袂を分かれ様と歩き出したが、雪男が名を呼び止めたので志摩は振り向いて応じた。申し訳無さそうな顔で雪男が微笑んでいる。

「本當に顔色が良く無いですから養生してくださいね。先程はすみません。明日が良い一日になると良いですね」
「あははは…まあまあ。有難う御座います。先生もあんま溜め込まんといてくださいね。はらはらしますわ」

控え目に可笑しそうに笑う志摩を見て、矢張り申し訳無さそうに会釈した雪男が踵を返して廊下を歩いていく。今度こそ志摩は一人帰路につき、外に出ると空は朱に染まり夕暮れの呈を示していた。
大分時間が経っていたのだと其処で気付き、志摩は少し足早に寮の自室へと歩を進めた。



自室に入り扉を閉めた瞬間、志摩の顔から笑みが消えた。
一日の疲れがどっとした押し寄せて扉に凭れて深く溜息を吐く――そう、これが今の志摩の状態だった。
志摩は腕の中にある荷物を総て机上に置くと、携帯電話と音楽プレイヤーの充電残量を確認し、携帯電話はプレゼントと共にベッドに持って行く。壁を背にしてベッドの上に左足を立膝にして座り込むと、両手を置いて左頬を手に乗せて瞳を閉じた。

――同じ様に生まれ
――望まれずに生まれ
――生きる理不尽さを甘受せねばならない

あの同い年ながらに大人びたの教師の独り言のみたいな言葉を思い出す。
おおよそでは在るが志摩には彼が云わなかった言葉の続きが判っていた。


――何が「おめでとう」なのか判らない


それは既に志摩が朝方、兄にメールを送信した後に呟いた言葉だった。

何がおめでとうなんやろ――と。




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Winter in July(後篇)





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