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12話 ちぇりー

「出水くん、デートしようよ」

 それはとある何でもない日の何でもない時間。葵は出水に唐突に話しかけた。出水は一瞬何を言われたのか理解できず、困惑の表情を浮かべる。
 葵はデートと言った。まず浮かんだのは何故自分なのだろうという疑問。それは、考えるより早く口から出ていた。

「何で」
「いつ暇?」

 葵はそんな事お構いなしにどんどん話を進めようとする。ついて行けない出水。疑問に答えて貰っていない。だから今度はちゃんと考えて、もう一度はっきり疑問を呈した。

「だから何で」
「ふふふ、偶にはいいじゃないか。クラスメイトとの交流も」

 やっぱり疑問が解決する事はなかった。可笑しそうにする葵が一体何を考えているのか、出水には分からない。葵にとって出水と出かける事はクラスメイトとの交流らしい。それなら、もっと相応しい人間が居るのではないか。どうしてそこに出水が選ばれたのか。

「因みに、二人で?」

 そう聞いたら「そう二人で」と返ってきた。どうやら本当に、デートの心算らしい。葵の中でのデートは、そんなに重い意味もないのかもしれない、と出水は考える。

 葵としてはどう誘ったらいいか考えた上での発言なのだが、出水には伝わっていないようだ。伝えようとも思っていないので、そんなに問題でもないのだが。

「流されてる感あんだけど……」
「流そうとしてるからね」

 葵は心音の高鳴りを悟られないように答える。断られたら仕方ない、諦めよう。そう思っていても期待はしてしまうもので、何だかんだ出水は最終的には頷いてくれるのではないかと葵は思っている。

「友達と行けばいいじゃん」

 言われるだろうと思っていた言葉ナンバーワンが出てきて内心苦笑する葵。中々思い通りにはいかないものだ。でもここで引き下がるわけにはいかない。もう物事は動き出している。

「デートにならないじゃん」
「だとしてもさ」

 出来るだけ、飄々と。なおも食い下がる出水が一体何を考えているか、葵には分からない。今になって急に、少し強引すぎたか、と思ったが時既に遅しだ。
 もうここまで来たら話を進めるしかない。

「出水くんは私が嫌いかい?」
「嫌いなやつとこんな話さねえだろ」

 何気なく言った出水だったが、それは葵を喜ばせるには十分な言葉だった。不安なのだ。自分はどう見えているか、どう思われているか。葵は何も特別なんかじゃない、平凡な十七歳の女子なのだから。

「決まり」
「何で」
「出水くんがいいの」

 そんな会話があった週の土曜日。出水と葵は駅前で待ち合わせをした。出水に任務が入る事もなく、予定通りの朝十時。
 出水がやってくると、もう葵は到着していた。軽く挨拶を交わし並んで歩き出す。待たせたかと聞けば今来た所と返すそのやり取りに、本当にデートのようだと出水は思う。葵としてはその認識で間違っていないのだが、出水の知る所ではない。

「どこ行くの」
「猫カフェ」

 葵の中でプランは決まっているようで、迷わず道を進んで行く。出水が車道側、葵は歩道側。葵の利き手は出水の利き手の隣にある。それは葵にとって近くて遠い距離。出水にしてみたら、何ともいえない緊張感。二人きりなのだ、教室とは違う。

 目的の猫カフェは案外近くにあって、一時間分の料金を払い、中に入る。葵は猫たちに夢中になっていて、出水は設置してあったソファに腰掛けてその様子を見ていた。そうしたら一匹の猫が寄ってきて、そっと撫でてやる。気持ちよさそうにする猫は、何だか葵のようだと出水は思った。

「なあ遠野」
「ん?」

 たっぷり猫たちを堪能した後、二人はカフェで休憩をする。可愛かったね、なんて話す葵はいつになく上機嫌だ。

「……何でも」
「何だね、気になるじゃないか」

 何でおれだったの、とは続ける事が出来なかった。誘われてからずっと抱いていた疑問。何となく聞けなかった疑問。この場ならもしかしたら、と思ったがやはり聞く勇気はなかった。何を答えられても、この場の雰囲気を壊してしまうような気がして。
 でも葵はそんな出水の気持ちを知ってか知らずか茶化すように言うので、救われたような気分に陥る。

「お前は四六時中ふざけてんな」

 褒め言葉だ。真っすぐに伝える事は出来なかった。けれど葵なら乗ってくれるだろうと、出水は思う。

「そうかい? 出水くんが言うならそうなのかも」
「認めるのかよ」

 笑い混じりに言った。雰囲気は教室と一緒。違うのは場所だけ。葵と居るのは苦痛ではない。寧ろ楽しい。葵はどう思っているだろうか。誘ってくれたという事は、それなりに信用してくれているのだろう。
 もしかしたらそのうち米屋との事を相談されれるのではないか、とふと思いもしたが、それは考えないようにする。

「言ったのは出水くんじゃないか」
「なんか……わりい」
「ふふふ、謝るとこじゃないでしょうに」

 上手く言葉が繋がらなくて謝ってしまう出水だが、葵は一切気にした様子はなくて。寧ろ笑いに変えてくれるあたり、有難いと出水は思っている。

「楽しそうだな」
「楽しいよ」

 紅茶を飲みながら葵が答える。どう見ても本心だというのが分かったから、出水も素直に笑う事が出来た。

「楽しかった?」
「楽しかったよ」

 ニュアンスを変えて、もう一度。それにも葵は迷う事なく答えた。せっかく誘ってくれたのに面白くなかったと思わせてしまったら申し訳ない。だから、葵が喜んでくれている事に安堵した。

「なら、いい」

 そう言えば葵は「ふふふ」と笑って紅茶をもう一口。また来ようね、という提案に、出水は「遠野がいいなら」と曖昧に答える。その答えだけで葵は満足で、次は何処に行こうかと思いを巡らせるのだ。

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