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18.一筋

「退屈かもしれない……」

 病院にて。伏黒たちに運ばれた後少ししてから目を覚ました郁は、念の為にと数日入院する事になった。高校の皆は不思議に思っているだろう。急に登校しなくなったのだから。寧ろ現状をどう説明されているのか。入院している、と真実を伝えられているのだろうか。それならば何故と思う生徒も居る筈だ。自分が話のネタになっている事を想像して、郁は憂欝になった。いずれにしても、次高校に行ったら質問攻めにされる事を覚悟しておかねばなるまい。普段関わらない人間でも、関わらないからこそ何かあると話題にされやすい。人は自らの普通に納まらない事を面白がったりするから。
 そんな事をごちゃごちゃと考えてしまうのも他にする事がないからだ。病院とは暇なもの。動こうにも、左腕から伸びる点滴のチューブが邪魔をする。それでも起き上がってみようとする郁だったが、思った以上に身体が軋んで諦めた。所々が痛む。一端に、色んな所を怪我しているらしい。

 ぼうっと外を眺めていたら、急に病室の扉が開いた。その音に視線を移すと、立っていたのは伏黒と野薔薇。来てくれたんだ、と郁が言う前に寄ってきた野薔薇が口を開いた。

「あんた何やってんの。呪術師でもないのにさ、死ぬ気だったの」

 怒る野薔薇に郁は「ごめん」と言葉で謝る。しかしそれが野薔薇を余計怒らせたようだった。伏黒から聞いて心配したんだと野薔薇が捲し立てる。郁は再びごめんと口にした。

「ごめんしか言わないじゃん」
「……ごめん」

 同じ言葉の繰り返し。郁がそれ以上何も言えない事を、野薔薇も察したようだった。そしてはあ、と大きく溜息をつく。納得はしていない様子の野薔薇も、この言い合いからは何も生まれない事に気づいたのだろう。ならば言い合うだけ無駄だ。ただこれだけは言っておかないと、そんな思いで野薔薇はもう一度口を開いた。

「今後はこんな事すんじゃないわよ」

 郁が何も言えず黙っていると「そこは頷け」と念をおされる。その言葉にも鈍い反応しか出来ない郁に、野薔薇はもう一度大きく溜息。話にならないというように手を上げた。野薔薇は、自分にこれ以上何も出来ない事を悟ったのだ。そして、自分よりも自分の隣に居る男の言葉の方が響く事も。

「私、帰るわ」
「ごめんね」

 背を向けた野薔薇に郁がもう一度謝れば「謝んな!」と強く言われてしまった。うん、と小さく頷く。口調は強いが、野薔薇がそれだけ心配しているのだという事が十分すぎる程郁にも伝わって来た。だからこそ謝るしかできなかった。自分は心配されていい人間なんだろうか、野薔薇の人の良さにつけ込んでいやしないか。どうも考えが暗くなっていけない。

「座るぞ」

 野薔薇が病室を後にした所で、残された伏黒は初めて口を開いた。それは郁を責める言葉でも何でもなく、ただの確認で。郁は伏黒に視線を向ける。伏黒も郁を見ていて、でも何考えているのかは郁には分からなかった。伏黒は何も言わない。それが郁を不安にさせた。あの現場から連れ出してくれたのは間違いなく伏黒だろう。まだ礼の一つも言えていない。言わなければ。

「やあ郁ちゃん、随分無理したみたいだね」

 郁の思考と開きかけた口を止めたのは五条だった。いつの間にか病室の扉の傍に立っている。伏黒の視線も五条へ向けられる。どこかほっとしている郁が居た。沈黙は辛い。自分から話題を振る事も出来ないから、余計に辛い。言葉は遮られてしまったが、五条の登場は正直有難かった。

「すみません……」
「いいよいいよ、何事も経験だからね」

 伏黒に話しかける代わりに五条に反応すれば、そんな風に返される。五条は怒っていないらしい。郁はそれが分かって少しだけほっとした。五条だけ纏う空気が違う。大人の余裕だろうか。それも違う気がした。ただ五条が現れた事で、伏黒は明らかに不機嫌になったようで。その証拠に「そういう問題じゃないだろ」と敬語を忘れて五条に突っ込む。

「郁について分かった事がある」

 窓の傍まで歩いてきた五条は、伏黒の言葉を無視してそう告げた。二人の反応は違っている。緊張した面持ちの伏黒に、不思議そうな顔をする郁。

「ずっと調べてきた結果が出たんだ」

 それぞれの表情を目にしながら五条は続ける。その内容は、郁は自分には呪力はないけれど、他人の呪力を自分に流してもらう事によって一時的に呪力を持つ事が出来るというものだった。それは呪霊も対象らしく、今まで生活する上で呪霊の気を吸い取って呪力を得、それ故呪霊が見えるようになる、という悪循環を起こしていたのだという。三つ又の猫は式神に近いものらしい。主人に呪力を持ってもらいたくて呪霊の元へ誘うのだろうという。郁が頑張って高専で実験対象になってくれたおかげで分かったんだよ。五条は話をそう締めくくった。

「じゃあ私も戦えるんですか」
「今の状態じゃ無理だけどね。呪力を流して貰って、扱い方を覚えたら、かな」

 五条の顔は逆行になってよく分からなかったけれど、その言葉には光が見えた気がした。戦える。守られるだけではないのだ。伏黒の迷惑になり続けるだけの荷物ではなく、仲間になれるかもしれないのだ。
 前向きになった郁は、しかし伏黒の表情が見えていなかった。野薔薇が望んだ、伏黒と郁が話す展開にはならなかったのである。何となく空気が軽くなった病室の中、伏黒だけが難しい顔をしていた。


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