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23.手の鳴る方へ

 夕刻。いつもの帰り道での事。郁は久しぶりに高専から自宅までの道のりを伏黒と共にしていた。何となく、気まずい。話したい事はあるはずなのに、お互い何も言い出せずに居た。結果、ただ並んで歩くだけになっている。今の自分たちは周囲からどう見えているだろうと郁は思う。友達、恋人、兄妹。どれも当てはまらない気がした。それは何だか、少しだけ寂しい。

「……足の傷」

 不意に伏黒が口を開く。言おうか迷ったのだが、そんな口ぶりだ。郁の右足には、ふくらはぎの辺りに大きながある。以前、まだ戦えない状態だった郁が無茶をして一人呪霊に立ち向かった時のものだ。郁はそんなに痛みを感じなかったのだが、思ったより深かったらしくまだ完治とまではいっていない。おそらく痕になって残るだろう。

「ああこれ、残りそうだね」

 だから郁は思っている事を素直に答えた。郁としては然程気にしていないのだが、伏黒は顔を顰める。何故そんな顔をするのか、郁には分からない。けれど心配してくれているのは伝わってくる。それは単純に嬉しかった。何を呑気な、と言われるかもしれない。だがこれが郁の性格だ。少なくとも郁の中では、あの無茶のおかげで周囲の環境が大きく動いた。自分の無力さも改めて知った。だから痕が残っていいのだ。痕があれば、忘れないから。

「これはね、私が無力な証なの」

 郁はそう付け加える。伏黒には、思いを知って貰いたかった。誰かと共有したい、でも誰でも良くはない。郁が思いを共有したい一番の人間は、伏黒なのだ。それだけ、伏黒恵という存在が大きくなっている。
 伏黒は郁の言葉から少し間を置いた後「今は違うだろ」と答えた。先日五条と共に任務に行き呪霊を倒した事は伏黒も聞いている。郁は伏黒に近付いたのか、遠ざかったのか。答えてくれる人間は。何処にも居ない。そして伏黒のそれに、郁は首を振る。

「他の呪術師さんの力を借りないと戦えないんだもの、無力である事に変わりはないよ」
「呪霊からも呪力を取り込めるんだろ」
「中々難しいの」

 訓練していたとはいえ、実践はまだ一度のみ。思うように体は動かないし、五条から呪力を分けて貰うイメージは出来ていても、呪霊からとなると話は別。全く出来ないという事ではなくて、無意識に取り込んではいる。いるのだが、まだ難しい。
 三つ又の猫は、相変わらず唐突に郁の前に現れる。けれど気づいたらついて行っている、という事はなくなった。きちんと制御出来ている。郁にとって大きな進歩だ。最初は呪霊を引き寄せる力があるとして高専と関わる事になったが、その見解も若干変わってきている。それもこれも、郁が頑張ったからだ。伏黒を始め事情を知っている人間ならそう思うだろう。だが郁本人は。全て高専で関わった人々のおかげだと思っている。一人のままだったならば、どうなっていたか分からない。郁にとって高専は救いの手だった。その手を取って良かったと、心の底から思う。一生一人で抱え込むには重すぎる性質だ。

「お前は強いな」
「強くなんかないよ」

 伏黒はそんな郁を強いという。だから郁も言い返した。事実だ。どこをとってしても、郁は自分の事を弱いと思う。でも、だからこそ目を背けない。弱くても生きていかなければならないのだ。だから。

「強がってるの。強がるのすらやめてしまったら、何も守れないと思うから」

 郁は真っすぐ前を向いている。迷いなどないような、その視線。伏黒はそれを見て、やっぱり強いじゃないかと思う。少なくとも自分よりは、と。弱い者論争をする気はない。そんな事をしても無意味だし、必要ない。逆にどちらがより強いのかなどという話もしない。強さとは、人それぞれ違うものだ。だから伏黒は代わりに尋ねる。

「守りたい人でも居んの」

 知りたいと思ったのではなく、話の延長だ。でも少し、興味はあった。もしかしたらその人物のおかげで郁は今生きているのかもしれない。それはきっと伏黒の知らない人物なのだろうと思った。伏黒が知っている人間に、郁が守りたいと思う程深く関わっている者は居ないように思えたからだ。

「居るよ。尤もその人は、私が居なくても強いんだけど」

 郁ははっきりと居ると言う。だが誰かまでは言わなかった。伏黒は数秒の間をもって、そうか、と短く相槌を打つ。自分から聞いたのに心に靄がかかるのを感じて、伏黒は何ともいえない気持ちになった。郁と居ると偶に感じる靄。これは一体なんなのか。分からないから見て見ぬふりをしている。郁が守りたいと思う強い人。どんな人なのだろう。伏黒には全く見当もつかなかった。ただ、自分ではないだろうとは思った。そこで、何故自分に当てはめたのかを考える。伏黒は自らの思考についていけなかった。ただ、何となく早く寮に帰ってベッドに身を投げたい気分になる。ちょうど、郁の住む場所の前だ。

「じゃあな、また」
「うん。有難う」

 二人は別れる。伏黒が来た道を戻ってゆく。郁はその背中をずっと見つめていた。段々小さくなっていく伏黒。判別できなくなったところで思わず心の声が漏れた。

「鈍いんだよなあ……」

 それとも郁には興味がないのだろうか。考えると憂鬱になってくる。思いを伝える前に叶わないと言われているようで、郁にはどうにも出来ないでいた。それでも今は、伝えたいと思うのだ。結果がどうであれ、伝える事に意味があると。郁は自分に言い聞かせるように「よし」と一言呟いた。


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