×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
リドイランス


「永遠に訪れない明日ってどう思います?」

 小野寺が急にそんな事を言い出したのは、夕方のボーダー本部ラウンジ。不意に声をかけられ、珍しく特に用事もなかったため付き合ってもいいかと椅子に腰をおろした所で、開口一番にそれだ。
 全く、いつもの事だが思考回路の構成が全く分からない。

「まあぼんち揚げでも食べましょうよ」

 自分から話かけてきたくせにそう言って手に持った菓子の袋を勢いよく開ける。パリっと、包装紙が小気味良い音を出した。

「お前は迅か、どこから持ってきた」
「まさしく迅さんに一袋ねだりました」

 一枚どうぞ、と傾けられる袋に遠慮なく手を入れる。くれるというのなら頂こう。ぼりぼりと、ぼんち揚げを頬張る。口内の水分が奪われていく気がして、何か飲み物があった方が良かったかと思った。だが態々飲み物を手に入れに行く程でもない。まあいいかとぼんやり考える。

「で、明日の話ですよ」

 小野寺は急に口を開いた。ああそういう話だったかと頭を回す。どうにもこの女は、マイペースというかなんというか、自分のペースに他人を引き込むのが上手い。知らず知らずのうちに乗せられている事が多々ある。

「明日が来ないって事は、今日が終わらないって事じゃないですか」
「言葉通りに捉えればそういう事だな」

 下手に話を混ぜくり返すより、頷く方が話が進みやすい。俺も大概扱いが上手くなっているな、と頭の隅で考えた。最初は突拍子もない話題に悩む事も多かったが、小野寺の言う事は興味深い内容の事も多い。

「一生、生きていかなきゃならないって事ですよね。そうしたら生きるの概念ってどうなるんですかね?」

 俺が特に合いの手を入れなくても、小野寺は自由に話している。何ら変わらない、いつものスタイルだ。黙って聞いているだけ、でも小野寺は毎度満足そうに話すから、きっとこの応対は間違いではないのだろう。俺とてこの時間が嫌いなわけではない。そもそも、嫌いなら一緒に居ない。

「別に生きていたくもないんですよ。あ、死にたい訳でもないんですけどね」

 よく回る口が、時折ぼんち揚げを食べながら言葉を紡いでいく。騒がしい、けれど居心地は悪くない。
 一生明日が来ないという事を、小野寺は時間の流れも止まると考えているのだろうか。明日が来なくても時間は流れるし、一秒時間がたてば人間は死ぬかもしれない。そう言ったら「そういう考えもできますね」と頷いた。

「そうだったら、時間は永遠になるんですかね? 人間が言う永遠の意味とは?」
「結局何が言いたいんだ」

 堂々巡りに陥りそうだったので、ここは疑問をぶつける事にした。何故そんな話題になったのか、今日の話題提供の理由を俺はまだ聞いていない。

「理由が欲しいんですよね。どうしたいのかとか何がしたいとかないんで、生きる理由って何なんでしょうね?」
「俺を理由にすればいい」

 ああそういう事か。と思ったら何も考えず、そう口にしていた。何故そんな事を口走ったのか、自分でも分からなかった。それでも、そう言わなければいけない気がしたのだ。

「それだと風間さんに迷惑かかるじゃないですか。そこまで理由に固執しませんよ」
「何がしたいんだ」
「わっかんないんですよね、わかったら苦労しないんですよ」

 小野寺は居心地が悪そうに頭を掻く。今日の小野寺はいつも以上に自分の思考回路に対して頭を悩ませているようだった。分からない事を延々と考えて、きっともうすぐ何を考えているかさえ分からなくなってしまう。その前に救ってやらなければ、と思ってしまったのは傲慢な考えか。

「まあ、自分でもわからないんだから風間さんにわかる訳ないですよね。説明できないんだもの」

 すみませんね、と小野寺は笑った。それが諦めの色を含んでいるようで、俺にはどうしても納得できなかった。彼女の思考に関してこんなにも固執した事はないのではないか。そんな気持ちを持ってしまった自分に驚きつつも、俺は無言で小野寺に次の言葉を促した。

「へらへら笑ってるだけじゃ駄目だって、わかってるんですけどねえ」
「いいんじゃないか」

 間髪入れずそう返答すれば、小野寺は「へ?」と間抜けな声を出した。その顔が随分と絶妙な顔をしていたので、何だか呆れるような感覚に襲われる。流石にこれだけではわからないかと、俺は言葉を続けた。

「お前が笑っているだけで救われる人間もいるだろう」
「難しいですねえ」
「どこがだ、単純な事だろう」

 しかし小野寺は納得いかない様子で唸っている。何を言ったらいいのか考えているようにも見えた。だから今度は次の言葉をじっと待つ。

「いやあ、心の底から笑うって難しいじゃないですか。でも心の底から笑わないと救いだと思っている人に失礼でしょう?」

 また難しい事を考えている。一体いくつの壁を自分に対して想定しているのか。生きにくくはないのだろうか。いや、生きにくいだろう。だから、俺がその障害を少しでも緩和できないかと思ったのだ。そうだ、だから俺を理由にすればいいと思ったのだ。

「ああもうじゃあいいや風間さんが理由で」

 暫くの沈黙の後、小野寺はへらりと表情を崩した。諦めたような口ぶりで、希望を見出したような声で。そう思ったのは、きっと俺の思い上がりではないはずだ。

「手綱握っておいてくださいね。私が屋上から飛び降りないように」
「飛び降りるつもりだったのか」
「いや、全然。残念ながら」

 嘘だ。きっとこの女は今日ここで俺に会わなければそのまま屋上の縁に立っていただろう。何も考えていない風を装うその顔に、初めて苛立ちを覚えた。

「今日がある限り明日は来るんだ。理由になんていくらでもなってやるから認めて楽になれ」

 厳しいな、と小野寺は笑った。その表情に僅かだが先ほどと違う色が見えて、俺はひとつ溜息を吐き、空を見上げた。

 そうだ、理由なんで何でもいい。傷でも温もりでも、生きている事に変わりはない。生きていないと持つことが出来ない。ならば。ならばそれを理由にして生きればいい。ほんの些細な事でいいのだ。名前のない理由に、意味をつけよう。小野寺も、俺も、誰もが未来を見失わないように。

 そしてあわよくば、小野寺の傍に俺の居場所があればいい。彼女がそれを望むなら、俺は喜んで隣を歩こう。手綱を握っていると、笑われながら。


- 32 -


[*前] | [次#]
ページ: