【来世】
「……報告を」
一日ぶりに黒い幽霊様の室内。要するに、日常茶飯事だ。
「は、子供所以の理解力が少々難ですが、特に問題は無いかと」
違うと言えば、隣へ佇むこの子供か。催眠の影響か、基本静かなのはありがたい。ここでも五歳児並みのうるささであったら、全くもって使えないところだった。
「ふむ」
「いかが致しましょう」
それでも、子供の面倒はもう見たくない。他とそう変わらずに動かせると分かったのだから、さっさと私の護衛の任を解いて欲しい。
ああ、その前に他に適任が出てくれなければ。次宛てがわれるならばもう少し上の歳の物がいい。子供はもうこりごりだ。
「……他に異常等は無かったか」
「異常と、言いますと?」
異常? 実験から使用に移しても問題無いと先ほど述べた筈なのだが、そういう事では無いのだろうか。
「インプラント手術からの脳への影響だ。身体への問題点は発生しなかったか」
ああ。なるほど、そちらの方か。私とした事が少々失念していた。
「そう、ですね……目の見えが少し良くないようです」
昨夜の事を思い出す。洗濯機の使い方を教えていた時の事だ。光は認識できていたが、色と形はあまり理解できていなかった様子。細かい所だから使用に影響は無いだろう。
「なるほど、ならば次からは透視能力を持ったものを優先的に使っていくか」
「畏まりました」
確かにそちらの方が都合がいいか。特に精密作業を必要とする任務にはコレは付けまい。
「では、最後のテストを済ますか」
「は」
はて、まだ何かあったか。一日過ごせば大体の様子は分かったし、実験を無駄に重ねるよりも、後に不審な点が出た場合にその都度修正した方が効率が良いと思うのだが。まあ、私は黒い幽霊様の御心に従うのみ。
「地下のシェルターでソレを起爆しろ」
そうだった。黒い幽霊様の御心は、私なぞの計り知れない所にあったのだった。
「……は?」
思わず耳を疑った。反射的に後ろを振り返ると、こちらをじっ、と見上げるナマエのソレとまた目が合った。
「テオドール様?」
くりりと丸い、子供らしい目だった。
「しっかり作動するか、影響範囲はどの位か記録し給え。何、代わりは幾らでもある」
確かにそうだ。そもそも後処理の為に考えだした技術だ、それが分からねば何の意味も無い。むしろ、一番重要な事では無いか。
「了解、致しました」
そんな事を忘れるなんて。瞬間的にでも、この方に躊躇う素振りを気取られるなんて。なんて事だ、こんな私にもこの子供へ少々の情が湧いてしまったとでもいうのか。これは、ただの道具だったというのに。
「――――実験終了」
ふむ、威力はそこそこあるようだ。問題無し、と記帳する。これならば、後処理しつつ、自爆することでついでの武器にも使えるかもしれない。
焦げた肉の匂いに包まれた部屋。シェルター。嫌な匂いだ。気分が悪くなる。ふと、その発生源に目が向く。飛び散った眼球の埋まっていたであろう頭蓋のくぼみ。最後に見た瞳の形を、つと思い出す。
「……次は顔でも隠しておこうか」
またこんな事があっては、到底やりきれない。さて、リストに彼女の死亡を記載しなくては。短い命だったな。彼女が次は普通人として裕福な家庭に生まれる事を願おう。少なくとも、私達に出会うことは二度と無いように。
さて、仕事は幾らでも残っている。先ずはここの処理か。ああ、忙しい、忙しい。
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