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47.誰そ彼は

 ある放課後。結希は一人ベンチに座る夏油を見つけた。何となく放っておいてはいけない気がして声をかける事にする。夏油は結希の存在に気づいていないようだ。どう声をかけようか迷った末、小細工しても仕方ないだろうと思い素直に夏油の名前を呼んだ。

「やあ、どうしたんだい」
「こっちの台詞なんだよそれ」

 受け答えをしながら徐に近くの自動販売機で二人分の飲み物を買う。そのうち一つを夏油に手渡し、結希は夏油の隣に腰掛けた。夏油は完を手の中で転がして遊ぶばかりで、飲む素振りを見せない。構うもんかと結希は自分の分のプルタブを開ける。カシュッと特有の音がした。冷たいそれを一気に喉に流し込む。食堂を通っていく感覚に、結希は満足感を覚えた。

「まさか結希に気を使われる日が来るとは」
「好意は素直に受け取り給えよ」

 そう言ったら、夏油はやっとプルタブに指をかけた。先ほど結希が出した音と同じ音が出て缶が開く。ゆっくりとそれが夏油の口に運ばれるのを横目で視認しながら、結希はもう一口自分のものを飲んだ。

「で、何があったの」

 何も言葉を発さない夏油にしびれを切らして、結希は疑問を投げかけた。何となく、今聞かないと聞けない気がした。自分が聞いた所でどうにもならない、出来ないだろうと結希は思っている。それでも、誰かに話すというのは大切な事だ。思っているだけなのと声にする事では、気の持ちようが全く違う。そう結希は思っている。経験談だ。

 だから、結希は夏油にも話して欲しい。一人を望まないで欲しい。だが夏油の口から出たのは結希が考えていたのとは全く別の言葉だった。

「最近悟とはどうだい」
「どうもこうも、御覧の通りだよ」

  五条は最近忙しそうにしている。任務だったり、そうでなくても一人で何かしている時が多い。任務が多いのは結希も一緒なので、この頃は日中はあまり顔を合せていない。タイミングが悪いのだ。夏油も夏油で任務についているし、二年になって皆着実に力をつけてきていた。
 その代わり級友同士の繋がりが薄くなったのかと言えばそうでもなくて、夜は変わらず集まったりしている。だから結希は寂しくはなかったし、逆にこうして級友の本音が見えない事を寂しく思ったりしていた。

「不変的な事程尊いものはないね」

 暫くの沈黙の後、夏油がぽつりと呟く。何の事を言っているのだろうか。結希には分からなかった。分からなかったけれど、思った事はあった。たっぷりの間を置いてから、「そうかな」と口にする。夏油が何を言いたいのか理解出来なくても、理解出来ないからこそ言える意見が結希にはある。

「人は変わっていくものだよ。こうなりたいこうしたい、こうならなくちゃいけない。思考回路に終わりはない。それが成長っていうものじゃないの」
「退化する場合もあるよ」
「退化が必要なものだったからだよ。何が正しいかなんて私には判断出来ないから知ったような口を聞く事しか出来ないけど、私は変わっていく事が生きていく事だと思ってる」

 夏油はそうか、と前を向いた。その視線が何処に向けられているか、結希には分からなかった。ただ、言いたい事は伝わったと思う。それだけで充分だ。考えは人それぞれだから、押し付けるのは駄目だと結希は思っている。けれど流れで同意するのも違う。馴れ合いをしているのではないのだ。他の意見は、成長を促すものだ。少なくとも結希の考えは、今回は夏油のそれとは違っていた。

 五条や硝子ならもっと上手く夏油の本音を引き出せたかもしれない。結希は不器用だ。けれど精一杯伝えた心算でいる。
 さてどう話を続けようか。結希が思案した所で夏油が顔を向ける。

「少し、楽になったよ」

 果たしてそうだろうか。結希を安心させる為の出鱈目かもしれない。それでも夏油は最初声をかけた時よりも穏やかな表情をしていた。少なくとも結希にはそう見えた。

「何のための同級生よ」
「結希が言うかい?」
「ぐうの音も出ない」

 結希はこの高専にやってきた頃の事を思い出す。あの頃は自分の事でいっぱいいっぱいで、こんな風に他人を気にかける余裕なんてなかった。一人で良いと思っていたし、その心算でいた。それが今はどうだ。級友の事を気にかけ、自ら首を突っ込んでいる。あわよくば力になりたいとさえ思っていて。結希がそうなったのは、間違いなく級友のおかげだ。高専での出会いが、結希を変えたのだ。

「私も変わったでしょ?」

 だから笑ってみせた。大丈夫だよ、そう言いたくて。夏油は何も言わず、でもその表情が見られただけで充分な収穫と言えるだろう。例え言葉足らずでも、強い意志があれば気持ちは伝わるものだ。そうだと思いたい。結希に出来るのは夏油を信じる事だけだ。
 夏油なら大丈夫。今度は自分に言い聞かせた。結希は夏油を大人だと思っている。自分よりは、だ。それでも迷う事はあるだろうし、一人の人間である事に変わりはない。そんな時、頼りに、とまではいかずとも同じ土俵に立てる人間でありたいと、結希は思うのだ。

 夏油は残っていた飲み物を一気に飲み干し、空き缶を片手で握りつぶした。簡単に形が変わったすれを捨てようと立ち上がる。

「頼りないかもしれないけど、誰かに話したくなったら聞く事くらいはするよ」

 その後ろ姿に、結希は声をかけた。この一言で何か変わるのか、わからなかったが、考えるより先に口が動いていたというのが正しい。

「ジュース、有難う」

 夏油の言葉は一見結希のそれと噛み合わないように聞こえるが、それが今の夏油の精一杯なのだろうと結希は判断した。
 ベンチに一人残される結希。何となく寂しくなって携帯を取り出し五条の名前を探したけれど、名前を見ただけでメールも電話もしなかった。夜になれば会える。結希も空になっていた缶を捨て、前を向いて歩きだした。


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