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雨のち雨のち雨


「別れよう」

 そう言われたのは学校帰り。ざあざあと雨が降っている日の事だ。別にショックでも何でもない。元々惰性でだらだら付き合っているようなものだったから。ああそうかと涙も出なかった。
 分かった、そう頷けば、そういう所だよと言われる。どういう所だというのだろう。理解する事が出来なかった。別れたいから別れる、それでいいではないか。気持ちが離れているのならば、強引に引きとめるのはただの迷惑だ。そして、私もそんなに執着していない。
 あっさりしていると言われればそうなのだろう。自覚はある。何に関しても淡泊というか、自分の意思が足りないというか。友人にも言われる。何故そんなに淡々としているのかと。そんな私だから、きっと彼も嫌気が差したのだ。
 雨の中別れを告げた彼は、さよなら、そう最後に口にして帰って行った。彼とは友人の紹介で知り合った中で、他校の生徒だ。用はなくなるし、これから特に会う事もないだろう。雨、雨。何かある時はいつも雨が降っている。きっと私は雨女というやつだ。

「疲れた」

 私は傘を閉じた。空を見上げる。鬱陶しい、そう思っても天気はそんなに軽々と変わってはくれない。もうとことん濡れてしまおう。その方が楽しい気がした。
 対人関係は億劫だ。他人の顔色を伺うなど無駄な事だと思っている。だから私の交友関係は狭い。だからといって深くもない。狭く浅く、そんな感じだ。
 兎も角、明日彼を紹介してくれた友人には謝罪をしなければならないだろう。駄目でした、言葉はそれだけでいい。そうしたらきっと、仕方がないねと呆れられるのだ。

「何してんの」

 かけられた声に振り向けば、そこには見覚えのある顔があった。出水くん、同じクラスの男子生徒だ。交友関係は狭いといっても人間に無頓着なわけでもなくて、一応クラスメイトの顔と名前は頭に入れている。単純な話、その方が日常生活がスムーズだからだ。特に出水くんはボーダーの人間、という事で周りより幾ばくか目立っていたので、すぐに反応する事が出来た。

「何してるように見える」
「雨で遊んでる?」

 何の捻りもない回答だけれど上出来だ。傘を持っているのにささないなんて芸当をしている馬鹿な私。きっと周囲からは浮いた存在に違いない。ここが人通りの少ない道路で良かった。そして、そんな中私と出会ってしまった出水くんに同情する。

「傘、ささねえの」
「こんだけ濡れたら、もうね」

 そう言うと出水くんは、そっか、と一言呟いた。少しの沈黙。出水くんは立ち去る気配がない。だからと言って何か話しかけてもこない。一体何がしたいのだろう、と私は首を傾げる。顔に視線を向ければ、なんだか困っているような顔をしていて。それはそうか、と思う。傘を手に持ったままのずぶ濡れのクラスメイトなど、扱いに困るだろう。

「……おれも傘さすのやめたら、小野寺が何考えてたら分かったりする?」
「やめときなって、多分分からないよ」

 そっか、と二度目の台詞。止めた心算だったのだが、出水くんは徐に自分がさしていた傘を閉じた。雨は相変わらず降っている。弱くもなっていない。出水くんが、濡れてしまう。それは駄目な気がした。
 私は思わず自分の傘をさして、出水くんを雨から守る。それでももう濡れてしまっていて、色素の薄い髪からつうっと雫が流れた。途端、罪悪感が襲ってくる。雨女の私のせいで、出水くんが風邪をひいてしまったらどうしよう。そんな事を考えながら、綺麗だなと思う自分も居た。整った顔は、不思議そうにこちらを見ている。
 どうかしたかと問えば出水くんは薄く笑った。

「自分はずぶ濡れだってのに他人が濡れんのは気にするのな」

 それはそうだろう、と言えば「なんで?」と問い返され、私は何も言えなくなる。何か話題が必要だ、そう判断したけれど、肝心の内容が何も浮かんでこない。普段コミュニケーションをおろそかにしているツケが回ってきてしまった。少し態度を改めなければいけないかもしれない。思ってみても、実行は出来ないのだろう。出来るのならとっくにやっている。
 私の性格は、出来上がってしまっているのだ。ずっとこうして生きてきたのだから、今更変えるなんて。でも、将来社会に出た時に今のままでは。
 未来の事を考えたって仕方ない。なるようになる、そう逃げるしかない。

「悪い、さっき。見てた」

 次に出水くんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。ああそうか、振られた所を見られていたか。惨めだと思っただろうか。何となく、出水くんはそんな事思わないだろうと思った。本人ではないので何故今その話題を持ち出したのかは分からない。でも少なくとも、冷やかしている様子ではなかった。

「小野寺、彼氏居たんだな」
「さっきまで、ね」

 失恋はきつくないかと問われ、そうでもないと思った通りの事を答えた。別に追いかける程好きではなかった。それが、私の彼に対する気持ちの全てだ。引かれるかとも思ったが、言葉を濁す事はしなかった。寧ろ引いてくれたらいいのにと思った。そうしたら、私が間違っていると証明する事が出来る。そうだ、私はきっと、誰かに間違っていると言って欲しいのだ。

「変わってんな」

 変わっている、そうなのだろうか。そうなのだろう。出水くんも割と単刀直入に話をするタイプなのだろうか。出水くんは続けて言った。

「小野寺が普段友達に好かれてる理由が少しだけ分かった気がする」

 その言葉はよく理解する事が出来なかった。私は友人から好かれているのだろうか。嫌われてはいないと思う。嫌いな人間と無理をして付き合う程高校生は暇ではないはずだから。でも好かれているかと問われると、正直自信がない。何を語ったって結局、自分に自信がないのだ。
 それよりも、出水くんに普段の学生生活を見られていると思っていなかった私はそちらの事実の方が頭の中を占めていた。私は目立つ存在じゃない。多分。浮いて見えるのだろうか。そうだとしたら由々しき問題である。私は目立たずひっそりと高校生活を送りたいのだ。

「もっと知りてえかも」
「お、追々?」

 戸惑ってしまったのは条件反射だと思う。これまで生きてきて、こんなに直球で興味を持たれた事なんてない。思わずこれから関わっていくのを約束するような口ぶりになってしまった。
 出水くんは閉じていた自分の傘を開いて、私の頭の上へ。交換、と笑った。そしてじゃあ明日、とあっさり帰っていく。私は何がなんだか、暫くその場に立ち尽くしていた。
 出水くんはボーダーだという事以外はあまり目立つ事のない人間だと思っていた。普通の男子高校生だと。実際、今までの私だったら目に止める事もなかったと思う。でも、関わってしまった。関わってみたらちょっと不思議で、興味を持ってしまった。
 別れたばかりで他の男の子に興味を持つなんて、なんて軽い女なんだろうと思う。でも先ほどまでの出水くんの言動は、私の中の僅かな好奇心を掻き立てた。
 まだまだ止まない、雨。雨。雨。何かある時はいつも雨が降っている。この雨が証明になるだろう。それならば、雨も嫌いではない。
 明日友人に報告する事が増えた。私は出水くんの傘をさして帰路についた。明日何と言って返そう、なんて考えながら。


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