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22.宵闇の

 郁は五条の隣で緊張していた。今までも呪霊の居る場所へ迷い込む事は多々あったが、今日は違う。祓う、その目的で場に立っている。まだ建物の中には足を踏み入れていない。五条からさらりと説明を受ける。

「後ろには僕が居るから、郁は安心してぶっ倒しちゃって」

 そうは言われても、郁は困ってしまう。退院してからの五条との訓練は入院するまでよりも厳しいものだった。組手。他人の呪力を体に流す感覚。それがどうしても郁には掴めなかった。

「郁の場合、呪力は空気中に漂う粒子のようなイメージを持てばいいかもね」

 訓練中、五条は言った。呼吸をするように取り込むのだと。今まで無意識でしていたであろう事なのに、いざやってみろと言われるとどうしてもうまくいかない。呪力を取り込んだとして、体にどんな変化があるのかも分からないのだ。とは言え、呪力の吸収については自覚がないだけでもう出来ている。主な課題はその後だった。認識に、体内を巡らせる。
 訓練は瞑想から入った。地べたに座って五条と向き合い、瞼を閉じてゆっくり深呼吸をする。毎回始まりの一時間はそれに時間を費やした。郁は呪力の事をウイルスのようなものだと思っている。粒子と言われるより具体的で、想像しやすかった。五条に伝えると良い例えだと言われた。要は呪力を物として把握する事が大切なのだ。これは、伏黒や野薔薇といった高専の生徒には当てはまらない考え。郁にとっての呪力は異物であり栄養素でもある。上手く吸収し利用できれば良し、溜まり過ぎればいずれ体を蝕む可能性もある。郁がやらなければいけないのは、まず呪力に耐えうる器を作る事だった。瞑想しながら体の隅々、頭のてっぺんから手、足の指の先まで意識する。近くに居る五条の呪力を分けて貰うのだ。五条たちは元々呪力を持っている。体内を巡るそれを、一番効果的にいただく事が出来るのは相手の体に触れる事だ。そうする事で相手の体内を流れる呪力に直接干渉し、分けてもらう。けれど対象が呪霊となるとそうもいかない。空っぽの状態で触れるのは命に関わりかねない。だからウイルス、空気感染の要領だ。非効率的ではあるが、吸収出来ない事もない。ある程度の呪霊を倒すにはそれに見合った呪力がいる。それをどう集めるかも課題とすべき点だった。
 今は、五条の呪力を拝借出来る。しかし外に出れば、何かあった時に必ず呪術師が近くに居る、なんていう状況ばかりではない。郁が呪霊に対抗する為には、始め十分な呪力を溜められ、それを有効に活用出来るかが重要なのだ。
 呪力を分け与えられるには一定の範囲内に居なければならないらしい。郁を中心として半径一メートル。広くはない。

「集中して。僕の呼吸を聞いて」

 五条は言った。郁は頷く。静かな時間が場を包む。繰り返すうち、何となくだがコツを掴めるようになってきた気がした。
 次に五条の攻撃をひたすら避ける訓練。郁は運動神経は良い方だ。訓練を続けるうち、五条は少しずつ攻撃の速度を上げていったのだが、郁も最終的には問題なく対応する事が出来た。何だかんだ、教え方が上手いのもあるだろう。
 武器を使った訓練を行うようになると、郁はいよいよ自分も呪霊と戦える力を身につけているのだと実感した。しかし五条は忙しい。やらなければいけない事を沢山抱えている。最初のうちこそ五条と訓練していたが、ある程度教わった後は夜蛾や呪骸、時には一人で行う事もあった。それでも真面目な郁は段々と力をつけていった。
 そして今日の任務である。帳が降ろされた。もう逃げる事は出来ない。

「ああ、猫が」
「居るね」

 いつの間にか、郁たちの前を案内するように三つ又の猫が歩いている。猫は郁たち二人の方を振り向き、一度にゃあと鳴いた。どうやらこのまま呪霊の所に連れて行ってくれるらしい。
 郁は既に五条の隣で呼吸をしている。指先まで意識をし、呪力を隅々まで行き渡らせるように。じわりと、足先手先が温かくなってくる感覚がする。充電しているかのように。
 猫が、またにゃあと鳴いて消えた。先に呪霊。図体は大きいが四級だ。五条は郁にも十分祓えると確信している。
 郁は小太刀を構えた。郁の為に用意された呪具だ。数ある呪具の中から小太刀を選んだのは、短刀より長く太刀より短い、その長さが理由だ。色々な呪具を手にしたが、小太刀が一番手に馴染むような気がしたし、距離を詰めすぎても取り過ぎてもいけない郁の戦闘スタイルに合っていた。

「大丈夫、死なないようにサポートするから」
「頼りにしてます」

 郁の言葉に、五条は「それだけ言えれば十分」と親指を立てた。それを尻目に、郁は呪霊をまじまじと見つめる。動きは早くないようだ。初陣に適した相手。よくもまあ都合良くこんな呪霊が居たものだと郁は思うが、呪霊なんてそこらへんに居るものだとすぐに思考を改めた。呪いとは、怖いものだ。
 郁は呪具にも呪力を流し込む。特別製の呪具は、郁の体の一部だ。呪霊は待ってくれない。祓われると思って攻撃をしかけてくる。ただ日々素早い攻撃に慣れ、対応する訓練をしてきた郁にとっては容易く避けられるものだった。やがて呪具にも球吸収した呪力が行き渡ったのを感じ、郁は反撃に出る。一閃。小太刀の長さでは真っ二つには出来ない。だから動きの止まった呪霊の体を足場に飛びあがり、脳天を突き刺した。帳が上がる。郁は勝ったのだ。

「上出来。上手く行き過ぎた程にね」

 息を荒くしながら振り返った郁に、五条はそう言葉をかけた。まだ粗削りなところはあるし敵は四級だったが、郁は確かに一人で呪霊を祓ったのだ。
 戦える。郁は緊張で強張った手を半ば無理矢理動かして、小太刀を鞘に納めた。


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