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ナストリアクタール

 この世は生き辛い。何をするにも他人と関わらなければいけないのは、私にとってはハードルが高い。独りぼっちがいいのだ。独りがいい。けれど、世界はそんな私を拒絶する。さああれをしろ、これをしろ、流れに身を任せるしかなくて、結果私は溺れそうだ。

「あいつを殺して、あいつも殺して」

 実際にそうするわけではない。これは私の心の中での話。離れた所で、呪霊と呪術師が戦っている。私はそれを眺めながら、呪霊も呪術師も全員死んでしまえと願っている。

 一匹狼と言えば格好良く聞こえるのだろうか。実際はただのはぐれ者だ。この世界に私が生きる場所はない。だから嫌々でも、誰かを頼るしかない。大体呪術師側から依頼が来る。はぐれ者でも役には立つらしい。手先のような自分に嫌悪感しか抱かなかった。

「ああ、死んだ」
「芦屋尋乃かな?」

 今回は別に任務を受けたわけではない。ただ眺めていた。呪霊が祓われて戦闘は終わり。呪術師もやるじゃないか、でも死ね。そうしていたら不意に後ろから声がして、気配も何も察知出来なかった私に悪寒が走る。

「……夏油傑」
「名前を知って貰っているとは光栄だね」

 呪詛師、夏油傑。いつから後ろに居たのだろう。胡散臭い笑みを浮かべている。

「何か御用でも?」
「君はこの世界に満足しているかい?」

 質問に質問で返された。流された事を不服に思いはするが、質問内容に対する明確な答えを私は持っていた。ただこの男に話していいものか、一瞬悩んだ。でも隠す必要もないし、現状に不服なのは真実。
 だから私は答えた。

「世界なんてクソ食らえ」

 そうしたら夏油傑は豪快に笑った。どこか絶望を超えてきたようなその笑いに、私は何か通ずるものがあるのではないかと考えた。でも私はこの男の事を何もしらない。呪詛師であるという事だけ。そうなったきっかけすら知らないのだ。はぐれ者の私にあれこれ教えてくれる人間は居ない。居ても聞こうなんて思わなかったかもしれないけれど。

 生きていくのに必要な情報なら聞きもする。私にとって呪詛師夏油傑の情報は、生きていくのに必要な情報ではない。敵の情報だ、必要だろうと思われるかもしれない。けれど私は生活する為に呪術師をしているだけで、他にもっと条件のいい仕事があればそちらに行こうと思っている。よって、出会うか分からない敵の情報など要らないのだ。

「その考えはいいと思うよ……ねえ、私の仲間にならないかい」
「はあ?」

 ひとしきり笑った後夏油傑はそう切り出した。再度はっきり言うが、私はこの男の事は呪詛師だという事以外何も知らない。だがこの男は私の事を知った風だ。それがどうも気に入らない。

「私一応呪術師。あんたの敵。分かってる?」
「だが君は私の事は殺さない」

 なんの確信があってそんな事を言うのか。だが殺す気がないのは確かだ。というか単純に格が違う。私が敵う相手ではない。対面しただけで分かってしまう程、その差は歴然としていた。
 だから余計、私を仲間にしようとする意図が分からなかった。私を何に使おうというのか。小間使いでも欲しいのだろうか。そんなのごめんだ。

「私はね、術師だけの世界を作りたいんだ」
「おとぎ話レベルだな」

 私は夏油傑の言葉を一蹴した。そんな事、出来るわけがない。そうしたら「出来るわけがないと思うかい?」と言ってきたから、心内を読まれているようで何とも居心地の悪い感覚に襲われる。

「最初から決めつけるのは良くない。少なくとも私は本気だよ」
「仮に私が仲間になったとして、術師だけの世界になったら他の術師も全員殺すかもよ」

 そう凄んで見せるが、夏油傑は「それならそれでいいよ」と返してきた。本当に、この男が何を考えているのかさっぱり分からない。

「君を独りにした世界を、変えてみないかい」

 私は無意識に身構える。夏油傑が私の生い立ちを知っているのは明白だ。

 遠い昔、と思うようにしている。私にも一丁前に家族というものがあった。その頃私は無知なガキで、父母私三人で絵にかいたような平和な暮らしをしていた。
 父は呪術師だった。母は呪術師の家系だったが、本人は能力のない一般人だった。二人が何処で知り合ったのかは知らない。けれど愛しあっているのは分かった。そのうち私に呪力があるのが分かって、でも父は呪術師になるのを反対した。尋乃は普通の人間として普通に生きろと、何度も言われたのを覚えている。私も父に従う心算だった。

 中学一年の頃、母が呪霊に殺された。何故母だったのかは分からない。父は悲しみに暮れ、しばらく伏せっていたのだけれど、ある日母を殺した呪霊を祓うのだと出かけて行った。そのまま数日間帰って来ず、やがて死んだのだと知らせが来た。遺体を目にする事も叶わなかった。ぐちゃぐちゃだったようだ。
 皆死ねと思ったのはそれが最初。父を殺した呪霊も、助けてくれなかった術師も。皆死ねと。そうして私は、呪術師になった。別に復讐なんて考えていない。一番稼げそうだった、それだけだ。私には一人で生きていける環境が必要だった。

 一人になったのは仕方ないと思うし、受け入れている。けれど夏油傑の言葉には、突き動かす何かがあった。この男にも、何か過去があるのだろうか。

「どうだい? 尋乃」

 黙ったままの私の名前を呼ぶ声に、悪意は感じられない。騙されているのだろうか。それでも今の暮らしより心が楽になるなら。本心では、いい加減疲れてきていたのだ。溺れそうな毎日は、心的負担も大きい。

「衣食住が保障されてるなら、考えない事もない」
「ははは。それは勿論」

 合意でいいかな? と夏油傑は続けた。私は頷く。こんな概要も分からない胡散臭い話に頷くなんて、私もどうかしている。

「一つだけ教えて、夏油傑。何故私なの」

 そう問えば夏油は「傑でいいよ」と言って悲しい顔をした、気がした。その顔で何となく分かってしまって、もうそれ以上は何も言えなかった。
 傑はすぐ元の余裕ある表情に戻って、じゃあ行こうかと背を見せる。簡単に背中を向けるあたり、本当に私に殺す気がないのが分かっているようだった。

 今日この日を以って、私は世界の敵になる。これからどうなるか自分でも分からないけれど、後悔なく死ねたら、それでいい。

「待って、傑」

 私は迷わず追いかけた。新しい、一歩だ。


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