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57.再会す

 朝、結希は寮の自室で準備をしていた。制服に袖を通す。久しぶりな気がした。制服は新しく用意されたものだ。随分用意がいいなと思う。まるで結希が戻ってくるのを分かっていたかのような。もしかしたら五条が事前に手をまわしていたのだろうか。夜蛾あたりも一枚噛んでいるのかもしれない。有難いのか迷惑なのか、今の結希には分からない。

「怠……」

 怖い、が正しいかもしれない。五条と車に乗った時は以前のようなきつい言い方をしてしまったが、今の結希は高専で過ごしてく中で変わっていった結希に意識が近くなっている。それを踏まえて、どんな顔をして皆に会えばいいのか。五条には図らずして別れを告げたが、夏油と硝子には何も言わず高専を飛び出した。非難されても仕方ない。けれどきっと、二人は責めたりしないのだ。結希はそう考えて胃が痛くなった。何事もなく接してもらっても、それはそれで辛い。一層の事嫌いになっていてはくれないだろうか。もう話したくもないと言って欲しい。そうしたら、結希はもう関わる事なく生きる事が出来る。逃げているだけだと言われればそれまでだが、構わないと思った。今の結希に、級友と並んで歩く自信はない。
 そこまで考えて、結希はもう一度思考をリセットする。早くしないと遅刻してしまう。時間は淡々と過ぎていくのだ。嫌で嫌でたまらなかったが、結希は寮を出た。教室へ向かう。高専へ連れてこられてから、五条とも会っていない。廊下はしんとしていた。静かすぎて怖いとくらいだ。結希の足音が響く。自分は此処に居ていい人間ではないのではないか。学ぶ事だって、あるか分からない。おい化け物、と声が聞こえる。振り返った。誰も居ない。幻聴まで聞こえるようになったか。重症だなと結希は自嘲した。全く、迷惑な話だ。このまま五条たちに溶け込めるわけがない。本心では前のように仲良くしたいとも思っているのだが、化け物になってしまった結希が邪魔をする。心の中のせめぎ合い。自分が二人居るようだ。何だかんだ言って、もう一度かつての仲間に会える事は嬉しくも思ったり。色々な感情に振り回されてぐちゃぐちゃになりそうだ。

「大丈夫」

 教室の戸の前で言い聞かせる。この扉の向こう側には、おそらく三人が居る。手をかけて、深く深呼吸をした。早くしないと夜蛾が来てしまう。大丈夫、大丈夫。中々手が動いてくれない。大丈夫、何が。分からなくなってきた。今何をしているのか、これから何をしようとしているのか。実家では思考を放棄していた。そのツケが回ってきている気分だ。

「何してんの」

 ガラリ、戸が開く。結希が開けたのではない。中から開いた。結希は驚いて固まってしまう。心の準備が出来ていない。体も口も、動かない。
 境界線を壊した主は五条だった。もう一度「何してんの」と問われる。二度目は、幾ばくか口調がゆっくりだった。ごくり、結希は唾を飲み込む。口を開いたが、何も言葉が出てこない。問われているのはシンプルな事。何をしていたか。戸が開けられず悩んでいた。五条は気付いていたのだろう。他の二人も。気付いたうえで親切に行動を起こしてくれて、それからの問い。答えはきっと、そんなに単純ではない。

「お、おはよう……」
「ああ?」

 結希の発した言葉は、五条の求めているものではなかったらしい。不機嫌そうな反応にたじろぐ。五条の向こうには夏油と硝子が居るのだろうが、五条の体に邪魔されて顔色まで伺えない。仁王立ちの五条に、結希は何と言えば良いのか。五条は教えてくれる事もなく、ただでさえ緊張している結希は混乱するばかりだ。

「悟。嬉しいからってあまり虐めるなよ」

 助け船は夏油の声だ。結希には救いの声だった。五条は不機嫌そうなまま体をどかす。視界が開ける。夏油と硝子が結希の方を見ている。けれど言葉が出ないのは変わらない。せっかく体をどけて貰ったのに足が動かないのだ。三人の顔を真っすぐ見る事が出来ない。早く入れよ、と五条が急かしてようやく教室の中に入る事が出来た。

「おは、よう」

 以前と変わらない様子の二人に話しかける。夏油と硝子が顔を見合わせた。やはり間違っているのかと思いつつ、他に言葉が見つからない。結希は体を小さくして自分の席まで足を進め、席に座った。この席はずっとあったのだろうか、一旦片付けられて今日また持ってこられたのだろうかと、どうでもいい事を考えた。五条もどかりと自分の席に座る。

「おかえり、結希」

 それを見届けてから、夏油と硝子が結希に笑いかけた。何も聞かず、迎え入れてくれるというのか。一言も事情を話さず離れた結希を。温かすぎる、と結希は思った。こんなところに居ていいのかと。
 前日、ゆっくりしろと言われた日、結希は予定通り学長の元を訪れて、改めて頭を下げた。神野家は五条家が後ろについていると途端に発言権をなくしたらしく、意外にも高専に通う許可は簡単に出たようだった。御三家には弱いのだ。所詮神野家なんてそんなものだ。しかしもうあの家には戻れないだろう。戻る気もない。結希は化け物として一人で生きていく。何の問題もない。一人で生きていけるだけの力を持った気でいる。実際どうなのかを指摘する者も居ない。

「……ただいま。それと……ごめん」
「戻って来たから許す」

 今度の言葉は当たっていたらしい。硝子が言葉を重ねる。結希はここに居るのを許されたのだ。五条は「最初からそう言えよ」と不満気に言うが、本心から呆れているのではない事が伝わってきた。

「有難う」

 今に限っては、心の底からそう思った。それが一時的なものであろうと、結希には十分だった。


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