【2023年 4月15日】


 あれから葬式とか、まあ、色々済ませて。僕と薫は結婚した。

 そして、兵部の命日から一年後の丁度今日。僕達の子が生まれた。
 名前を決めるのには時間がかかった。最初、いっそ「京介」にするなんていう案もあったけれど、やっぱりやめた。彼から名を貰わずに、普通にそこらのありふれた、でも一生懸命考えて考え尽くした名をつけた。
 僕の中で兵部京介はただ一人だから。彼の名を冠した者なんて、居てはならない。あの、頭のおかしくなった兵部と、元々頭のおかしいあの兵部、彼らだけが僕はいい。彼らという彼だけを、僕は一生兵部京介と呼び続けたい。

 一年前のこの日に死んだ、兵部京介。彼は何を思って僕の傍に居たのか。何を思って、彼のままに息を引き取ったのか。尋ねる間もなく、彼はこの世から去ってしまった。
 もしあの世があるとすれば、彼はそこで何をしているのだろう。資料で見た、昔の戦友たちと楽しく暮らしているのだろうか。それとも、こちらの世界の様子を遠くからのんびり気ままに眺めているのだろうか。そして偶に、僕達のことも透明の瞳でじっ、と見つめているのだろうか。

 まあ、そんなもの、僕も死んでみなくては分からない。

 だから、待っていて欲しい。僕がこの人生でやらなくてはならないこと、やっておきたいこと、全部済ませたら、きっとそちらへ行くから。僕の疑問にちゃんと答えて、久しぶりに皆本光一と兵部京介という人間だけで話してみたい。きっと少ししたら薫も来るから、そうしたら二人で彼女の話を一緒にゆっくり聞くのもいいと思う。
 ああ、それはなんて素敵な死後だろう。そんな世界が、あったらの話だけれども。無いのならば、僕はこの様々の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたようなモヤっとした感情を抱えて永遠に死んでいく事になる。それはそれで、悪くないから別にいい。

 さて、これでこの日記を書くことは最後になるだろう。もう書くことは書き尽くしたし、兵部もとうに死んでしまっている。僕は二度と彼について何かを記す気は無い。
 となると、これはどうしようか。何処か、そうだ、僕の机の中にでも入れておこうか。火事や災害なんかが起こらない限り、きっといつか彼女が遺品整理の時に見つけてくれる。誰にも話してこなかった、僕と彼の秘密の遺書を、老いて皺の付いた指で、そっと、優しくこっそり暴いてくれる。

 それは僕と彼が再び出会うまでの旅立ちに相応しい、酷く綺麗な最後の手向けだろうと思えた。





back






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -