ドリーミングデイズ
「へへっ、こんにちは、伏黒恵くん!」
皆さんこんにちは、私駆け出し呪詛師上がりの芦屋尋乃と申します。肩書きが少々ややこしいですがそんな事はどうだっていい。ただいまイケメン呪術師の卵、伏黒恵くんに絶賛片思い中です。
出会いですか? 聞きます? 聞いてください! あれはちょっと弱そうな呪術師を一名、やっつけた後の事です。あ、私駆け出しですけど結構強いんですよ! それでもう帰ろうかなって思った所に、一人の高校生が現れたんです。私は思わず隠れました。残穢は残さないよう上手くやった心算ですから、彼は私には気づきませんでしたが、私からははっきり彼の顔が見えました。
それが凄く格好よくて。はいそうです、一目惚れです! いいじゃないですか、呪詛師だって人間ですもん、恋くらいしますよ。私たちは今青春を生きています。恋愛だってしたい。いたいけな少女の恋路を邪魔する権利なんて、誰も持ってはいないんです。
帰った私は彼の事を調べました。名前は伏黒恵くん。呪術高専東京校の一年生。なんと禪院家と関わりがあるとか! 凄いじゃないですかエリートじゃないですか。苗字が何故違うのかも調べました。決して明るくない過去、それを背負って一生懸命生きている姿。もうそんなの益々好きになるしかないじゃないですか!
私はもっとお仕事に励むようになりました。だって現場が一番伏黒くんに会える確率が高いじゃないですか!毎回伏黒くんが来るわけじゃなかったし、がっかりする事も多かったけれど、その分伏黒くんの姿を目に出来た時は幸せでした。
でも、でもね。足りなくなっちゃったんです。伏黒くんにも、私を認知してもらいたくなっちゃったんです。だから私は行動に出ました。ただ一方的に眺めているだけじゃなくて、伏黒くんに私を見て貰う事が出来るように。
まず、呪詛師の卒業。いやあ、大変でした。私が所属していた呪詛師団体はそれはもうガラの悪いヤクザの集まりみたいな所で、駆け出しといえど所属したからには筋を通せと言われたので、全滅に追いやってやりました。さっきも言いましたが、私結構強いんです。
でも、無傷とはいかなくて。左腕を持っていかれました…痛手です。でもこれで私は自由になったわけです! しがらみも無くなったし、伏黒くんならきっと片腕がなくても愛してくれますよね!
その次に、私は伏黒くんがつきそうな任務を調べて、彼より先に現場に赴き呪霊を祓う、という行動に出ました。残穢を残す事も忘れません。左腕がない分少し不便でしたが、そこは伏黒くんへの愛で乗り切りました! 愛は強いんですよ。
そして何度か繰り返すうちに、ついに! 伏黒くんは私の元にたどり着いてくれたのです。私とっても嬉しい! 今目の前には、伏黒くんが居るのです! 今まで眺めるだけだった伏黒くんが、私を見てくれているのです!
「……何者だ。何で俺の名前知ってんだ」
「やだなあ伏黒くん、好きな人の名前ですよ? 一番に調べるに決まってるじゃないですか!」
伏黒くんはじっと私を眺めています。嫌だ、私とした事が、嬉しさにかまけて名乗る事を忘れていました。これでは恋人どころかお友達にもなれません。これから素敵な毎日を過ごすには、まず名乗らないとですよね。
「失礼しました、私の名前は芦屋尋乃と言います。尋乃って呼んでくれていいんですよ」
「いや……呼ばねえよ」
この顔、私知ってます。警戒している顔です。ああ、そんな顔して欲しいわけじゃないのに。私は伏黒くんと仲良くなりたいの。恋愛がしたいのです。
「呪術師……だよな?」
「嬉しい! 興味を持ってくれるんですね!?」
私はお世辞にも可愛いとは言えません。可愛い服なんて持ってない。片腕だってない。不格好です。間違っても街の中を堂々と歩いたり出来ません。そんな私に、伏黒くんは話しかけてくれる。それだけで私は有頂天になれます。
ああでも、初めてなのに攻めすぎたでしょうか。伏黒くんはちょっと引いている様子です。他人の感情には敏感です。そう生きてきましたので、敏感になってしまうのはもう癖。それでも伏黒くんは逃げません。伏黒くんはとっても優しい人。見ていた通りです。
「会話をさせてくれ」
「何を話しますか!? なんでも質問してください!」
「いやだから……」
私の肩書きは何になるのでしょう。伏黒くんは呪術師かと問いましたが、私にもよくわからないので答えに迷います。
元呪詛師、だと敵となってしまうのでしょうか。現職でないなら許されるでしょうか。いえ、私は何人もの呪術師をこの手にかけました。過去だといって片付けてしまう事は出来ないでしょう。でも……きちんと名乗らなければなりませんね。何らかの処分があるかもしれませんが、嘘を吐くより良いと思うんです。
「ずっと伏黒くんを見ていたんです。素敵だなって思っていたんです。伏黒くん、私を貴方が通う高校に連れて行ってくれませんか」
そこで全て話そうと思いました。どう処分されようとも、構わないと。愛に試練は必要なのです! もう、会えなくなる可能性もあるけれど。それでもこうして少しだけでもお話出来たので、私は満足です。
伏黒くんは誰かに連絡を取っているようで。そうしたらすぐに、白い髪に眼帯をしたちょっと怪しいお兄さんがやってきました。どこから現れたのでしょう。びっくりしてしまいます。お兄さんはまじまじと私を……見ているのでしょうか。視線が隠れて分かりません。私もちょっと怖気づいてしまって、半歩身を引きました。
「ううん、高専に来たいの?」
「ぜ、是非!」
「死ぬかもよ?」
そんな事は分かっています。もし全てを話して生き延びる可能性が一匙でもあるなら、それにかけてみようと思いました。
だから私は頷きました。そうしたら男の人は、盛大に笑って「素直な子は嫌いじゃない」と言って。私は伏黒くんに好きになって欲しいのです。
伏黒くんは、黙って後ろで見ていました。
そうして私は無事高専に通されたのです。こうもすんなりいくものなのかと拍子抜けしたくらい。途中でやってきたこの男の人は、凄い人なんでしょうか。それは名前を聞いて理解しました。五条家の方だったのです。失礼な態度を取ってしまったかと不安になりましたが、五条さんは笑ってくれたのでセーフだと思う事にしました。
通されたのは何やら狭くて暗い部屋でした。ここで待っていろと言います。狭い所は少し苦手でしたが、これも試練です。部屋に入る時に振り返ると、少し離れた所に伏黒くんが居ました。なんとも複雑な目でこちらを見ていたので、思いっきり笑顔を返したら顔を背けられてしまいました。残念。これが最後かもしれないのに。
「通常なら死刑」
どれくらい部屋に居たでしょう。帰ってきた五条さんは、開口一番そう言いました。予想はしていたので驚きません。でも言い方は少しひっかかりました。通常なら?
「元呪詛師の芦屋尋乃。君の情報は筒抜けだよ。上は死刑だって言ったけどね。僕は情状酌量の余地はあると思う。よって、制限をつけた状態で生かしておくよう申告した」
何という事でしょう! 五条さんはとても良い人でした。こんな私に生きていていいとおっしゃる。どんな制限でも受け入れようと思いました。どんな制限でも、受け入れられると思いました。
私は、五条さんに必ず従う、という制約の元自由を手に入れました。他にも細々した制限はありましたが、全く問題はありません。
伏黒くんにまた会える、それだけで鼓動は早くなりました。これからは、堂々と伏黒くんに会う事が出来るのです。
「伏黒くん!」
彼が何処に居たって見つける事が出来ます。恋の力は偉大なのです。伏黒くんは嫌そうな顔をしていますが、いつか振り向かせてみせます!
それが、私が生きる事を望んだ理由なのですから。