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明日死ぬ事にした


 おれが好きな女の子は、いつも空に近い所に立っている。空に手を伸ばして、笑っている。まるで何も可笑しい事ではないのだと言いたげだけれど、彼女の当然はおれの理解の外にあって。おれはそれが、悔しくてたまらない。何も出来やしないと、お前なんか必要ないのだと言われているようで、実際にそうなのだけれど、声をかけずには居られないのだ。

「私、明日ここから飛び降りて死ぬの」

 夕刻、ボーダー本部の屋上にて。何をしているのかと聞いたおれに、彼女はそう答えた。言葉に似つかわしくない表情で、だからとても印象に残っている。飛び降りる未来も見えなかった。だから口だけなのだと、怒りのような安堵のような感情を持った。それが、一番最初だ。おれと彼女との、始まりの出来事。
 思えばあの時どうして屋上になど行ったのか、それも必然だったのかもしれない。兎に角、それまで無いに等しかったおれと彼女の糸が繋がったのはあの時だった。
 おれは本部へ行くと、屋上に立ち寄るようになった。彼女は居たり居なかったり、でも生きている。そして会えた時には必ず同じことを言うのだ。

「私、明日ここから飛び降りて死ぬの」

 まるで彼女だけ同じ時間をぐるぐる繰り返しているようで、おれはそれに不安感を覚える。彼女が言う明日は、相変わらず見えない。だから居なくなる事に関しては心配していなかった。
 どうして一人の人間にこんなに執着しているのかは、自分でも分からなかった。けれどいつの日か、彼女の事を知りたいと思うようになっていった。人形のような彼女の人間らしい部分を見つけたかった。そうしたら、かける言葉のひとつも思いつくだろうと。
 自己満足に近かったかもしれない。それで良かった。

「お疲れ様」
「迅さん」

 気づけば当たり障りのない会話をするようにまで、おれと彼女の関係は成長していた。今日は何があったとか、明日の予定はどうとか、そんな話をする。明日死ぬと言っている女の子に明日の話をするのはどうなのだろうとも思ったが、どうせ生きているのだ、何の問題もない。
 彼女だって、おれが未来視のサイドエフェクトを持っているのは知っている。飛び降りる気がないのが透けているのも、分かっているはずだった。未来が見える限り、安心して話す事が出来た。サイドエフェクトを持っていて良かったとすら思った。彼女の明日が続いて行くのが、分かるから。
 いつだったか、屋上に行けず期間が空いた事があった。一週間程だったろうか。彼女の事も見なかったが、心配はしていなかった。また屋上に行けば会えるだとうと思っていたから。
 果たして、彼女は本当にそこに居た。

「昨日飛び降りていたら、私の勝ちだったのにね」

 その笑顔が綺麗すぎて、急に不安になった。そして彼女が大切なのだと気が付いたのだ。変わらないものなどない世界で、それでもこの時間は変わらないのだと、そう思った。思って、信じた。変わりませんように、と願った。
近づいた距離はそれだけでは足りなくて、もっともっとと強欲な自分が顔を出す。口にしないのは嫌われたくないからだ。彼女の未来を確かめて、言葉を交わして満足する、そんな日々を過ごしいていた。

「迅さん。明日の私は何してる?」

 空を見上げる彼女は、何でもない事かのように言葉を紡ぐ。夕暮れに染まったその顔はとても美しく見えた。少しだけ、揶揄ってみたくなった。

「おれとデートしてる」

 そう言ったら「嘘」と笑う。望みは少しだけあったのだけれど、思うようにいかないものだ。自分の事となると尚更難しい。
 ここに居るよ、と見えている通りの未来を伝えた。彼女はそっか、と呟いた。何だか寂しげで、おれは違和感を覚えた。

「それは、本当に未来なのかな」

 彼女は続ける。意味を理解する事は、おれには出来なかった。その代わり、未来が少し変わる。彼女は、宙に舞っていた。

「明日、またここで会おう」
「いつもの事じゃない」

 当たり前だと笑う彼女を見て、自分を無理やり納得させる。大丈夫、約束したんだから。

「明日は、飛び降りるのはやめにするわ」

 彼女の言葉を信じる事しかおれには出来ない。でも、言葉が貰えただけで充分だった。言葉は意志だ。明確に口にする事で安心感を得る事が出来る。おれは「また明日」と念を押して、彼女と別れた
 任務をこなしている間、気になるのは彼女の事。気にしすぎなのではないかと笑ってしまう。それ程彼女を想う気持ちが強いのだろう。すんなり認める事が出来て自分でも驚いてしまう。会いたいな、と思った。任務が終わったら、屋上へ行こうと。また他愛ない言葉を交わすのだろうと。
 結果から言うとおれが向かったのは屋上ではなく病院だった。教室のベランダから、彼女が飛び降りたのだと説明を受けた。病室では彼女が独り眠っていて。息をしているのを確認したら溜息がもれた。

「……やめにする、って言ったでしょ」

 そっと彼女の頬を撫でた。反応はない。頭にも腕にも、至る所に包帯が巻かれていた。生きていただけ、良かったのだろうか。否、決してそんな事はない。おれなら、止められたのではないか。可能性に見てみぬふりをしたのは自分なのだ。彼女がこんな事になったのは、おれのせい。

「迅さん?」

 彼女が目を開けた。そしてごめんね、と謝る。謝らなければいけないのはおれなのに。君は何も悪くないよ、そう言おうとしたのに、出て来たのは彼女を責める言葉だった。

「もうやめてよ」

 横になったままの彼女の頬を両手で包む。生きていて欲しい、笑っていて欲しい。言いたい事が沢山ありすぎて、何も言う事が出来なかった。

「……泣いてるの?」
「え?」

 指摘されて初めて、涙を流している事に気が付いた。誰のせいだと、と言えば返ってきたのは「そっか」という悲しげな声。それから暫くして、彼女は言った。

「空が、欲しくなったの。どうしても、堪えられなかった」

 その目にしっかりおれの姿が映っている事を確認して、彼女の額に自分の額を重ねた。その気になれば唇を合せられるような距離、しかし彼女に嫌がる様子はなく。

「その空の代わりに、おれがなるから。だからずっと、傍に居てよ」

 届かない空より、腕を伸ばせば捕まえられるおれの傍に。

「私、面倒だよ」
「知ってる」

 彼女も涙を流す。有難う、と小さく呟いた。今度こそ、大丈夫。明日死んでしまう彼女は、もう居ない。
 代わりに、隣を歩く幸せそうな笑顔が見えた。


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