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53.見える景色

 実家に戻って一か月が経った。変わり映えのない日々を過ごしている。朝三時に目覚める癖がついた。煩わしい。眠る時くらいはゆっくりしたいと結希は思う。それすらも叶わないのか。憂鬱な気分になるのも飽きた。
 今日も今日とて三時に目覚め、ベッドから起き出す。外に出てみれば綺麗な月が見えた。ほうっと息を吐く結希。自身が置かれている日常と違う世界に居るような気分になって、何だか虚しくなった。けれど死なない限り日々は続いていく。結希は死にたいとは思っていない。だから結希が生きる道は一つ。受け入れる事。実際、暮らしにも大分慣れてきた。最初から何も期待していないのだから、順応も早い。

「空は繋がってる……安っぽいな」

 繋がっているから何だと言うのだ。今結希が独りな事に変わりはない。暮らしに慣れても、生活の節々で彼らはどうしているかと考えていた。しかし考える回数が減っているのも事実。少しずつ、記憶が消えていくのだろうか。結希はそれが怖い。段々、生きる屍に近付いているのだろうか。受け入れて、生きて。生きている事に、なるのか。なる、と思わなければ結希が在る意味がなくなる。結希は線のぎりぎりに立っている。落ちたら終わりの綱渡り中だ。家の人間はきっと、落ちる事を望んでいるのだろうけど。

「……寝よ」

 部屋へ引き返す。布団の中に潜り込めば、すぐに眠気はやってきた。部屋の中にも月明かりが差している。柔らかな明かりの中、結希は目を閉じた。
 次に目覚めたのは朝。もう少し寝ていたいと思いつつ、起き上がって身支度をする。朝食を摂り、何も声がかからなかったので任務もないだろうと外に出る事にした。と言っても行くところなどない。外というのは、敷地内の中庭だ。綺麗に整えられている庭に、結希は場違いだと言われている気になる。しかし結希だって家の者だ。立場は分からないが、住んでいる事に変わりはない。緑を愛でるくらいしたっていいだろう。中庭には池もある。中では色鯉が飼われている。結希は池の傍にしゃがみこんだ。ぼうっと鯉たちを眺める。一匹一匹違う模様で、見ていて楽しかった。

「よう化け物。こんなところで何してるんだよ」

 暫く眺めていたら、不意に声がかかった。この家で化け物は結希しか居ない。なんて分かりやすいあだ名だろう。声の主が誰なのかはすぐに分かった。この家の長男、次期総代の可能性が一番高い人間だ。結希はこの男の事が好きではない。家の者で好きな人間など居ないが、それにしてもこの男は別格だ。従って、声は無視した。結希に声がかかるのは基本的に任務がある時のみ。それ以外は無視してもいいと結希は思っている。誰と話そうが無意味だ。下手をして結希の立場を落とすより今のままの方が良い。尤も、今の結希の立場が既に最低位にあるのではないかと言われれば否めないのだが。何にせよ、話したくないのは変わらない。しかし相手は引き下がる心算はないらしく。

「無視すんじゃねえよ飼い犬」

 結希はゆっくりと視線を男へ向ける。言葉は発しない。面倒だと思っている。同時に、この面倒事からどう逃れようかとも考えていた。何とか言え、と言われるが、結希に何を話せというのか。世間話なんて望まれていないだろうし、ワンとでも鳴けば良いのか。腹を抱えて笑うか、呆れて馬鹿にするか。どちらにしても結希の気分は悪くなる。用がなければ放っておけばいいのに、意地の悪い男だ。こんな男が総代になったら神野家は終わるだろう。結希には関係のない話だ。知った事ではない。色々考えたが、今考える事ではないかと結希は思考を一旦止める。

「不快なんだよ、任務以外は部屋に籠ってろ」

 何も言わない結希に、男は吐き捨てた。どうやら結希の自由は家の中でも認められないらしい。男の意見が家の者の総意なのだろうか。結希に確かめる術はない。ただ結希の気を削ぐには、男の発言は十分だった。結希は無言で立ち上がり、庭を後にする。すれ違った男の下品に笑う顔に不快感を覚えずには居られなかった。この家の中には沢山の人間が居る。その人間の中の誰も、結希を好きになる人間も居ないだろうから、問題はない。

「任務だ」

 部屋に戻ってしまおうとしたところで声がかかる。結希は一つ、溜息をついた。自由時間は終わりだ。任務という名の人殺しをしに行く。それは容易いものだった。血が顔にかかった。がさつにそれを拭う。怠い、という思いは最早音にもならなかった。

「あなたの仕事は終わりです」

 いつの間にか現れた処理係が、結希に声をかける。結希は声の方に視線を向ける。少しぼうっとしてしまっていた。現場でぼうっとするなど、褒められる事ではない。結希は場を後にした。少し離れたところで、用意された車に乗り込む。帰りたくないと思った。また、高専での日々を思い出す。いつもの事だ。虚しくなるから。出て来て欲しくない記憶なのに。頭の中を真っ白にする為に外の景色を見る。表の世界は、何事もなく過ぎていく。結希が生きているのはきっと、この世界ではない。
 戻ってきた結希は真っすぐ自室へ向かった。呪霊は祓って、呪詛師は殺して。祓って殺して、殺して殺して殺して。

「私の事も。誰か殺してよ」

 生きようと思っていたのではないか。矛盾に結希は微かに笑う。鏡を見る。真っ赤な目が気持ち悪かった。思いきり殴って鏡を壊す。血が出た。

「こんなんじゃ足りない……」

 感情をなくす事は出来なかった。なくしたくなかった。
 目が、死んでゆく。


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