【目覚め】


 色とりどりに回る空に、いい加減歌仙兼定も目を回しかけていた頃。

「あ」

 目を閉じて、また開いて、閉じて、開いた時。一輪の彼岸花が、彼の目前に生えていた。

「それか」

 人の血を映したような美しさは、審神者の体内を流れていた物を彷彿とさせて。彼に、100年がもう過ぎていた事を気づかせた。

「主」

 会いたかった。とても、会いたかった。

「……主よ」

 だから、分かる。会えたのでは無く、会いたかった、のだ。

「貴方は、本当に死んだのだな」

 なるほど、確かにまた会えた。審神者は約束を破らなかった。姿は変われど、その花は確かに自分が100年も恋い焦がれて焦がれて焦げ付くまでに待った『モノ』だった。

「しかし、残念ながら『モノ』違いだ」

 者と物。人と花。この花は、物だ。審神者と言う、者では無い。
 審神者は死して彼岸へ渡ったのだと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。きっと審神者はまた生まれて、そしてここへ死んできたのだ。そう、そもそもこの世が彼岸だったのだ。皆死してからここへ来た者たちだったの、だ。
 そう考えて見れば、確かに自分も一度死んでいた気がする。歌仙兼定は刀身が行方不明だと、何処かで聞いていた様な気も、する。

「だからさようなら、審神者よ」

 その一言共に、歌仙兼定は刀身に手をかける。血が流れた。目前で泣くように朝の露を零す花弁と同じ色。そのまま力を込めると、細かなヒビと共に背骨が今にも折れん程の衝撃が走る。
 それでも、彼は止めない。彼の目的は、まさにそれだったからだ。刀身さえ折ってしまえば、歌仙兼定の存在は何処かへと消える。それが何処かは分からない。分かるのは、何処か遠く、という事だけ。
 それに恐怖が無いかと言えば、嘘になる。しかし歌仙兼定の再び相まみえたかったのは、審神者という『人』だったのだ。その魂を宿した花ではない。彼の存在する理由はもう、花の露ほども無い。

「人と物とは、随分と違う存在だったのだな」

 それでも、君の心にまた触れられただけで100年待った甲斐はあった。砕ける自分自身を見つめながら、歌仙兼定は100年振りに薄く笑んで、彼岸の土へと溶けてゆく。花は一輪それを見守る。遠い空に暁の星が1つ瞬く、静かな夕暮れの事だった。



「――――ああ、歌仙は、待てませんでしたか」

 それから空の色がまた何度か変わった頃。折れた刀の破片を慈しむように抱く人が居たことを、彼は知らない。





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