*夏目漱石の夢十夜、第一夜のパロ? オマージュ? ちょっと後味悪いし痛い。
【眠り】
本丸の片隅にある一室。審神者の部屋。外はもう夕暮れ。日は陰り、空を覆うのは紫の雲と群青の闇。
「もう、死ぬのか」
薄闇に包まれた部屋の中。歌仙兼定は、行灯に照らされた死の間際にしては生き生きとした顔の審神者に、ふと尋ねた。
「そうですね」
審神者は、やはり生き生きと返答した。その言葉とは到底見合わない、いつもの様にどころか、いつも以上に血色の良い春に染まった桜の花びらのように赤い頬だった。
「どうしても死ぬのか」
審神者は、むしろこれから生まれます、と言われた方が信じやすい容貌をしていた。だから歌仙兼定にはその口から溢れる言葉を到底、信じられなかった。そもそも信じたくもなかったのだが、それは別として。
「そうなります」
しかし、審神者は言うのだ。確かに、死ぬと。今にも死して、この地から去っていくのだと。一枚の布団の上に横たわりながら、彼の望みを切り捨てて断言するのだ。
「僕に何かできることは」
ならば信じる他あるまい。歌仙兼定にそれを否定する事は出来ない。審神者は死ぬ。それだけが現実なのだ。
「傍に居てくれればそれで十分」
それに、他の刀をそれぞれの時空へ還す等、身辺整理、死ぬ準備までしているのだ。ならばきっと、間違いなくそうなのだろう。
「主が死んだ後に僕のやるべき事は」
となると、残される我が身をどうすれば良いのか。歌仙兼定はふと、疑問を感じた。
「では、待っていて」
さて、審神者の息つく間もない返事ですぐにそれは霧散した。そうか。自分は、待てば良いのか。
「待つ、と?」
しかして何を待てばよいのだろうか。この本丸は、審神者とその刀しか入ること敵わぬ場である。虚数空間、とでも言おうか。あると言えばあるし、無いと言えば無い。そんな空間。そこで、一体何を待てと言うのだろう。
「100年貴方が待つ事ができれば、きっとまた会える」
なるほど、審神者をか。
「確証は」
しかし審神者はこれから死ぬのでは無いか。なのにどうやって会うと言うのだろう。
「ある」
疑問に思いこそすれど、歌仙兼定はただの刀。一振りのそれは主の命に応えるだけ。その口が確かだと言うのならば、きっとそれは確かなのだろう。
「ならば待とう」
100年の時を待つことなど、数百の年月を生きた刀剣には造作も無い。
「ありがとう」
だから、君よ。安心して眠るがいい。閉じた目蓋から滑りゆく涙の一滴は、この自分がしかと拭ってみせるから。
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