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カルガラリオル すすむ


 斜め前の席の彼女と、俺は偶に会話をするようになった。会話というには簡素なものかも知れなかったし、話しかけるのはいつも俺からだったけれど。
 昼時の教室。斜め前の席。そこに小野寺は居なかった。

「気になる?」

 空席を見つめていたら、迅が昼食を持って寄ってくる。

「いや。……そうだな」

 曖昧な言葉で返すと、「嵐山らしくないね」と笑われる。小野寺の事が気になっているのは確かだ。しかし何故気になるのかは自分でもよく分からない。周囲の人間の中で彼女は確実に浮いていて。言うなればそれは一種の毒ともとれるような。

「気になるなら探してみたら?」

 迅は言う。きっとこの男には彼女が何処に居るのか視えているのだろうがそこまで教えてくれる気はないらしい。いちいち世話をしていたらキリがないし、その選択は正解だと思う。
 尤も、それでも偶に口を出してしまうのが、迅の良い所でもあり悪い所でもあるのだが。

「行ってみるよ」

そう告げて席を立つ。ひらひらと手を振る迅を目の端に捉え教室を後にした。さて何処から探そうか。中庭か屋上か、はたまた別の場所か。小野寺なら。

「屋上……か」

 なんとなくそんな気がして足を屋上に向ける。一見して居なさそうなそこの隅に、小野寺はやはりひとりで座っていた。

「嵐山くん」

 声をかけたのは彼女からで。

「一緒に食べないか、小野寺」

 弁当箱を片手に掲げる。

「構わないけれど」

 何か言いたそうにしているのに知らないふりをして近くに腰掛ける。そこで自分の弁当を広げ食べ始めれば、彼女も諦めたように箸を進めだした。何の話をするでもない時間が流れていく。

「どうかしたの?」

 またしても声をかけられる側になった。小野寺は割と会話に積極的な方らしい。そんな彼女が何故いつも一人を貫いているのか、気になったが俺が聞いていいものかと臆病な心が邪魔をする。普段の俺らしくない、と思うが、機会があったらでいいだろう、と能天気な自分も居る。

「何がだ?」
「用があったからここまで来たんじゃないの」
「用か……考えてなかったな」

 思ったそのままを声にすれば、質問をした本人は一瞬目を見開き、「嵐山くんは面白いね」とくつくつ笑った。最近、話しているときに稀に見るようになったその表情で。
 ゆっくり昼食をとりすぎた、そろそろ予鈴が鳴るだろうと立ち上がる。しかし彼女は座ったまま動こうとせず。

「行かないのか?」

 ただ遠い空を眺めている彼女の瞳に、やはり俺は映らない。あの日、最初に教室で話した時の小野寺がフラッシュバックする。

「もう少しここに居るよ」
「予鈴、鳴るぞ?」

 それでも彼女は座ったまま。どうしたら目線を合わせる事が出来るだろう。頭の片隅でそんな事を考えながら会話を続ける。

「そうだね」

 何の捻りもない言葉だったが、やっと俺の方を向いて笑った。その笑顔が何故だかとても寂しそうに見えて。放っておけなくなって同じ場所に座りなおす。それと同じくしてチャイムが鳴った。

「予鈴、鳴ったよ?」
「そうだな」

今度は小野寺に問いかけられたので、同じような言葉で返した。

「嵐山くんは授業をさぼるような人じゃないと思ってたけど」
「ああ、初めてだな」
「どうして?」

 至極当然とばかりに質問してくる彼女。だがその質問に対する明確な答えを、今の俺は持っていない。だから一言、「何故だろうな」と答えれば「変なの」と首を傾げられた。
 そうして彼女は立ち上がって背を向ける。

「何か、あったのか?」

 視線から逃げるような彼女に、感じていた若干の違和感の理由を訊ねる。

「嵐山くんには関係ないよ」

 口ごもる事もなくするりとそう返され。

「教えてくれないのか?」

 喉が詰まる感覚に襲われながら口にする。あの教室で初めて話してから多少なりとも会話はしてきたし、クラスの中では仲の良い部類に入る自信はあった。それでも俺はまだ信用されていないという事だろうか。

「私の問題だから」

 視線は相変わらず交わらない。小野寺は人の目を見る事をしない。

「教えてくれ」

 今度は疑問形でなくはっきりと言う。知りたいと、思った。そうしたら彼女は少し悩んで、「面白くないよ」と前置きをして話し始めた。

「今日はね」

 母親が居なくなった日なの。

「……亡くなった、という事か?」
「違う、居なくなったの」
「出て行った?」
「身も蓋もないね」

 元々両親は離婚していて、母親と弟と三人で暮らしていたのだと小野寺は言った。弟は病弱で入院しているらしい。そして三年前の今日、突然母親までも居なくなったのだと。生活費は律儀に振り込まれていて生きているのは分かるが、所在は分からない、そういう内容だった。

「疲れた、とか面倒になった、とかそんなどうでもいい理由じゃないかな。生活費さえあれば生きていけるだろうと思ってるんだろうね。父も母も、私たちの事はきっと好きでも嫌いでもないんだよ。一番身近な存在の親がそうなんだもの、私は誰からも好かれる事なんて出来ないよ」

 そうでしょう? と彼女が初めてこちらを向く。

「それでも、俺は君の事が好きだよ」

 思わずそう口走っていた。彼女はパチパチと瞬きをして、それから目を伏せる。

「そう、有難う」

 それだけを口にして。
 俺はといえば、自分の言葉に驚いて。でも、ああそうか俺は彼女の事が好きなのかと、思い至ってしまえば感情を理解するのはとても簡単な事だった。
 困ったように視線を逸らす彼女。俺は、その隣に並びたいんだ。

「好きだよ」

 もう一度、噛みしめるように口にする。すると彼女は更に眉尻を下げ、「無理だよ」と呟いた。

「私。人を好きになる方法を知らないの」
「それなら俺が教えよう。だから俺に小野寺の事をもっと教えてくれ」

 真っ直ぐに目を見つめる。今度はきちんと、瞳の中に俺が映っている。初めてだ。初めて、目線があった。

「嫌いになるよ」
「話してみないと分からないだろう?」
「嵐山くんは強引な人だね?」

 諦めたようなそんな表情で。それはいつか教室で、落ちてくる空から守って欲しいと言った時のものに似ていた。

「嵐山くんが守ってくれるなら、きっと何も怖くないね」

 脈絡もなくそんな事を言う。落ちてくる空から? 他の何かから?

「そうだな、私の事はまずひとつ話したわけだし、次は嵐山くんの話を聞きたいかな」
「つまらないかも知れないぞ?」
「それでもいいよ」

 話をしよう、と彼女は続けた。話して、知って、それでも好きだというのなら。

「私も、ちゃんと考えるから」

 知らないのなら知る努力をすればいい。そうして人は分かりあえるのだから。幸い俺たちにはまだ時間は沢山ある。
 いつか隣に立っていられるように。

「有難う」

 そう言って笑った。


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