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25.決断するのは

「ごめんね、呼び出して」
「別にいい。予定もなかったし」

 後日、二人はファミレスで会っていた。郁が伏黒に会えないかと連絡したのだ。世間は土曜日。学生は休みである。交流会の訓練で疲れてはいるが、郁に関する事も大事だと今の伏黒は思っている。断る理由はなかった。
 伏黒はブラックコーヒー、郁は紅茶。ドリンクバーだけで居座るのは迷惑かもしれないが、今日だけは許して欲しい。何か食べようという気分ではないのだ。
 伏黒は呼び出された理由に大体予想はついていた。その上で、郁からの言葉を待とうと黙っている。

「ショッピングモールのさ」

 郁がおもむろに口を開く。伏黒は頭を捻る。思っていた話とは違う方向の話題だ。だがひとまず、郁の話を聞く事にする。郁にだって話の順序がある。乱すのは、得策ではないと思った。郁は一度区切って紅茶を一口飲むと、ゆっくり話しだした。

「中に入ってるペットショップで。猫が、居たんだよね。結構大きくて、値段も下がってて」

 売れ残っていた、という事だろう。伏黒は何を返せばいいか分からず、自分も珈コーヒーを口にした。郁が意図するところは何なのか、伏黒にはそれが見えない。飼いたいのか、は質問として間違っている気がした。結局続きを待つしかない。郁はトントンと机を指で小さく叩く。郁は郁で、考えているのだ。どこからどう話そうかと。頭の中はぼんやりとしていて、伏黒を呼び出したはいいものの何をどう伝えればいいか纏まっていない。ふと思い出したのが、先日出会った猫の話だった。伏黒からの反応はないが、郁は淡々と話し出す。

「私は飼えないから見てただけなんだけど」

 無力だなって思ったんだ、そう続けた。それは、郁が幾度となく感じてきた思い。何も出来ない、見ているだけ。自分が居ても場は良くならない、寧ろ逆で。何の為に呪霊が見えるのか、見えたところで何をしろと言うのか。猫にすら手を差し伸べられない郁には、何も出来ない。

「お前はもう飼ってるもんな」
「え?」

 何の事だか分からず首を傾げる郁に、伏黒は「猫」と補足する。そこでようやく、三つ又の猫にたどり着いた。あれは、飼っていると言えるのだろうか。勝手に姿を現して、いつの間にか消える猫。飼っているにしては手に余る。でも、式神というなら飼っているに近しいのだろう。猫と連携をとれるようになれば、視野も広くなるのだろうかと郁は考える。考えて、気の遠くなる話ではないかと思った。五条あたりになら何かアドバイスを求められるかもしれないが、すんなり教えてくれるかも分からない。でも、頼るところは頼っていってもいいのかもしれないとも思っている。
 郁はこれまで、何でも自分で背負おうとしてきた。それが一番簡単だったからだ。しかし今は、考えが違ってきている。高専に通う事で出会った人々のおかげだ。伏黒にも感謝している。

「有難うね」

 ぽろりと、感情が口に出ていた。伏黒は何の事か分からないといった風だ。郁はそれで良かった。自己満足と言われるかもしれないが、伝えておくのは大切だと思ったのだ。

「見に行ってみるか」

 不意に伏黒がそんな事を言う。ショッピングモールに行こうというのだ。郁は二つ返事で同意した。見に行ったところで伏黒も飼えやしない。それでも興味を持ってくれた事が、郁は嬉しかった。
 二人で席を立つ。ドリンクバーは一杯ずつしか飲まなかったが、大目に見てもらいたい。目的を見つけたのなら行動に移したい。時間は有限なのだ。会計を済ませ外に出る。二人並んで歩き出した。目的地はそんなに遠くない。十分ほど歩いたところでもう到着してしまった。郁が先導してペットショップへ。猫のブースには、子猫が二匹元気に遊んでいる。

「……あれ」
「居ないのか?」

 伏黒の言葉に郁は頷く。子猫は居たが郁が見た猫ではなく、値札を見ても生後二か月ほどのようだった。見た目も明らかに小さい。

「あの、この間まで居たもう少し大きい子って」

 郁は店員に聞いていた。店員は「ああ」と笑顔を向ける。昨日買われていきましたよ、と。その言葉を受けて、郁は思わず「良かった」と息を吐いていた。話を聞くと、小さな子供連れの親子にお迎えされたらしい。子供が「この子が良い」と言い張ったそうだ。店員の話を聞いて、郁は安堵する。きっと大切にされるだろうと思った。

「行こうか」

 ひとしきり話を聞いたところで伏黒に声をかける。伏黒にもあの猫を見て貰いたかったと思わくもなかったが、猫の幸せの方が大事だ。

「伏黒くん、あのね」

 街中を少し歩いたところで郁は立ち止まる。夕刻になって、少しずつ人が多くなってきている。それでも郁の言葉は伏黒にしっかりと届いていた。

「いいんじゃないか、お前が決めたなら」

 伏黒の返答に郁は満たされた。大股で伏黒の隣に並ぶ。手と手が触れそうだ。繋ぎたいな。不意に郁はそんな事を思った。だが繋ぐ勇気はない。繋いでくれないかな、とも思った。態と少しだけ触れてみたけれど、それ以上はなかった。


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