花嵐
私の彼氏はボーダーA級五位で広報担当で、人気をひとしおに集めてしかもそれを鼻にかけない完璧人間、嵐山准だ。雑誌を広げれば特集が組まれているしテレビを見ればインタビューを受けている。街を歩けば女性の視線は彼に向けられ、彼はそれに懇切丁寧に応える誠実ぶり。そんな彼が。
「モテないわけがない!」
自室にて。私はうさぎのぬいぐるみをベッドにぶん投げた。ごめんねうさぎさん、君に罪はない。
確か今日は私の誕生日だったはずだ。自分の誕生日を忘れてしまう程まだ落ちぶれてはいない。だというのに何故私は一人でうさぎと遊んでいるのだ。ぬいぐるみと会話出来る少女時代はとうの昔に終えたのに。
准と付き合っているのは内緒。そうして欲しいとボーダーのおじさんに頼まれた。別に独占したいわけではないので了承した。したのだが。
「出来れば誕生日は一緒に過ごしたかったな」
ポツリと呟く。言葉は虚しく宙に消えて行った。
今日は広報のテレビ生放送があるらしく、テレビ画面の中では准がハキハキとインタビューに答えている。私はそれを眺めるだけ。仕方ない、大切な仕事なのだから。仕方ない、のだけれど。気分は何処まで行っても複雑だ。時を忘れて騒げる友人が居れば良いのだろうけど。というか声を掛ければ居ない事はないのだけれど。きっと友人と居ても私は准の事を考えてしまう。そんなの申し訳ない。だから、私は一人うさぎに話しかける奇人に甘んじている。
インタビューは個人的な趣味なんかも突っ込んで聞いていて、それにいちいち答える准に相変わらずだなと思いながらぼうっとテレビを見つめる。
「嵐山さんは、どんな女性が好みなんですか?」
女性記者の質問にイラッとして、この女明日風邪をひけと呪いをかけた。一番聞きたくない質問だ。きっと准は好きになった子がタイプ≠ニかそういう当たり障りのない事をあのさわやかな笑みを崩さないまま言ってのけるのだ。それがデフォルト、いつもと変わらない対応。ちょっぴり私が虚しくなる、応対。
「今、お付き合いしている女性が好みです」
……は? 今この男は何と言った。ほた、会場の皆が固まっているじゃないか画面越しにもわかるぞ。室内温度は確実に何度か下がったであろう。見ている私の部屋の温度は逆。何度か上がった。嫌な上がり方だ。つうっと、冷や汗が滴った気がした。
「え……と……」
質問した女性記者が戸惑っている。お前のせいだろうインフルエンザに罹れ。新型に罹って一週間くらい寝込んでしまえ熱にうなされろ。
それから幾つかの質問があって取材は終わりになったけれど、私はもう何も頭に入ってこなかった。どうしよう、ボーダーの人に怒られる。別れろって言われたらどうしよう。あり得るよなあ、あのおじさんきっと怒ると怖いし。なんていうか、ねちねちぐちぐち言われたら耐えられない。嫌だな嫌だな。負の感情がぐるぐる頭の中を駆け巡る。
誕生日どころではなくなってしまった。猛烈に泣きたい気分だ。
ぐるぐるぐるぐる、どれだけそうしていただろう。インターホンの音が私を現実世界に呼び戻した。気が付けば陽はもう傾きかけている。
「やあ、香菜」
思ってもみなかった時間の経過具合に、誰なのかろくに確認もせず慌ててドアを開けたその先に居たのは、頭の中を占拠していたまさにその人で。
「入ってもいいか」
毎回律儀に許可を取るのだ。拒むはずないのに。
部屋に通して、隣に座るのは気が引けて向かい合って座れば、何故そんなところに座るのだと笑われる。気を引き締めて隣に座りなおしたが居心地は最高に悪い。
「誕生日おめでとう」
そう曇りない笑顔で言われれば、少し気分が軽くなって。それでもテレビを見ていて感じてしまった不安は拭う事が出来なくて。
「有難う」
返事がぎこちなくなってしまったのは仕方がないと思う。そんな様子に気づかないのか、気づかないふりをしているのか分からない准。いや、きっと気づいていないんだろう。だってこんなに、嬉しそうで。何があったのかと、思いはするけれど口にはしない。
「少しでも一緒に居たくて、急いで来たんだ」
嬉しそうな顔のまま、准は私の手を取った
。
「テレビ、見てたんだろう?」
「見た、けど。いいの、あんな」
「根付さんには許可を取ったよ」
とそんな事を言って。そして大切にしたいから≠ニ続けた。それは、私を、ということでいいのだろうか。
「俺からの誕生日プレゼントはあの言葉と」
そうして准は先ほどから握っている私の右手の薬指に、おもむろに指輪を嵌めた。小さな赤い石のついた、指輪。
「左手は、もう少し待ってくれ」
と言葉を添えて。
「誕生石、いいだろ」
そう笑う。
「え、私の誕生石は違うよ?」と問えば、「七月はルビーだろ」と返された。
「俺の誕生日には香菜の誕生石のついたものをプレゼントしてくれると嬉しい」
と。それは、とても素敵な事じゃないだろうか。いつでも傍に居られる、そんな気がして。
「大好き」
私は准に抱き着いた。
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