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13.感情を豊かに

 あともう一人紹介する。その言葉に郁の心は踊っていた。高校に入学した時も感じなかった感覚だ。高専を訪れる時は不安の方が大きかった。伏黒に再会した事で今では不安も多少は落ち着いたが、無くなってはいない。
 だからこそ、出会いには期待する。他人に会うのが嬉しいなど、いつぶりの感情だろう。そこに関しては高専に通う事になったおかげとも言える。郁は元来、積極的な人間ではないのだ。他人を寄せ付ける人間でもない。親友と呼べるような者もおらず、基本的に、一人。別に不便ではなかったから、気にもしなかった。しかし、今では少し考えが違ってきている。人脈を広げるのは、悪い事ではないと。高専の人間なら、信用もおける。郁のせいで死ぬような事もないだろうと。
 伏黒のおかげで繋がりが広がっていく。郁が持つのは感謝の気持ちだった。

「楽しそうだね」

 郁の心を見透かすように、五条が声をかける。五条でなくとも、郁の機嫌が良いのはまるわかりだ。郁は少しだけ反省する。今から面談なのだ。心を落ちつけなければならない。
 二人は学長室へ。夜蛾が座っている。郁も促されて座った。五条は戸口に背中を預けて立っている。

「猫は居たか」

 夜蛾の言葉に郁は首を横に振る。この所見ていない。三つ又の猫だ。郁にも、どのタイミングで現れるのか分からないのでどうしようもない。
 次の質問は、猫関係なく呪霊を見たか、だった。これには頷く。この二つの質問に関しては、毎回の決まり事のようなものだ。今日は他に何を言われるのだろう。郁は無意識に身構える。

「今日は少し変わった事をする」

 夜蛾は立ち上がった。慌てて郁も立ち上がる。手に自らが作った呪骸を持っている夜蛾。郁は何をするのだろうと首を傾げる。立ちっぱなしで居ると、呪骸を持つように言われた。素直にそれを持つも、何も変わった事は起こらない。それを見て夜蛾は、ふうむと唸った。訳が分からない郁は「あの」とすがるような目で夜蛾を見つめる。

「その呪骸は呪力に反応する。つまり郁には呪力がないって事だね。若しくは今は空っぽ、だとか」

 説明したのは五条だった。自分に呪力がないのは最初から分かっていたではないかと、郁は一層首を傾げる。何の実験を受けているのだろうか。一つ、五条の言う空っぽが引っかかった。一時的に枯渇している、そんな言い回しに聞こえた。呪力とはそういうものなのか。知識が足りなさすぎる。学ぶべきなのではないかと思った。受け身でいるだけでは駄目なのではないかと、そんな自我が郁の中に芽生え始めている。
 その後呪骸を持ったまま話をして、今日の面談もとい実験は終わった。五条について行くと、伏黒と虎杖、それに見た事のない少女と出くわす。五条は、門で待ってるから話しておいでと郁を残して去っていく。今日郁を送るのは五条の役目らしい。

「夏目。さっき言ってた奴。こいつがもう一人」
「ふうん。伏黒の彼女?」

 名乗るより早くそう口にした少女に、違うと突っ込んだのはやはり伏黒だった。何だかデジャヴだなと郁は心の中で笑う。
 それから少女は、釘崎野薔薇だと名乗った。郁も虎杖の時と同じように挨拶をする。伏黒とも虎杖とも違うタイプ。でも他から見ればもう三人は馴染んでいるように見えて、郁は羨ましく思った。自分は、伏黒一人相手でさえもぎこちない時もあるのに、と。この中には入れそうもないなとも思った。元々、立場も違っている。

「高専の生徒ではないのよね?」
「ないね。私に呪力はないらしい? よ」

 先の実験から少し引っかかる言い回しになってしまったが、野薔薇の関心には触れなかったらしい。ふうん、と流された。
 それはとても有難い。如何せん、自分の事だが郁にも把握しきれていないのだ。突っ込んで聞かれても、何も答える事が出来ない。空っぽ。空っぽなのだ。さっきのやり取りではないけれど。
 野薔薇の次の質問は、郁はずっと東京に住んでいるのか、というものだった。郁は一応、と答える。

「まじか、ちょっとお洒落なお店とか紹介してよ」
「ご期待に沿えるかどうかは分からないけれど」

 郁の言葉に、野薔薇は「よっしゃ」と声を上げた。そして高専に通う為に上京してきたのだと教えられる。寂しくないのかと問えば全然、とはっきり否定され、強い人だなと郁は思った。自分は、強いとはお世辞にも言えない人間だから。

「女友達欲しかったのよね」

 そう言う野薔薇に「友達だと思ってくれるの?」と聞けば、私と友達は嫌なのかと更に疑問で返される。そんな事はない。寧ろ大歓迎だ。ただ、関わってしまっても良いのだろうかと思う郁も居る。伏黒には迷惑をかけ通しだと思っている。そのクラスメイトまで巻き込んでしまったら。郁はそれが怖くてたまらない。少し前までは出会いに期待していたくせに。人脈を広げる事を喜んでいた癖に、聞いて呆れる。
 だが野薔薇は、そんな郁の憂鬱を吹き飛ばすように「決まり!」と手を叩いた。
 虎杖が俺も俺もと今更のように会話に入ってくる。

「虎杖はちょっと黙ってて」
「ふふ、虎杖くんも友達、ね」

 伏黒、虎杖、野薔薇。良いトリオだと思う。自分は輪に入るとまではいかないだろうが、偶に端に座るくらいなら許されたりしないか。そうだったら良い、それで十分だから。郁はじゃあまたねと、三人を残して五条の元へ急いだ。

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