×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
次に桜が咲く頃は


 桜の木の下には死体が埋まっている。よく聞く話だ。よく聞く話だけれども、実際誰も信じちゃいない。信じていたら、呑気に花見なんてしていられないだろう。
 春。ゆっくり通学路を歩きながらそんな事を考える。これからボーダー本部に行く所だ。任務があるという。他の隊員はもう本部に着いているだろうか。時間はまだあるので、焦る事もないだろう。

 警戒区域ギリギリの場所にある公園を通りすぎる。というか半分は警戒区域内だ。だから遊んでいる子供も居ない。ただ、その公園には三本の大きな桜の木があって、おれはそれを見るのが結構好きだった。

 毎年満開の桜の花が咲くのは見物だ。こんな場所でなければ、きっと花見に来た人間で溢れるのだろう。けれど桜の木は誰からも見られる事もなく、それが当たり前だと肯定したように毎年変わらず花を咲かせる。

 そこに人影を見つけたのは偶然だった。それが知っている人であるのも偶然だった。彼女はボーダーの本部オペレーターの、小野寺香菜さんだ。学校は一緒、クラスは別。接点はあまりないけれど、全く話した事がないわけじゃない。

「駄目だよそんな事しちゃ。桜の木が死んでしまう」

 香菜さんは一生懸命に掘っていた。桜の木の、下を。声をかけるまで、おれの存在にも気づいていなかったようで。声をかけた事でおれを認識した香菜さんは、スコップを持ったままこちらを向いた。

「時枝くんは現実的だね。そういう所、好きだよ」

 そうして開口一番、冗談でも言うような雰囲気でさらりとそんな事を言ってのける。これが香菜さんの日常だ。
 その笑顔はいつも何処か寂しそうで、そんな顔で不意に好きだと言われてもおれは返答に困ってしまう。だから分かりやすく話題を変換した。

「どうしてそんな事するの」
「綺麗だったから」

 しかし抽象的すぎる言葉に、おれはまた困ってしまって。綺麗だから、掘り返すというのだろうか。話の筋が見えない。少なくともおれは、そんな思考回路には至らない。だからまた聞いた。香菜さんの思考に、興味が沸いていた。

「どういう事?」
「この桜の木があまりにも綺麗だったから。どうしてこんなに綺麗なのか確かめたくならない?」

 確かに桜は綺麗だ。しかも香菜さんが掘り返そうとしている桜の木は他の木よりひと際鮮やかで、濃い色の花を咲かせていた。

「掘ろうとは思わないよ」
「ロマンだよ、一種の」

 桜の木の下には死体が埋まっている。香菜さんが言っているロマンというのはその事だろうか。そうだとしたら、おれは共感出来ない。どちらかというと不吉な話なはずだ。御伽噺の部類。ああきっと、香菜さんだってそれを分かっていて掘っているのだろう、と何となく察した。
 香菜さんは掘るのをやめて、桜の木に背中を預ける。穴はまだ小さなものだった。掘り始めたばかりの所に、おれが通りかかったのだろう。

「ねえ時枝くん。私が死んだら、桜の木の下に埋めてくれる?」
「嫌だよ、そんな事したくない」

 突然そんな事を言いだすものだから驚いてしまう。話が飛躍しすぎて、でもついて行けるのはきっと話半分で聞く位が丁度良い事を分かっているからだろう。
 それに、例え話でも香菜さんが死んだら、なんて事は想像したくなかった。一般市民を守る為に、ボーダーがある。けれどそのボーダーに所属しているのも人間なのだ。守る者と守られる者。そこに大きな差なんてない。

「そう言わず。時枝くんにお願いしたいんだよ」
「どうしてそんなに拘るの」

 だから死んだら、なんて軽く口にして欲しくない。そしてそんな重い役目を、おれにお願いして欲しくなんかない。死なないように守ってくれるかと聞かれたら、頷くのに。どうやったってその言葉は口にしてくれなさそうだ。

「ロマンさ、ロマン」
「分からないよ」
「そっかあ……分からないか」

 実際分からないのだから、そう答えるしかない。香菜さんは視線を遠くに向ける。どことなく寂しそうな雰囲気で。でもおれも、香菜さんの欲しい言葉はきっとかけてあげられない。それなら、自分が思っている事を素直に口にした方がいいだろうと思う。

「おれには、香菜さんの願いを叶えるのは難しい」
「やっぱり私、時枝くんが好き」

 話に脈絡がない。あちらこちらに飛び散ったピースを集めているようで。例えるなら二千ピース位のパズルだ。完成させるには中々難しい。一から十まで理解しようと思ったら、多分相当の集中力と労力が要るだろう。

「おれには香菜さんの気持ちがわからないよ」
「好きになってくれたら教えてあげる」

 香菜さんの好き、は誰にでも言える好きだと思っていた。彼女はたまにこうして不思議な言動をすれど基本は社交的な人だし、この人の隣に立つのはどんな人だろうと考えた事もあった。けれど。

「そんな告白ある?」
「告白だと思ってくれるの?」
「違うの?」
「違わないよ、好き」

 思い切って聞いてみる。この好き、が、誰にでも言える好きではない事を確認したかった。香菜さんの言葉は少しだけ分かりにくかったけれど、おれに対する好き、が特別な好きである事は伝わった。
 それでもどうしてそうなったのかが分からない。香菜さんの話をもっと聞きたかったけれど、これ以上は話してくれそうもなかった。それでは、おれの疑問は何一つ解決しないままだ。結果おれが言葉に出来たのは「やっぱり分からない」の一言だった。
 そうしたら香菜さんは優しい、けれどいつものように少し寂しそうな顔で笑った。

「それでもいいよ。自己満足が一番幸せなんだ」

 いつか理解出来る日が来るだろうか。いつか受け入れられる日が来るだろうか。ただおれは、香菜さんの寂しそうな顔はもう見たくなくて。
 香菜さんの自己満足を共有出来るようになるのも悪くない、そう思った。ただ今すぐにそれを伝える事は出来なくて、誤魔化すように「でも桜の木の下を掘るのは駄目だよ」ともう一度念を押した。

「仕方ないな、充くんがやめろって言うならやめるよ」

 意外と素直に受け入れてくれて驚く。そんなに重要な事でもなかったのだろう。ただ何かきっかけがあった筈で。それは自分から言い出すまでそっとしておこうと思った。

 それからおれは掘った穴を元に戻した。香菜さんは自分でやると言ったけれど、それでは香菜さんが心に蓋をしてしまう気がして、彼女の意見を制止して穴に蓋をしていく。
 もしこの先、香菜さんが持つ心の穴を吐き出してくれる時がきたなら、その時はおれも想いに答えよう、そう思った。


- 28 -


[*前] | [次#]
ページ: