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I would like that.


「私、かい?」

 想いを伝えた時、真史さんは驚いた様子を見せた。当然だろう、私はボーダー隊員ではないし、真史さんとの接点なんて微々たるものだったから。

 私は飲み物を扱う一般企業に勤めている。その企業がボーダーと提携していて、本部基地の中に自動販売機を置かせて貰っていた。私は偶々、その基地の中の自販機への飲み物補充係に抜擢されたのだ。
 女が補充する飲み物を運ぶのは大変だろうと言われたりもするが、私はこの仕事に不満はないし、ボーダー隊員の若い子たちと話をするのも好きだ。リクエストがあれば、会社に掛け合って反映させたりもしている。

 そんな中、忍田真史さんと出会った。ボーダー基地への担当が決まって割とすぐだったと思う。真史さんは明らかに役職つきのような風貌で最初は少し身構えもしたのだけれど、そんなものは不要だと分かった。

「ご苦労様」

 そう笑いかけてくれた真史さんの顔を、私は今でも覚えている。その時の真史さんはなんだか疲れた様子で、先の印象で話しかけても大丈夫な人だと感じた私は「有難うございます」と言った後二、三言葉を交わした。その時はまだお互いの名前もしらなくて。今の関係になれるなんて、思ってもみなかった。

「香菜、お疲れ様」
「こんにちは、真史さん」

 今日も今日とてボーダーの自販機前で、私は不足している飲み物の補充をしていた。搬入は週に一回あるので、割と頻繁にここを訪れている。そうやって仕事をしていたら、真史さんが通りかかった。いや、故意だろうか。搬入の曜日も時間も大体決まっているし、それを狙って声をかけてくれているなら嬉しい。

「急だが、今夜レストランのディナーでも、どうだろうか」
「え?」
「仕事上、香菜にはいつも我慢して貰っているからな」

 真史さんの仕事は、その特性上把握はしていないが忙しいのだという事は分かっている。確かに一緒に居る時間は普通の恋人よりも短いだろう。けれど真史さんはその分会った時には優しくしてくれるし、我慢しているなんて考えた事もなかった。

「実はフレンチレストランの予約が取れてね。用事があれば無理強いはしないが」
「行きたい! です!」

 真史さんとの時間は私にとって最優先事項だ。断るわけがない。実際、予定が入っているわけでもないし、私は勢いよく応じた。少し子供じみてしまっただろうかと思ったが、真史さんは気にしていないようで。

「あ、でもドレスコードありますよね……」
「カジュアルフレンチだから、そんなに気負う事はないよ。じゃあ、七時に駅前で」

 真史さんはそう言って「じゃあ、仕事があるから」と去って行った。一人残された私は飲み物の補充を続けながら考える。カジュアルフレンチだからといって、軽装で行くわけにはいかない。相応しい服は持っていただろうか。

 いつか真史さんが、隊員たちとスキンシップを取りながらもきちんと仕事をこなす姿が好きだと言ってくれた事があった。だから考え事をしていても仕事はしっかりやり終えた。

 そうして帰宅し、クローゼットの中を漁る。黒いワンピースを見つけ、これならいいかと着てみる。それに白いロングカーディガンを併せてみた。これなら問題ないだろう。メイクを直して、靴箱の中から普段履かないヒールを取り出した。待ち合わせまでまだ時間はある。私の住むアパートは駅に近い。歩いて行っても優に間に合うだろうと、部屋を後にした。
 だが実際駅に着いたら、真史さんはもうそこに居て。

「すみません、遅くなりました」
「いや、私が早く着いただけだよ」

 そう言う真史さんの服装は、いつものかっちりとしたスーツ姿ではなく上下黒で揃えたスマートカジュアルスタイル。どんな格好をしても格好良いと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。否、真史さんを見たら皆そう思うに違いない。
 私の恋人は、本当に格好良いのだ。

「じゃあ、行こうか」

 真史さんはタクシーを止めた。後部座席のドアが開く。私に座るよう促して、それを見てから自分も乗り込んだ。些細な事だが、こういう所も好きだ。

「え、ここ人気店じゃないですか。よく予約取れましたね」
「その顔が見たくてね」

 着いたレストランはとても人気で、予約を取るのも難しいような店だった。前に何の気なしに来たいと言った事を、真史さんは覚えていてくれたようだった。まさかこんな所に連れてきて貰えると思わなかった私は有頂天だ。だからこそ、粗相をしないように気を付けなければと思った。
 私が何かやらかしたら、真史さんにまで迷惑が掛かってしまう。そんな気持ちが通じたのか真史さんは「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」と笑った。

 席に案内され、ワインで乾杯する。ギャルソンが運んできてくれる料理はどれも美味しくて、このレストランの人気の高さを物語っているようだった。
 コースを十二分に味わって、私たちはレストランでの食事を終えた。緊張して味が分からなくなったらどうしようかと思っていたのだが、真史さんのおかげで楽しく食事をする事が出来た。
 楽しい時間はあっという間に過ぎる。食事が終わったら、真史さんは帰ってしまう。それだけが、少し寂しかった。でもいつまでもレストランに居座る訳にはいかない。

「真史さん……少し、うちに寄りません?」

 勇気を出して問いかけてみる。まだ一緒に居たかった。こんな風にゆっくりデート出来るのも、中々ない機会なのだ。ならばもう少し我儘が言いたい。でも、真史さんから返ってきた言葉は、否、だった。
 そうだろうとは思っていたが、肩を落とす。しかしその次に真史さんが言った言葉は、予想外のものだった。

「今は、酒が入っているし、手を出してしまうといけないからね」

 真史さんは普段決してこんな事を言わない。お酒の力は凄い。これはきっと本音だ、それ位は分かる。真史さんが私を大切にしてくれている事が分かって、今日の私の収穫はそれで十分だった。

「分かりました、じゃあ今度、うちでゆっくりデートしましょう」

 そう言えば真史さんは頷いてくれて。私としては手を出して頂いて構わないのだけれど、真史さんはお酒の勢いで、というのは嫌うだろう。

 来るおうちデートの事を想像して、私はお酒で酔っている以上に気持ちが浮つくのを感じた。


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