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19.晴れの憂鬱

「じゃあ私も戦えるんですか」

 あの日、病室で五条が郁に話をした日。あれから伏黒は郁の元を訪れていない。まだ入院をしているようだが、そろそろ退院も近いだろう。検査の結果は何も問題がなかった、と五条から聞いた。ならば怪我さえよくなれば退院出来る筈だ。
 高専。先輩たちとの訓練。真面目に取り組んでいる気ではあるが、どうも郁の顔が頭に浮かぶ。何をこんなに考えているのか。自分の事なのに分からなくて呆れる。伏黒にとって郁はどんな存在なのか。郁は伏黒の事をどう思っているのか。今まで考えようとしなかった。今更考えている事に笑いしか生まれない。だからといって笑う事もないのだけれど。
 休憩。階段に座って一息する。空は青く、高い。いい天気だが、伏黒の心は晴れやか、とはいかなかった。

「何考えてんの」

 声の方を向くと、野薔薇が腕を組んで伏黒の事を睨んでいた。答える気にならず黙っていると、野薔薇は大きく息を吐く。言わずともわかる、そう言うように。

「私は関わってからそんなに期間経ってないけどさ」

 野薔薇は続けた。それでも心配したと。郁の事は友人だと思っている。高専を訪れる理由は軽く説明を聞いたが、そんな事はどうでもいい。自分より関わりが長く深い伏黒は、もっと心配だったのではないのか。伏黒と郁からは、ただの友人では納まらない雰囲気が伝わってきた、と。
 伏黒は「何にもねえよ」と答えるのが精一杯だった。野薔薇の言っている事は理解できる。けれど全てを認める気にはなれない。心配は、した。したのだ。病院へ連れて行った時、このまま郁が目を覚まさないのではないかと、伏黒の心は不安に侵された。その怖さを、伏黒は知っている。痛い程に。だから郁が目を覚ました時は心底ほっとした。不安だった事を知られたくなくて、必死に隠した。それを、野薔薇は感じ取ったようだった。鋭い。野薔薇はそういった節がある。

「言いたくないなら良いけど。一人で抱え込むのも程々にしなさいよ」

 野薔薇は伏黒にそう言うと「ジュース買ってくる!」と校舎の中に入って行った。伏黒はそれをぼうっと眺めていた。野薔薇なりに何かを察したのだろう。直球の言葉は、時に人を救う。伏黒も、誰かに話そうとまではすぐに思う事は出来なかったが、改めて頭の中を整理してみる事にした。交流会は確実に近づいてきている。いつまでも重苦しい空気を作っていては駄目だ。向き合わなければいけない事が沢山ある。郁の事も、その中の一つだ。逃げていた心算はないが、向きあおうとしなかったのも事実。

 郁が呪力を持つ事が出来ると分かったという事は、伏黒にも出来る事があるという事だ。だが伏黒は、出来れば呪術師の世界に郁を引き入れたくない。郁にはただの高校生として生活して貰いたい。それは、難しい事なのだろうか。郁は、このまま呪術師になってしまうのか。
 もしも呪術高専に通うとしたら日々を共にする事になる。伏黒はそれも良いかもしれない、とは思えなかった。郁が呪術師、というのが想像出来ない。泣きそうになっている郁の顔が脳裏に浮かぶ。その後に、病室で希望を見つけて喜んでいる顔が。
 私も戦えるのか、郁は五条にそう言った。郁は戦う気があるのだろうか。実際に戦った事がないからそんな風に言えるのだと思った。郁は、呪霊から逃げる方法は知っていても戦う方法を知らない。今の郁が戦っている場面を、伏黒は想像する事が出来ない。

「おいおい随分辛気くせえ顔してんな」

 今度は真希に声をかけられる伏黒。パンダと狗巻も寄って来る。先輩である三人はおそらく郁の事を知らない。何と説明すればいいのか分からず「何でもないです」と先ほど野薔薇にしたのと同じような返答しか出来なかった。三人共が煮え切らない表情をする。ただ無理に聞き出そうとする様子もなく、伏黒にはそれが有難かった。
 先輩たちは何故呪術師に、聞こうとしてやめた。それぞれ事情があるだろうし、聞いたところで参考には出来ないと判断したのだ。郁の置かれる環境は特殊だ。しかし言うなれば、ここに居る皆が一般的な日常とは違う生活に身を置いているのである。郁は特別だが、特別ではない。伏黒も同じようなものだ。

「……分からない事があるんです。でも単純に俺のエゴかもしれない」

 不意にそんな言葉が口から出ていた。視線は自分の影に向けられている。太陽の日差しが鬱陶しかった。言ったところで、答えが返ってくるのを期待したりはしない。伏黒が何を言っているのかもきっと三人は分かっていない。それ程にぼんやりとした言葉だった。ただ誰かに聞いて貰えればそれで良かった。
 虎杖の事だと思われただろうか、伏黒は考える。虎杖悠仁。少し前、目の前で命の終わりを迎えた級友。良い奴だと思った。一緒に居るのも悪くないと。虎杖が郁と重なる。いつか目の前で、郁が死んでしまう未来も訪れるかもしれない。良い奴ほど居なくなってゆく。伏黒はそれを見つめる事しか出来なくて、見えない傷が溜まっていく。

「エゴはな、突き通せ!」
「しゃけ」

 真希の言葉を狗巻が肯定する。パンダも親指を立てていた。突き通せ、簡単な言葉が刺さる。伏黒は三人の顔を見、そして立ち上がった。まだ上手く整理出来てはいないが、気持ちを切り替える。
 今やるべき事を、一つずつ。


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