【些細な抵抗の結末】
そこは、暗かった。辺りをどれほど見回しても自分の手のひらすら見えやしない。それほどまでにも暗闇が深過ぎる、一縷の光も差し込まない空間。
そう、だからなまえは自分の体の状況ですら全く把握できていなかった。ただ、どれほどに腕足を動かしてみようとしても少しの反応すら返って来ていないのは、分かる。現在が最悪の状態である可能性が高いと言う認識も、出来ている。
どうしてこうなったのだったか。なまえは考える。そして、すぐに思い当たった。確か、彼は自分をふいに抱き締めようとしてきて。それをなまえは照れくささからほんの少し押しのけた。それが覚えている限りでは一番最後の記憶。彼の全てを諦めたような顔がなまえの目にイヤに焼き付いていた。
という事は、恐らくこの状況は彼によって作られた物なのだろう。自分の自由を奪って視界も奪って。なまえはあまりにも容易く解を導き出す。何という事だ。ため息をついた。
「あ、起きた?」
何もすることが無いからと物思いに耽っていたら、ついぞ声が聞こえた。
「朝食持ってきたから、食べようか」
ああ、やっぱり彼の声だ。穏やかでいて、何処か安定感と安心感を与える落ち着いた声音。自分の好きな人の、声。
「ん」
口元に何かを当てられたので、大人しく開いた。なまえの口へ恐らくスプーンで、ぬめり気のある液体が流し込まれる。
「シチューだよ、美味しい?」
「うん」
確かに美味しかったので、大人しく頷く。なまえは彼の手料理が好きだった。素朴で、どことなく懐かしい味がする。
「なら、もう一口」
「ん」
「美味しい?」
今の彼はどんな顔をしているのだろう。闇に閉ざされたなまえの視界には、こんなに近くに居るのに彼の瞳すら見えやしない。
「うん、ねえ」
「なんだい」
まあ、なら致し方がない。なまえはそれよりも、先程からずっと気になっていたことを聞く事にした。
「私の、腕と足は」
「ああ、ごめん、もう食べちゃった」
そこまでは聞いていない。
「そう……」
「ごめんね、だからもう無いんだ」
「そっか」
まあ、それならばこれもまた仕方がない。彼は自分が死ぬまで面倒見てくれるだろうし、もし途中でそれが叶わなくなったとしても、放り出さずちゃんと始末をつけてくれるだろう。彼は、皆本光一はそういう人だ。
「代わりに、ずっと、離さないから」
そんな変なところで真面目すぎる彼の事が、なまえは好きだ。真面目で少し考え過ぎな所もある、人間味のある彼の事が。
「うん」
だからこの状況も、中々悪くないと思うのだった。
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