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56.化け物

 門を出ると、用意されていた車に乗り込む。五条が「出して」と声をかけると、運転手が車を発進させた。五条も結希も後部座席に乗っている。あの日、高専から向かってきた道を今は反対に走っている。スタート地点とゴール地点がそのまま逆になった。結希は流れる景色を眺めている。育った家が遠くなっていく。何の感情もない。ただ五条と向き合って話すのが、少しだけ怖かった。

「ちょっとだけど、聞いた」
「何で来たの」

 会話が噛み合わない。五条が何を聞いたのかよりも、何故結希の家に押し掛けるような事をしたのかの方が気になった。別れの挨拶はした筈だ。例えそれが一方的であっても。追いかけて貰える程魅力的な人間であると、結希は自分の事をそんな風には思っていない。けじめはつけた心算だった。自己満足だったろうか。だから今五条が隣に居るのかもしれない。しくじったかな、と結希は思った。意図した未来から大きく外れていく音がする。無性に車から降りたくなった。怖いのだ。揺らいでしまう。否、でも。結希は自分の在り方を見つけている。貫けば良いのだ。環境の変化などどうとでもなる。結希の思考は支離滅裂だ。結局は、平気なふりをしていても事態について行けていない。

「俺が来ないとでも?」
「私は貴方とは違う」

 初めて会った時のようだと五条は思った。しかし結希は自分がそうなっている事に気づいていない。退化。呪術師としての能力の面で言えば、結希は確かに成長した。しかし人格はどうだろう。すっかり昔の殻に閉じこもっている結希に戻ってしまっている。それでも五条がかける言葉は変わらない。すぐに柔らかくなった結希に戻るだろうという確信もあった。五条にとって結希との関係は、さよなら一言で切れるものではない。結希にそれが伝わっているかは分からない。今は伝わっていなくとも分からせる。五条はそんな決意を持って結希を連れ出している。後戻りなんて出来ないし、する気もない。

「同じだろ」

 五条の言葉に、結希は答えない。どう答えれば良いのか分からない。違うと思っているし、違うと言うのも簡単だ。けれど理由を聞かれたら説明出来ない。化け物だから、などという言葉では納得して貰えないだろう。ただでさえ五条に口で勝てる気なんてしないのに。面倒だな、結希は思った。五条がではない、自分の存在がだ。

「助けてくれって聞こえた」
「誰が」

 助けてなんて言うか。続けようとして、でも声が出なかった。五条は黙る。どこをどう見れば助けて欲しそうに見えるのか、結希には疑問だった。そんな事は思っていなかった。少なくとも、あの日は。生き方が分からなかった。高専で生きていく力を身につけて、場所も見つけた。楽しかった。どんなに辛い未来が待ち受けていても、生きていける気がした。けれど現実は厳しかった。結希は人間で居る事を否定された。それならば別の適応した生き方をすれば良いと思った。それでいいと、諦めたのだ。それなのに、この五条という男は。
 結局、車が高専につくまで二人は会話らしい会話をしなかった。唐突だったので、身一つの結希。どうしようかと思いながら車を降りた。酷く疲れた気がする。五条に促され元の自分が使っていた部屋へ。当たり前だが、何も変わらない部屋に少しほっとする。ベッドを見ると、着替えが置いてあった。硝子あたりが用意してくれたのだろうか。五条が迎えに来た事を、夏油と硝子は知っているのか。三人で相談でもしたか。

「今日明日はゆっくりしとけってよ」

 五条が去る。結局、少し聞いたと最初に告げられただけで他の事を追及される事はなかった。一人になった部屋で、ベッドに腰掛ける。時間を潰せるものが、何もない。そのまま横になる。眠気が襲ってくる。いいやこのまま寝てしまおう。結希は目を閉じた。うとうとしていたら、心地よくなる。久しぶりに何も考えず、ゆっくり眠れる気がした。
 そうして次に目を覚ましたのは、すっかり夜になってからだった。忘れかけていた天井が何だか落ち着かない。改めて戻って来たのだと実感する。戻って来た。五条の手を取って、自分の意思であの家を出たのだ。もう戻れない、帰れない。あそこには、きっともう結希の居場所はない。それでも良い。少なくとも学生のうちはこの寮に居られるだろうし、卒業したら一人暮らしをすればいいのだ。もう一人前の化け物なのだから、一人になったって生きていけるだろう。
 今日明日はゆっくりしとけ、五条はそう言った。明日学長に挨拶しに行かなければ、と結希は思う。結希の事は把握しているだろうが、挨拶も何もしないのは流石に駄目だろうと思った。明日は平日だ。皆は学校だろう。何をして過ごそうかと考える。買い物に行かなければならない。生活用品が無さすぎる。しかし出かけるのはサボっているようで気が引けた。学校に行かない時点で、サボっている事に変わりはないのだが。

「どうしたいの?」

 結希は自問自答する。相変わらず気持ちの整理が出来ていない。すぐに適応しろと言うのは難しい話だ。結希の置かれた状況は複雑である。

「どうしようか」

 答えが見つからない。一人で居るのが急に寂しくなった。家では平気だった癖に。誰でもいいから話を聞いてくれないだろうか。上手く話せる自信なんて、これっぽちもないのだけれど。
 もういいや、寝てしまおう。起きたばかりだけれど、今なら眠れそうな気がする。まとまらない思考を無視して、結希は再び目を閉じた。


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