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01

「ようちびっこ」

 太刀川の声に茅野夜は露骨に面倒くさそうな顔をした。夜の事をちびっこと呼ぶのは太刀川だけだし、何よりその声は夜の中に沁みついている。顔を見なくたって分かる程だ。
 用件だって大体わかる。太刀川が声をかけてくるのは、体を動かしたい時。個人戦のお誘いだ。しかし太刀川は強く、夜はいつも負けてしまう。夜の方が隊員としては先輩にあたるという、多少なりとも持っているプライドがぐずぐずに崩される。
 別に絶対やりたくないとは思わないし、夜だって訓練をしたい時もあるので個人戦には付き合うのだが、今日はそんなに動きたくない気分。隊室でだらだらしようと向かっていた所を捕まってしまったものだから、どう断ろうかと思考を巡らせる。

「今日はパスします!」

 結局何を言っても変わらなそうなのではっきり断る事にした。それでも太刀川はめげずにブースに連れて行こうとする。まあまあとか、いいからとか、何がいいのか夜にはさっぱりだ。だらだら計画は遂行できそうにない。

「迅さんに付き合って貰ってくださいよ」
「あいつ今日居ないんだよ」

 逃げ道を断たれた。迅と太刀川は肩を並べる程強い。夜は迅にも勝った事がない。それは迅の持つサイドエフェクトも関係するかもしれないが、もし迅にサイドエフェクトがなくても、夜は勝てないのではないかと思っていた。太刀川にも迅にも、センスがある。
 第一次大規模侵攻からこっち、ボーダーの名前が知れてから、入隊希望も増えた。地方からスカウトされてくる人も居る。大勢の人間を一度に育てるのは大変だと思うが、その辺りボーダーの仕組みはよく出来ていた。

「勝ったら何奢ってくれます?」

 諦めてついてく事にした。太刀川に引きずられている光景は一部の隊員なら見飽きているかもしれないが、それでも大衆の面前でずるずる引きずられている自分を見られるのは、夜には耐えがたかった。
 要求を飲んでいるのだから対価が欲しい。勝てる自信は正直ないのだけれど、何とはなしに聞いてみた。

「味自慢らーめん」
「俄然やる気でてきた」

 らーめんは好きだ。一人らーめんもしたりする。前に太刀川に話をしたら、その歳で一人らーめんってどうなのと言われたがそんな事は気にしない。好きなものは好きなのだ。
 最初から勝てないと決めつけたら勝てるものも勝てないよね、と夜は頭の中で身勝手に考える。せめていい所まで持っていきたい、と思う。頑張ったら連れていってくれないだろうか。ぜひ奢って貰いたい。

 ブースについて、二人別れて準備をする。夜はメインで弧月を使う。太刀川と同じだ。二刀流では、ないのだけれど。
弧月二刀流とか何なの馬鹿なの、が最初にそのスタイルになった太刀川と一戦交えた時の最初の夜の感想だ。よくそんな器用な真似が出来るものだと思う。
サブでは弾も使う。追尾弾を使う事が多いが、場合によって使い分けたりもしている。今日はいつも通りのトリガーセットだ。

 パネルを操作して、転送された先でトリオン体になった太刀川と向き合う。

「勝てるといいな?」

 太刀川がにやりと笑う。いやらしい、と夜は思う。勝たせてもらう、とか俺が勝つ、ではなくて、勝てるといいな、だ。明らかに挑発されている。
 しかしらーめんがかかっているのだから、夜だって易々と負けてやる心算はない。

「手加減して下さいよ」

 負けじと笑ってやった。言葉は皮肉。こんな事を言っても太刀川が手加減などしない事を、夜は重々分かっている。遊びでやっているわけではないのだ。二人ともそれは弁えている。経緯はどうあれ、舞台に立ったら全力で演じるだけだ。結果はついて来るもの。だから太刀川も夜も、全力を出す。

「旋空弧月」

 十本勝負、最後の一本を太刀川が取る。ボスッと体がベッドに沈むのを、夜は全力で感じた。一息ついてブースを出る。そこには既に太刀川が待っていた。結局夜は太刀川から三本しか取る事が出来なかった。悔しいという感情が心を侵食していく。

「うう……らーめん……」
「そんなに食べたかったのか」

 実際問題、いつものように一人で食べに行けばいいのだが、奢ってもらう、という所がミソだ。やはり他人の金で食べるあれやこれやは美味たるものである。
 項垂れているといつの間にか太刀川が飲み物を買って戻ってきた。

「ほら、これで我慢しとけ」

 夜は差し出された飲み物を素直に受け取り、ストローに口を付けた。甘いそれは、胃腸に染み渡っていいくようで。疲れた気持ちには丁度良かった。
 いつか太刀川に勝つ事が出来る日が来るのだろうか正直な所夜には想像出来なかった。入隊後すぐに、太刀川は実力を発揮してそのまま今に至る。凄いなあ、と思う気持ちに偽りはない。だがいつか勝ってみたいとも思う。
 もっと個人戦も積極的に行った方がいいのだろうか、と夜は考えた。隊に所属していない事から戦闘経験はボーダー隊員歴にしては少ないかもしれない。それこそ迅にでも個人戦の相手をお願いしてはどうか。他の隊員でもいい。太刀川だけでなく色々な人間とやってみて、色々な戦闘パターンの対応力を身につけるのも大切な事だろう。
 そうしたら、太刀川にも勝てるようになるのではないか。いつか太刀川に勝つ妄想をしながら、夜は甘いジュースを体内に循環させていった。


十年後の私へ
 今日はいつものように太刀川さんと個人戦をしました。太刀川さんは本当に強引。でもお世話になってるから文句は言えないよね。まだ勝ち越し出来ていないけれど、いつか絶対勝ってみせるよ。そしたらどんなご褒美を貰おうかな。ご褒美目当てなんてがめついかもしれないけれど、その位の我儘言ったっていいと思うんだ。きっと太刀川さんなら聞いてくれるって。私、頑張ってるよ。これからも、頑張るね。もっともっと強くなって、もう近界民になんて負けないように。皆も見ててくれてるかな。
 貴女は今どこに立ってるんだろう。皆周りに居たらいいな。日常が、平和で満たされていますように。



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